dishs and books 4
パラリパラリとページのめくれる音、そんな彼の顔を見上げる格好にしゃがんでしまい、動くに動けなくなってしまったname。
結局彼が顔を上げたのは、一冊まるまる読み終えた後だった。
「ねえこれ、ジャポン語だよね?」
と言われて、自分が彼に見とれていたことに気づく。
および、自分の商売道具に。
nameはジャポンのコミックを共通文字に翻訳して出版する会社に勤めている。
いま彼が読んでいたのは、ジャポンの少女漫画だ。コアなファンがつくけど、それほど売れない系の。
nameが競合他社もそれなりに多い業界における我が弱小出版社の社長に、「絶対に固定ファンが付きますから!」とゴリ押ししたものである。
「へ?あ、はい、そうです……あ、ごはん!でき!ました!」
「ねえ、なんでこんなレアなもの持ってるの?」
ひとが必死で作ったごはんをスルーか!山口ツトムくん(仮)が返事もなしに読書してる間に完全に冷めたわ!わたしの涙(玉葱)を返せ……!!
嗚呼わたしのチキンハートよ、今日はあと何回嗚呼って言えばいいんだろう。
……どうしよ、とりあえず話に乗っておくしか……
「え、えっと、仕事で、ジャポンのコミックをこっちの文字に翻訳してるんです。あのう、それ、ジャポン語ですけど、読めるんですか?」
「読めないよ。絵だけ見てても大体話は分かるけど、これの翻訳版ないの?」
「それはっ、いま、訳しているところなので……っ。」
「そ。お前、名前は?」
「え、と、わたし?nameです……?」
「name、ね。」
美貌の殺人犯どのはすくりと立ち上がって、マンションの窓をからからと開けた。
夜風がさらりと髪をなでる。いちいち絵になる人ですこと……。
「また来るから、それまでに仕事、終わらせておいてね。」
「は、はいっ!(噛まなかった!)(じゃなくて)ええっ?!」
「じゃね。」
そしてひらりと飛び降りる。
「えっ、ここ、5階……!」
と叫んで窓に駆け寄るも、彼の姿は闇に溶けたように消え去っていた。
「助かった……?」
へなへなとその場にへたり込むname。
人の名前を訊いておくだけ訊いて、名乗りもせずに、また来る、と不穏な言葉を述べて去った彼のことを思うと、嗚呼、とりあえず戸締りだけは絶対にしっかりしようと心に決めるnameであった。
(後には冷め切ったボロネーゼが二皿、空しく並んでいた。)(やけ食いした)
(彼が読んでいたのはK原I教授)
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