その毒をください(1/5)
僕には一歳上の兄がいる。
頭が良くてスポーツも何だってこなせるし、裏表が本当になくて誰からも好かれる温厚な性格をしてる。
幼い頃はそんな兄を心から尊敬していた。自分も兄のようになりたいと思った。
でも、兄の背中をどんなに懸命に追っても差は開いてくばかりだった。
血は繋がっているのに。一つしか歳が違わないのに。どうしてこんなにも出来が違うのか。
成績は常にトップで部活の陸上では何度も優勝している兄に対して僕はテストは学年で10位前後。勉強との両立が上手くできなくて兄を追って始めた陸上はまだ何も成果をあげられていない。
これまで何度も何度も何度も格の違いを痛感させられ、劣等感にぐちゃぐちゃに押し潰されて、僕はとうとう壊れてしまった。
誰もが僕のことを『残念な弟』『何も出来ない人間』という目で見ているんじゃないかと思ってしまう。両親に対しても。
惨めさや悔しさや自己嫌悪。色んな黒い感情に呑み込まれて息ができなくなる。
「……っ、ぅ…」
そんな苦しみを誤魔化すために僕は自分の体を傷つけるようになった。
手首に剃刀を当ててゆっくりと引いていく。頭の中が真っ白になくるぐらいの鋭い痛みで暗い気持ちが掻き消されて呼吸が少し楽になる。
今日は新しい傷を三つ作ってなんとなく落ち着くことができた。さっさと血を止めるため、傷をティッシュで押さえて腕を高く上げる。
「樹(いつき)、ご飯できたよー」
出血がおさまってきた手首をぼんやり見上げているとリビングから兄の声が響いた。
「…はーい!」
いつも通り『兄を慕っている弟』を取り繕い、セロハンテープで強引に傷口を塞いで部屋を出る。
「……うわっ、すごい。これ全部手作り?」
テーブルにはまるでお店のような料理が並べられていた。
「うん。料理に凝ってみたくなって色々買ってみた」
涼しい笑顔を浮かべながら兄は『おうちカフェ』だのと書かれた本を数冊掲げる。
「へぇー。それでこんなに作れるようになるなんて、さすが兄さんだね。父さんたちに自慢しよ」
写真を撮って両親にLINEを送る。
出来た兄のおかげで、もう家を空けても大丈夫だろうと安心した両親は仕事に専念するようになった。 二人とも出張で何日も家に帰らないことが多くなり、今では家事のほとんどを兄がやっている。自分もなんとか手伝うようにしているけど、どれもこれも兄のように器用にこなすことは出来ない。
「……うん、すごく美味しい」
「良かった。慣れてきたらお弁当にも挑戦してみようと思ってるんだ」
「僕の分も作ってよ」
「もちろん」
「やった。楽しみにしてる」
・・・ (樹の弁当めっちゃ美味しそうだな!)(兄さんが作ってくれたんだ)(えー!やっぱ樹の兄貴はすごいなー)
学校でそんな風にもて囃される様子が一瞬で脳裏に浮かぶ。
…全く、どこまで完璧なんだよこの人は。
器量の差を見せつけられ、鎮まっていた心がまたグツグツと黒くよどんでいく。
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