9.姉妹離れ
nameが牛山たちと別れ、病室に戻ってしばらくすると、白石を含めアシリパたちが見舞いに来た。
「nameさん!起きてて大丈夫なの?傷はまだ痛む?」と杉元が気遣うと、
「大丈夫。痛みはそれほどでもないけど、馬には乗れないかな……迷惑をかけて、本当に、ごめんなさい……。」
しゅん、と項垂れるname。白い陽の光の満ちた病室で、いつもは編んでいる黒く長い髪がほどかれていて、白いうなじから一筋垂れている。表情はわからないが、痛ましいほど落ち込んだ顔をしていることは容易に想像できた。
一行は白石の情報をもとに入れ墨の囚人を追って、日高へ行くという。
最後尾に立ち部屋の隅で縮こまっている白石をキロランケが不思議そうに見遣るが、nameに先ほどの出来事を話すつもりはない。
nameは、迷っていた。
まず、右脚が不自由な状態でアシリパたちと共に日高へ行こうとすると、足手まといになることは確実である。
つぎに、牛山について行って土方に付けばアシリパたちとは別ルートで刺青人皮の情報を収集でき、また、白石への牽制にもなる。
そう、問題は、白石が毒にも薬にもならない、否、毒にも薬にもなりえる存在ということだ。そしてnameが土方側の情報を得ようとするなら白石の件をいまここで明らかにしては意味がなく、また、アシリパには杉元やキロランケもついている。
しばらく様子を見ても問題ないだろう。白石だし。
nameは白石の裏切りに少なからず失望していたが、では同じく旅の仲間である杉元がアシリパを裏切る可能性は、と考えてみると、それはないと断言できる。
杉元なら、もしも途中で金塊が見つかってしまったとしても、網走でアシリパがのっぺらぼうに会うその時まで、相棒としてともに行動してくれるだろう。
だがしかし、そもそもこの広い北海道で無闇に旅してもアシリパたちと再会できる見込みは限りなく薄く、この活動が無駄になる可能性もおおいにあるわけである。
しかし、網走を目的地とする限り、nameとアシリパが合流できる可能性は残っていた。
そうして、nameはひとつの賭けに出ることにした。
白石は必ず、再び土方側に接触を試みるはずだ。時を見逃さなければ、nameとアシリパには接点ができる。
網走へ到達するまでに再会することは、可能だ。
「アシリパ、わたしは脚が落ち着くまでここに残ろうと思うの。」
nameがそう言うと、アシリパは落胆を隠そうともせず、
「大丈夫だ、name。しばらくは爆薬を買い直すためにこの近くで猟をして過ごすし、その間にきっとnameの脚も良くなる。」と励ます。
しかしキロランケが
「いや、この街の銃砲店はきっと昨夜の騒ぎで目をつけられている。買い直すにしても札幌は避けた方がいい。」と止めた。
「今日日高にいる囚人が明日移動しないとも限らねえ、移動しながら金を貯めるのが得策だと思うぜ。」
これは正論であるため、アシリパも黙ってしまう。
nameはアシリパを抱き寄せ、頭に手を添える。
アシリパは、聡明で大人びた性格をしているが、nameの前では幼くなりがちで、どこか遠慮や距離があるがゆえに、name自身もアシリパを甘やかし、子ども扱いしてしまうところがある。
「アシリパ、わたしはアシリパが大好きで、かわいくて仕方がないの。できることならあなたを傍で守りたいし、あなたのためなら無茶もしたい。
でも、それじゃあなたとわたしの関係は大人になり切れないままなの。」
姉妹離れをする時が来たと考えることも出来るのよね。とnameは儚く笑うが、アシリパは黙ったまま、nameの肩に顔をうずめている。
沈黙を断ち切るように、杉元が口を開いた。
「nameさん、脚が治ったらどうするつもりなの?」
「網走で会おう。」
nameが言い切ると、アシリパが顔をパッと上げた。
「別々に網走に向かったとして、都合よく合流できるかは正直言ってわからない。
でも、わたしもアシリパの旅路を見届けたい。
だからここを出られるようになったら、わたしはわたしで刺青人皮を追いながら、網走へ向かおうと思う。」
どうかな?と首をかしげるnameに、アシリパは思いっきり抱き着き、それからnameの肩に手を置いて、まっすぐnameの目を見た。
その瞳はどこまでも澄み切っていて、もう迷いは見られない。
「わかった。nameの言うとおりにしよう。わたしは日高へ向かう。」
「みんなもそれでいいかしら?」
杉元はアシリパの相棒として、白石は戦力外なので傷を負ったnameとともに行動することは考えられず、キロランケは金塊の行方を見届けるため、すなわちその鍵となるアシリパとともに旅をするつもりである。
三者三様の事情でうなずく彼らを見て、nameは言った。
「じゃあ、アシリパ、網走で。」
「ああ、name、網走で。」
アシリパはいつもの力強い笑顔でnameと約束し、旅立っていった。
その約束が果たされずふたりが顔を合わせることになるとは、name以外誰も予想だにしないことであった。
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