8.足手まといは予想外

「アシリパさん、nameさんの具合はどうだった?」と杉元が訊くと、
「右脚の骨にひびが入っているそうだ。『旅に出たばかりなのに申し訳ない。』と縮こまっていた。」
こころなしか、アシリパまでしょんぼりしている。
「落ち込んでるのかあ、あとでお見舞いに行ってあげようね。」

そう、ホテルの爆発崩壊からひとり逃げ遅れたnameは、利き脚を痛めて市内の診療所に担ぎ込まれていたのであった。


nameが入院したのは、ホテルからほど近いところにあるそれほど大きくない診療所だった。右脚を骨折していたが、不幸中の幸いでゆっくり歩くことはできる。しかしひとりで馬に乗るとなると話は別で、戦うことはもちろん、日常生活自体もおぼつかない。日高からいつ移動するか分からない囚人を追って荒っぽい旅を続けることは、事実上不可能であった。


昨夜のうちに診療所に運び込まれたnameは朝になって付き添ってくれていたアシリパを送り出した後、暇を極めていた。
ベッドに寝ていてばかりいるのも気が滅入るため、起き上がって院内をうろうろしていると、いちばん奥の、裏口に面した部屋から聞き覚えのある声がすることに気づく。
その気配にサッと緊張したnameは、できるだけ足音をさせずにドアの傍まで寄って、聞き耳を立てた。

「白石と……牛山先生、それに家永……。」
どうやら中には三人がいて、入れ墨の囚人について話しているらしかった。

……白石は、内通者だ。

そのことに気づき気配が乱れたとき、牛山がこちらのほうにツカツカと歩いてきて、扉をバンと開ける。

「え、nameちゃん!?」
nameの気配に全く気づいていなかった白石は驚くが、
「お嬢さん、盗み聞きは良くないぜ……。」と牛山が凄む。
「お元気そうで何よりです、牛山さん。そこの坊主に用があるので、よろしいですか。」
牛山が頷くと、nameは部屋に入る。
「言い訳は聞いてもいいけれど……もうすぐ杉元たちがわたしの見舞いに来るよ。場合によっては……。」
白石を冷たい目で見遣りながら、nameは言う。

アシリパたちに害なすものを、nameは許さない。ましてや白石はnameの同行していない旅路でもアシリパたちと行動を共にしてきた仲間だと信じていただけに、失望が大きかった。

「お嬢さん、殺気はそうそう撒き散らすものじゃない。漂わせるもんだ。」
牛山が牽制する。
「その脚じゃあ俺相手には暴れられないだろ?」
松葉杖としっかり固定されたnameの脚を指して言う。確かにそのとおりだ。脚が不自由な状態かつ、入院中で丸腰だ。戦うには、牛山はあまりに不利すぎる相手だった。
しかし白石相手では殺気だけでも効果抜群で、さきほどから腰を抜かしてハクハク、と声にならない声を漏らしている。

「俺は土方歳三と組んで刺青人皮を集めている。白石は杉元が持っている情報を流している、俺は土方の持っている情報を白石と共有している。それだけだ。もっとも、白石が持ってくる情報が本当かどうかは知らないけどな。」暗に、牛山も白石を信用していないことを仄めかす。

「……土方歳三って、あの、新撰組の。昨夜仰ってましたよね?」
nameはもう一度白石を睨み付けてから、ゆっくりと牛山のほうを向いて尋ねる。
「ああ、あれは口が滑った。だがそうだ、あの有名人だ。そして、土方自身も入れ墨の囚人だ。」
牛山は惜しげもなく情報を開示している。つまり、nameをも土方側に引き込もうとしているのだ。

「牛山先生、どのみち、わたしはしばらく満足に動けませんよ。」
nameが自分の脚を指して言う。

「それはわかっている。どちらに付くか決めるのは動けるようになってからでいい。」と牛山。

「最後にもう一つ。なぜわたしを勧誘してるんですか?」
nameが最初から疑問に思っていたことを口にする。
「そりゃ、お嬢さんが美人だからだ。」牛山がのうのうと言ってのける。
「抱くにはちと物足りんがな。」
「それはお互い命拾いしましたね。」nameもにやりと笑って返す。

nameは病室に、白石も杉元たちのもとに戻った後、牛山とふたり取り残された家永が言う。
「nameさんを誘った訳、もちろん、ただ美人だからじゃないでしょう……?」
「そりゃそうだ。あのお嬢さんなら、妹のためにわざわざ危ない船に乗ってくると思ったからな。」




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