クラリネス王国の騎士団に入団してから、はや1か月

エルティと双子は、ここでの暮らしに少しずつ慣れてきていた

騎士として規則正しく生活するのは当然のこと、鍛練や見回り、警護など騎士の仕事にも就いた

新人ということもあってか、仕事自体は困難なものはなく、なんら問題はなくこなすことができた

加えて、騎士団内にも友人と呼べるような存在もできたし、なかなか順調に暮らしていると思う

だが、エルティはこのままではいけないのだと思っていた

自分の夢はこのままでは叶えられない

叶えられないまま時間が過ぎ去り、約束の日がきてしまう

いったい何をどうすれば人の心に残る騎士になれるのだろうか

考えてみても、そのような方法は思いつかない

やはり、一人で考えても限界があるのだろうか

双子に相談してみるべきであろうか

今後の事を考え、難しい顔をして廊下を歩いていると、曲がり角から出てきた人とぶつかってしまった

突然のことに驚いて小さく声を上げた後、自分に非があることに気が付き、慌てて相手に謝ろうと頭を下げる


「考え事をしながら歩いていて、前方不注意でした、申し訳ございません」

「別に構わないよ。被害はないし…あれ、君は新しく入った子、だったよね?」

「え?」


聞き覚えのある声に、思わず下げていた顔を上げると、エルティがぶつかった相手はここで二番目に偉い騎士であった


「ヒサメ…副団長? 失礼しました!」

「やあ。挨拶に来た時以来だね、エルティ」


にこり、と笑顔で挨拶をしてきた彼は、入団した日に団長室で挨拶を交わした副団長ヒサメであった

そもそも人にぶつかること自体がよくないことなのだが、よりによって彼にぶつかってしまうとは

再度彼に謝るも、一つ気にかかることがあった


「えっと、なぜ私の名前を?」

「君たちは個性が強いし、最近よくここでは話題に出てるからね」

「話題、ですか?」

「うん。今は休憩? 立ち話もなんだし、おいで」


ちょいちょいと手招きをして、歩き出したヒサメの背中をすぐには追わずにどうしたものかとエルティは考える

彼の言うとおりならば、どうやら自分たちはこの騎士団内で良くも悪くも噂になるくらいには有名になってしまっているらしい

ここでノコノコと騎士団ナンバー2のヒサメ副団長についていけば、さらに知名度が上がってしまうに違いない

自分たちの素性のこともあるし、あまり目立つのはよくないのだが…

かといって、上官である副団長の誘いを断るのもよくない

どうしたらよいものか、と悩むエルティ

そこで、彼女は正直にヒサメに頼むことにした

彼という人柄を知りたいとは思うので話はしてみたいが、あまり目立つようなところでは話したくはないということを

相手は副騎士団長であるし、部下に対する配慮も当然あるだろう

なにより、初対面の時は親切な雰囲気であった

きっと自分の要求をのんでくれるはずだ


「ヒサメ副団長!」

「…?」


名を呼ばれたヒサメが足を止めて振り返る

悩んでいた為に少し離れた位置にいたエルティが彼の近くまで駆け寄って、小さな声で話し始めた


「いきなり呼び止めて申し訳ありません。その、ヒサメ副団長と二人でいるところを他の騎士には見られたくないのです。
 あまり人の目がないところでお話ししてはいただけませんか??」


これだけで彼ならば、目立ちたくはないという自分の意図を感じ取ってくれるだろう

そう思って余計な言葉は省いたのだが、返ってきた返事は予想とは微妙に違っていた


「あぁ、人目がないところがいいんだ。わかった、いいよ」


にっこりとどこか楽しんでるような笑顔でいるヒサメ副団長に、何故か一瞬悪寒が走る

マズイ

何かは断定できないが非常にマズイ気がする

ヒサメ副団長の言ったことは間違いがない

寸分違わず合っている、合っているのだが

微妙に自分が言ったこととニュアンスが違う気がする

確かに自分は人目を避けた場所が良いと言った

それは間違いない

間違いないのだが、ヒサメ副団長が案内した此処はあまりにも人目がなさすぎるのではないだろうか

建物の設計上どうしてもできてしまうわずかな空間

此処ならば誰かがここを通っても目には止まらないだろう

此処よりもう少し奥に行くのだろうヒサメに付いて行きながらも、エルティはまだ少しだけ迷っていた

一応曲がりなりにも一国の王女として育てられたのである

成人男性と二人きりでこのような物陰に身を隠すようにして話すのはいかがなものだろうか…

と一瞬考えたのだが、これは自分が相手に頼んだことだし、なにより今の自分は名前の上では騎士である

何ら問題はないと思えた

それに…


「ん? どうかした?」


ちらりとななめ前を行く彼に視線を投げると、流石は副団長

その視線にもたやすく気づき、反応を返してきた


「私も見習わなければ…いえ、なんでもないです」

「ふーん?」


この人は大丈夫な気がした

根拠はわからないのだけれども







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