可愛いから殴りたい(1/4)
「流(ながれ)さん。ご飯出来ました。…流さん、………」
ゴスッ
「いったぁ!? 今の何?今の何ぃ!?」
「かかと落としです」
「カカトオトシ!? 打ちどころ悪かったら死んじゃうよっ? おじさん脆いんだから!」
「生きてるから大丈夫じゃないですか。さっさとご飯食べてください」
喚く僕を完全に無視して空木(そらき)くんは部屋を出て行ってしまった。
……家政夫の空木くんを雇い始めてからかれこれ一か月。明らかに僕の扱いが雑になっていっている気がする。
ある日突然「姿勢が悪いです」という理由でふくらはぎを蹴られたことから始まり、僕が何か冗談を言ってみたりするとみぞおちを殴られ、「仕事したくないー」と駄々をこねたらビンタまでされた。
多分…。いやきっと、空木くんは僕のことが嫌いなんじゃないだろうか? そりゃそうだよね。毎日作業部屋に引きこもって革細工を作ってるよぼよぼのおっさんの世話をするのなんて嫌だよね。僕が空木くんの立場だったら嫌だもん!可愛いOLさんとかのお手伝いしたいもん!
「嫌だったら辞めて大丈夫だよ」と僕から言うべきなのか…。
でもなんだかんだで家事は完璧にこなしてくれている。頼んでもないのに足りなくなった材料を買ってきてくれたり、何気にすごい気配り上手だったりする。
そんな空木くんの優秀っぷりにホの字になってなかなか彼を手放す気になれずにいた。
けど言ってあげるべきなのか…。でも空木くんのご飯美味しいからまだ食べたい…。
悶々と悩みながら居間に向かう。
「遅いです。冷めない内に早く食べてください」
「…え」
僕を冷たく睨みながら空木くんはお椀をドンとテーブルに置く。
「え? あ、あの…これだけ?」
テーブルにはお茶漬けが一椀置かれているだけだった。
「はい」
「…あっ!前菜的な感じ?」
「いえ、メインです」
「…嘘ぉーーーっ!? お茶漬けだけ? 朝ご飯じゃないよ?夜ご飯だよ!?」
「文句があるなら食べなくていいです」
「食べます食べますごめんなさい!お腹ぺこぺこーー!」
…はぁ、ついにご飯まで作ってくれなくなるなんて。完全に嫌われてるじゃないか。
食べ終わったらちゃんと話し合おう…。悲しい気持ちになりながらお茶漬けを口に運ぶ。
「……えっ? わ、美味しいぃ…っ!」
驚くほど豊かな出汁の香りが口いっぱいに広がる。そして乗せてある大粒の梅干しは絶妙な塩気と酸っぱさで、箸が止まらなくなった。
「空木くんっ、このお茶漬けどこのメーカー?梅干しも…っ」
「どっちも自分で作りました」
「えええ!? 空木くんがっ?」
「家で作ってる梅干しが完成したので持ってました。まずは白米で食べてもらいたかったんですがそれだけだと味気ない気がしたので、特産の昆布や鰹節をお取り寄せしてだし茶漬けにしました」
「すっごい手間かかってるーー!!不服がってごめんなさい! おかわりあるっ?」
「はい。どうぞ」
二杯目を受け取り、夢中でお茶漬けをかき込む。…と、何やら不穏な視線を感じて僕は手を止めた。
「空木くん…? なんでずっとこっち見てるの? なんか目つきが怖いよ?」
「…いや、美味しさのあまり某料理バトル漫画のように服がはだけたり弾けたりエクスタシーに達したりしないかなと思いまして」
「どういう漫画それ!? そんなことなるわけないでしょ!」
「……僕の料理もまだまだ未熟なようですね」
しゅん、と落ち込んだ様子で空木くんは自分の分のお茶漬けをよそい始める。
…彼の言動はどこまでが本気で冗談なのかさっぱりわからない…。 ともかくご飯を作るのが嫌になってるわけではなさそうで良かった。
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