先程の場所よりもさらに奥、声すらも人には聞こえないであろう場所に辿り着いた

周りは壁に囲まれ、両腕を広げれば両側の壁に手を付けれるぐらい狭い空間である

ここでようやく立ち止まったヒサメは、くるりとこちらに向き直った


「さて、ここならいいでしょ、エルティ」

「はい。私の我儘でこのようなところまでありがとうございます」


まずは要求を聞いてくれたことに対する感謝のためにぺこり、とお辞儀をする


「別に構わないよ。だって、ほら…――」

「!?」


どん、と背後の壁に手を着くヒサメ副団長

その目はこちらの反応を窺っているように見える


「こういうことでしょ?」


一瞬何をされているのか理解できなかった

ヒサメ副団長の動きが素早かったこともそうだが、油断していたことも原因のうちである

というかなんでこうなっているんだろうか


「あの、こういうこととは…?」

「……さぁ、どういうことだろうね??」


質問を質問で返されても困る

そう抗議をあげたかったが、その前に閃いた

もしかして、これはクラリネス風の挨拶であるとか……?

いや、けれどこれまでにそんなことはされたことがない

エルティはすぐ近くにあるヒサメの瞳をじっと見つめながら、思考を巡らせる

ここは騎士団で、相手は副団長で、自分の身動きを封じるように手を置かれている……

身動きを封じる?

閃いた

今度こそ間違いない


「……わかりました。その申し出、受けさせて頂きます」

「うん?」


そう答えるが否や、エルティはヒサメの腕が壁に着かれていない側を横蹴りをした

突然のエルティの攻撃に驚きつつも、ヒサメはガードをし、先程よりも二、三歩退いた

そして意味が分からないという顔を、笑顔に変えて問い掛けた


「いきなり攻撃するなんて、一体どういう解釈したのかな??」

「どう、とは……? 私はヒサメ副団長の手合わせをお受けしただけです」

「……」


予想外のエルティの答えに、言葉が出ず、ただ彼女の目を見つめることしかできなかった

そんな彼を見て、流石に自分の答えが見当違いであることに気づいたエルティ

恥ずかしさのあまり、頬に熱が集まってくる


「間違えて、ましたか……?」


問わずとも、彼の反応からそうであることは明白なのだが、そこに一縷の希望にかけた


「……まさかそういう解釈になるとは思ってなかったよ」


やはりだった

恥ずかしい

穴があったら入りたいとはこのことである


「す、すみません。覚えのない行動でしたので、ここでの挨拶のようなものかと……」


こちらの流行りかと思いました

そう言って真っ赤な顔で頭を下げる彼女は、いつもの凛とした姿とはかけ離れているものだった


「あの双子もそうだけど、君も変わってるよね。噂がたつわけだ」

「え?」


変わっている、と他人に言われるのは初めてのことだったので、変な感じがする

双子はともかく、自分はそこまで言うほど変わってはいないような……?


