10.時には昔の話でも

アシリパたちが旅立って十日ほど経ったある日、退院したnameと家永は牛山に連れられて土方歳三の拠点へやってきていた。nameにとっては郊外とはいえ小樽へ逆戻りである。


nameが和人の民家に入るのは実に三年ぶりであった。nameを火鉢のそばに座らせると、牛山は部屋を出ていった。土方を呼びに行ったらしい。
より重傷の家永はさておき、まずはnameの面接というわけだ。

出されたお茶を飲んで、ほっと一息ついてしばらくすると、す、と襖の開く音がする。

「初めまして、nameと申します。」

居ずまいを正してnameが挨拶すると、土方が存外しっかりした足取りで座卓の向こう側に座る。とても70を越える老人とは思えぬ所作だ。

「土方歳三だ。アシリパの姉だそうだな。」
「異父姉です。」
「つまり、苫小牧の事件に巻き込まれたのはアシリパの父、ということか。」
「はい。」
nameは正面から土方歳三の目を見据えて言った。

(厳しい、強い眼差し……これが幕末を駆け抜けた人の瞳。)

小樽で暮らしていた期間も含めてnameの周りには幕末の動乱に関わった者がいなかったため、すこし不思議な気もする。しかし、ボヤボヤはしていられないかった。刺青人皮を追うため、土方に信用されるか、少なくとも戦力として認められなければならないのだ。

「金塊については何も知りませんが、アシリパの旅路を見届けるつもりです。」
「脚に包帯を巻いておるようだが、怪我はもういいのか。」
「これは念のためで、今も必要はないくらいに回復しています。もうしばらくすれば自由に動かせるでしょう。」

「そうか、ではまず身の上話でも聞こうか、アイヌのお嬢さん。」と土方。


nameは話し始めた。


わたしはアイヌコタンで生まれました。
生まれてしばらくすると、若くしてわたしを産んだ母よりずいぶん年上だった父が病死し、祖母や母、村の人に育てられました。

たまたま小樽に降りたとき、name2という洋品問屋の次男と出会いました。そのひとはまだ子どもだった頃から、わたしにとてもよく懐いてくれて、しばらくして婚約することになりました。

彼が17歳になるのを待って結婚し、わたしは23歳のとき、name2name3という名で小樽の街中に降りました。

時系列順に言うと、婚約期間中にアシリパが生まれ、母が亡くなりました。
アシリパの父が行方不明になったのはわたしが小樽に降りた後です。

前の戦争のとき、夫に出征令状が届きました。
ご存じの通り、徴兵を逃れる手段はたくさんあったのですが、かれはあえて苦しい道を選びました。アイヌ出のわたしよりも弱い己を変えたいと笑っていました。弱くて、優しいひとでした。

夫は早々に出征して、早々に亡くなりました。
子がいなかったため、わたしはname2家と離縁し、生まれ故郷に戻りました。

そうして、nameという名に戻り、アイヌとして生きていくうちに今回の騒動に関わることになったのです。


話を終えると、nameは出されたお茶を一口含んだ。
ここまで深く思い返すことは、近年なかなかなかったことだった。


「……人を殺めたことはあるのか。」
nameが一息つくのを待って、土方が鋭く切り込む。

「ありません。でも、道理さえあれば、殺す覚悟はできています。」
nameが即座に返答する。

「道理とは?」
「自分の大切な人に危害が及ぶ可能性がある場合です。弱い者は死にます。でも、わたしは大切な人を二度と喪いたくない。」

土方は、ふむ、とうなって顎髭を撫でた。

「お前はその弱く優しく大切な者とやらを守ると言うが、自らは、有り体に言えば手を汚すというわけだ。決して守りたい者たちのせいにしないというだけの強さがあるというのか。」

「あります。」
nameは、まっすぐに土方の目を見つめた。

「いい目だ。いいだろう、茨戸に刺青人皮があるという情報がある。お手並みを拝見しようじゃないか。」




back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -