※※第355話:Make Love(&Gratification).215
リハーサル会場に到着した夕月は、愕然とした。
薔が手にしている薔薇の花束には、おぞましい意味合いが込められていることを夕月は知っていたからだ。
ふと、美咲を捕らえているらしい男の言葉を思い出す、竜紀は「薔を殺す決意くらいとっくについている」――。
「薔、お前、その花束はどうしたんだ?」
あまりにも密やかだったがあまりにも目立っている人物に、夕月は声を掛けた。
質問があからさまではあったものの、緊急事態だとすれば今すぐにでも対処が必要だったため、敢えて曖昧な質問は選ばなかった。
「ああ……夕月さんか、」
声を掛けられて初めて夕月が来たことに気づいた様子の薔は、やけに儚げで危なっかしい雰囲気を纏っていた。
心ここにあらずの状態といった様子で、ただ微笑んで見せたのが余計に不穏な空気を連想させた。
「大した事ねぇよ、送り主は誰なのか不明な花束だ……」
薔薇の花束に視線を落とすと、薔は面白そうに笑って言った。
自分なら、確実に届くかも定かでない誰かに、大切な花束を託したりしない。
「ナナちゃんは?」
辺りを見渡してみた夕月は、花束の送り主が誰なのか悟った上で、質問を変えた。
「急に熱を出したんだよ。」
薔はきっぱりと答えたが、真実ではなかった。
ただ、淫らな熱という意味なら、強ち間違いでもない。
「そうか、残念だったな。」
夕月は薔と会話をしながら、忌々しい男の姿を探していた。
それから本当に、ナナが来られなかったのは残念なことだと思った。
この花束を届けたのが竜紀だとしたら、会場から遠ざかっているとはとても思えなかった。
男は何かしらのチャンスに紛れて、薔に近づきたがっているに違いない。
美咲の件といい、何か、何処かしらの歯車が、狂い始めているような気がした。
もとから狂っていたとすれば、もっと、ばらばらに。
「薔、お前はあまりここを動くなよ?」
仕事の話に向かおうとした夕月は、釘をさした。
ここは人目につきやすい場所で、同時にひとけが多い場所でもあった。
竜紀が好まない条件が揃っている場所なら、そう安易には近づけない気がした。
「子供扱いすんなよ、ちゃんとここで待機するよう言われてる。」
夕月の言い方が妙に、子供扱いしているように感じた薔は何気なく言葉を返した。
こんな派手な花束を抱えて、ただでさえ目立っているところをさらに目立ちたいなどとはこれっぽっちも思っていない。
「……そうだな、お前はもう、高校生だしな……」
子供扱い、という言葉が夕月には引っ掛かって仕方がなかった。
真実を語るのは簡単なことだ、己の感情の赴くままに、他人の感情を全て無視してしまえば。
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