「この国でアレを手合わせって解釈する人間はいないよ。 君、何処から来たの??」


楽しそうに微笑みながらも、探るような目でこちらを見てくるヒサメ

それからは疑心も感じられた

疑われている、そう感じ取ったエルティは、内心の動揺が表に出ないように極めて注意しながら、以前双子と打合せした設定を頭の中から引き出す


「私は貴族の家に仕えていた使用人でした。それだけです」


努めて平静にそう答えた

しかし、納得したような感じはなく、ヒサメの目はエルティから逸らされない

ここで視線を逸らしてしまってはいけない、とエルティも負けじと見つめ返す

そうしている時間が、どれほど経っただろうか


「…あくまでそう言い張るつもり?」


埒のあかない攻防に、先に音を上げて言葉を発したのはヒサメだった

だが、エルティはその問いには肯定しか返すつもりはない


「はい」

「僕が信じないって言っても?」

「…はい」

「そう」


また少しの沈黙になった

ヒサメはなにか思うところがあるらしく、視線を斜め上に向けながら何やら考え込んでいる

少し経ったのちに、ヒサメはエルティに視線を戻した


「君たちがここに入った時、一応僕の方でも素性の方を調べさせてもらったんだけど、そういった情報は一切出てこなかったんだよね。どうして?」

「調べて情報が出るような身分ではございませんので…」

「ふぅん…。まぁ、そういうことにしておくけど」


よかった

ヒサメの追及が終わりそうだったので、エルティは内心安堵の溜息を吐いた

これ以上詮索されてもこちらボロが出てしまうかもしれない

なにせ自分は嘘がとてつもなく下手なのだ

このまま追及され続ければ、絶対にばれる

ほっとしたのもつかの間、気を抜いたエルティにヒサメが一歩歩み寄った


「ここに害ある行動をするつもりなの?」


その問い掛けは質問ではなかった

詰問だった

普段とは違う、その真剣な雰囲気を感じ、エルティは誤魔化してはいけないことを悟った

その問いの答えを、自らの中から嘘偽りのない言葉を引き出す


「それは断じてありません。私はこの国の、ここの騎士たちのような人々を好んでいます。その方たちの利になるようなことをしたいとは思えど、害になるようなことをしたいとは思いません」

「それは何に誓って?」


何に誓って?

今の自分は何も持たないただの一人の見習い騎士だ

懸けれるものなど一つしかない


「この身に誓って」


本心だった、心からの

この国に来て1ヶ月で、関わったのもここの騎士たちや、街の人々ぐらいではあったが、それでも好きになった

自分たちの国の民のように、温かく優しく逞しい

そんな人たちがいるクラリネスが好きだった、好きになった


「そ。その言葉、忘れないでね」


信じてくれたのだろうか

ヒサメから向けられていた警戒心がなくなったのが感じられた


「ありがとうございます」

「なにが?」

「信じてくださって」


怪しいのは重々承知している

利どころか害を与えるかもしれない可能性の方が高い自分たち

そんな存在がここにいることを少なくともこの人は許してくれたのだ

それには感謝の言葉しかでない


「お礼を言われる筋合いはないと思うよ。ここにいる限りはこき使わせてもらうだけだし。君が誰であろうと、ね」

「はい。望むところです!」


自分なりの答えと成果を得るために、ここで働く

それが今の私にできる夢への歩みである気がする







「そういえば、私たちの噂ってどのような噂なのですか??」


エルティはここまでついてくるきっかけとなった話題を思い出し、尋ねてみる

たしか、基地内で有名になっているとかなんとかであったはずだ

そんなに有名と言われるほどのことをやらかした覚えはないのだが…少なくとも自分には


「あぁ、そういえばそんなこと言ったね。どんな噂だと思う?」

「…見当が付きません。問題は起こしてはいないつもりなのですが」

「問題は起こしてないね。少なくとも君は」

「?」

「双子の方は色々とやらかしてるよ。君のいないところで」

「はっ…?」


フェレスとメフィスが自分が知らないところでやらかしている…!?


「正確には目立つような行動をしている、かな。なかなか個性強いよね、あの二人」

「す、すみません…」

「いいんじゃない? こっちは結構楽しませてもらってるし」


あの二人のことだから他人に迷惑をかけるようなことはしないはずだと信じている

だが、自分たちの状況的にもあまり目立っては欲しくなかったのだが

つまり、自分は特に何も目立つようなことはしていないが、いつも一緒にいる二人が目立てば、もう自分も自ずと目立つということなのだろう

まさか髪の色以外で目立つことになろうとは思ってもいなかった


「具体的に二人は何を…?」

「さぁ。自分で知った方がいいと思うよ。二人の動向を把握するためにもね」


その含みのある言い方は、君の管轄でしょ、と言外に言われているようだった

一体この人はどこまで勘づいているのだろうか?


「わかりました。教えて下さり、ありがとうございます」

「いいよ。君もなかなか面白い反応してくれたし」


それは蹴りのことを言っているのだろうか

できればあのことは忘れ去ってほしい

今すぐに、速やかに


「無理。じゃあ、戻ろうか」


そんなにこやかな笑顔で言い切らないで欲しいです





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