5.谷垣狩り

「谷垣源次郎一等卒……。」
尾形の、低い声が響いた。

谷垣が姿勢を正し、仕掛け弓にかかったこと、杖をついて歩いたのは今日が初めてであることなど、状況を説明する。

「『今日が初めて』、ね……。」
二階堂がフチの肩をもみながら疑わしげに問うと、谷垣の緊張感がさらに増した。

「nameさん、フチ達をオソマのチセに連れて行ってくれ。」

nameが立ち上がりかけると、二階堂がフチの肩をガシリと掴む。
場の緊張感が最高に達する。二階堂の手に拳銃を認めたnameは立ちかけた姿勢のまま、マキリと山刀に手をかけた。やはり軍人、装備が小銃だけのわけがなく、拳銃ぐらいは持っているのか。
状況は読めないが、祖母を手にかけられるぐらいならば兵士を殺し、軍を敵に回すことも厭わない決意を彼女は常に持っている。

(二度と愛する人を殺させはしない。)

それが、日露戦争に夫を奪われ戦争寡婦となった彼女の信条であった。

nameの顕わな殺気にいちばん戸惑ったのはほかでもない谷垣であった。コタンに滞在するしばらくの間、アシリパたちが帰ってきた賑やかな夜でも、nameは朗らかに笑い、皆が寝静まった後も低い声で歌いながら針仕事などをしている、女性らしさを見せていたからだ。

しかし、name自身は丈高く身体能力に優れ、時には銃や山刀で勇猛に戦いヒグマを獲ることもある、正真正銘アシリパの姉だったのである。

しかしその殺気を削いだのは、他でもない、谷垣の銃のボルトをちらつかせていた尾形だった。
冗談だ、と言ってチセを出ていくとき、しかし尾形はnameに囁いた。「大した度胸だな、アイヌの娘はよ。name……また会おうぜ。」
娘という歳ではないが、訂正する気もないnameは、厳しい表情で虚空を見据えたまま無言を貫いた。


谷垣がここにはいられない、すぐに出ていくと告げたため、nameはフチに通訳するが、フチが「(出ていくのかい?)」と穏やかな悲しみをこめて言うと、谷垣の目から大粒の涙がこぼれた。

そのときオソマがぐずってグイっと谷垣の耳を引っ張ると、彼の額を弾丸がかすめ、かなり遅れて銃声が響き渡る。
「谷垣さん、これは……!」nameが問うと、言わんとすることを察した谷垣がフチをかばい、オソマに伏せるよう言いながら答える。
「あいつらに狙われているのは俺だけだ、直接的な行動をとらない限り、nameさんたちの命までは取らないはずだ。」

ならば、谷垣さんが逃げる時間を稼ぎます、とnameはまず鷲鉤で窓にすだれを落とし始めた。
「銃弾と銃声の時間差と、方向から見て、南側の丘のほうからこちらを監視しているはず。かなりの距離がある。窓をふさぐから、谷垣さんはそこの山刀で裏の壁に穴を開けて。、逃げて。」
「壁に穴!?いいのか?」「いい!」

そのころ、尾形と二階堂はnameの読み通り、丘の上からチセを監視しながら会話していた。

手っ取り早くあの場で殺害してしまえば、と問う二階堂に尾形は答える。
「あの場でやれば目撃者も殺さなければならん。nameとやらの殺気に気づいたか?あいつは人質がいても死ぬまで暴れるタマだぜ、二階堂。」バアチャン子の俺にそんなことをさせるな、とぼやく。
「たしかに殺気はすごかったですけどね。そういえば尾形上等兵、妙にあの女に絡んでましたね。」
「美人だったからな、恩は借りておくものだろ。」

などと会話していると、双眼鏡を使っている二階堂が気づく。
「鉤のようなもので、窓を隠しています。」
「だろうな。」

しばらく経ち、尾形たちが移動を考えていると二階堂が窓からのぞく双眼鏡を発見した。
尾形がすかさず撃ち抜くが、その双眼鏡は、谷垣とnameが尾形たちの位置を確認するための囮だった。
「まだ同じ場所にいるみたい。表に煙幕を張って引き付けるから、谷垣ニシパは裏からすぐ逃げて。」nameが炭にゴザを巻きながら言う。
谷垣がフチに別れを告げ、オソマから二瓶鉄造の村田式単発銃を受け取ると、nameはゴザを窓から放り出しながら、早く!と急かす。
「name、ありがとう!申し訳ないが、フチ達を頼む!!」

谷垣が追っ手を倒して帰ってくるのは数刻後のことであった。




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