その毒をください(2/5)
「ごちそうさま。洗い物は僕がやるからね」
「あ、食器の量多くなちゃったから自分がやるよ」
「えっ? いや、これだけの料理を作ってもらって片付けまでやらせるなんて申し訳ないよ」
「でも…。うーん、じゃあ二人でやろ?」
「…もう…。無理しないでちょっとくらい休めばいいのに」
「無理なんてしてないよ。家事は息抜きみたいなものだから」
さらっと言いのけて兄は屈託のない笑みを見せる。
……あぁ。今すぐ自分の体を切り刻みたい。
「…わかった。兄さんは食器を拭くの手伝って」
僕は精いっぱい平静を装って笑顔を返した。
・ ・ ・ ・ ・
「樹、なんで袖上げないの?」
食器を洗っている隣で兄が問いかける。
確かに洗い物をしているのに袖を上げないのは不自然だ。でも捲ると手首の傷を見られてしまう。
気持ちが混濁していたせいでこんな簡単なミスすら予測できなかった。
「…このあとお風呂に入るから…。別に濡れてもいいかなって思って」
「………」
苦しい言い訳は当然通用しなくて
「…あのさ、樹…。最近体調悪い?」
真っ直ぐな眼が僕の心臓を鷲掴んだ。
「…悪くないよ」
「本当? 熱い日でも毎日長袖を着てるし、顔色も悪い気がして」
「あー…うん、ちょっと風邪気味なのが長引いてて…」
「…それ本当にただの風邪? 具合はどんな感じなの?」
しつこいなもう。ただでさえ目まいが酷いのに、そんな気遣いをされたらますます頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「心配しなくて大丈夫だよ。軽い夏風邪だから」
「…無理しちゃ駄目だよ樹」
うるさい。誰のせいでこんなに無理させられてると思ってるんだよ。
「今週中に良くならなかったら病院に行こう。洗い物は僕がやっておくから、樹は休んで」
僕がやるって言ってるだろ。僕の役割を、存在価値を奪っていくのがそんなに楽しいのかよ。
……駄目だ。目の前が歪んでいく。もう限界だ。感情を抑えられない。
「…樹?」
「病院は行かない」
「…え…? なんで…」
「こんな身体、診せられないだろ」
おもむろに左腕の袖を捲り上げる。
手首を見た兄は目を見開いて大きく後ずさった。
「えっ!? そっ、それって…、自分で…っ?」
「そうだよ」
「どうし、て…」
激しく動揺しているのか兄は視線を反らしてカタカタと震え始める。
「兄さんのせいだよ」
「えっ…?」
「兄さんが何もかも完璧すぎるせいで何もできない僕はずーっと苦しみ続けていたんだよ。こんなことをする気持ちなんて何の欠点もない人間にはわからないだろうね」
「そんなっ…、樹は何でもできるし、自分なんか…」
「やめてよ。そういうことを言われるとますます惨めになる」
兄は言葉を詰まらせて「ごめん」と呟いた。
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