03




なまえはボスへの報告を無事済ませ、さっさとシャワーを浴びて寝ようと、自分の部屋へと向かう。眠気も我慢の限界で抑えきれない大きなあくびが自然と出てくる。


『ふあぁ〜〜ネムイ…。』


「でっけぇ口だなぁオイ。」


『…勝手に見ないでよ。カス鮫。』


「ゔお゙ぉい!カス鮫って言うんじゃねぇ!」


何故かなまえの部屋の前、廊下の壁に背を掛けた状態で立っていたスクアーロの無駄にデカイ雄叫びが、彼女の寝不足の身体に突き刺さる。


『うるさい。寝てないんだから、近くで大声出さないでよ!』


そう文句を言いながら、片手で耳を抑えつつ、部屋の鍵をガチャリと開ける。


「………。」


『何?なんか用事?』


「いや…。」


『そう。じゃぁ、私寝るから。』


全く何なんだと思いながらも、押し寄せる眠気には抗えず、思考を全て放棄してドアノブをひねると、同時にスクアーロが今度は小さな声量で話し掛けてきた。


「………大丈夫か?」


『へ?何が?』


意味が分からないと彼の方に振り返ると、スクアーロが、髪色と同じ銀白色の目で自分を見つめていた。

勘の鋭いスクアーロの事だ。談話室で、私が必死に笑顔を取り繕っていたのがバレているのだろう。
気にして来てくれた事は素直に嬉しいが、ぶっちゃけ、少し面倒臭い。


『ん〜、寝不足で大丈夫じゃないので、おやすみ〜。』


あの夜見た満月と同じ色を放つ彼の視線から逃げるように、パタンッ…と扉を閉める。
今日は本当に疲れた。
シーツを汚してしまうかもしれないだとか気にする余裕はもはや無く、埃と返り血だらけの隊服を適当に放り、そのままベットへと身を沈めた。





.
.
.






『ん…』


目を覚ますと、もう日が落ち掛けていた。

窓から差し込む夕日が眩しい。
少し、その眩しさに眩暈がして、目をこすっていると、その光が急に遮られた。
視界に入って来た黒い影に身体が緊張するが、聞こえてきた声にそれは直ぐに解かれた。


「しししっ。起きた?」


『ベ…ベル!!なんで!?え!?』


「ルッスーリアが、クッキー焼いたから、なまえ呼んで来いって。王子優しいから、お茶に誘いに来てやった。」


『そ…それは嬉しいんだけど。勝手に部屋…』


「鍵かけてない、なまえが悪い。」


鍵もかけずに寝てしまったのか…。
スクアーロ、言ってくれればいいのに…。
そんな事を考えていると、身体がベトベトと気持ち悪い事に気付く。
そういえばと、そのまま横になった事を思い出し、シャワー浴びてサッパリしようとボーっとする頭に喝を入れ、ベットから起き上がる。


すると、シャラン…と、彼女の首元が鳴った。


『……なに?』


ベルがナイフで、なまえのネックレスを持ちあげている。


「これさ、昔の男のなんだろう?何?引きずってんの?」


『ベルには関係ない。』


「何それ?超ムカツク。」


1本だったベルのナイフが彼の手の上で増えていくのを確認して、なまえはベッドから立ち上がった。


『はいはい、王子様、ゴメンナサイ。私、シャワー浴びて来るから、先に行ってて。』


寝起きから、このクレイジー王子の相手などしようものなら、命がいくつあっても足りない。


「殺んねぇの?」


つまらないというような、ベルの問いかけに、


『バカ。』


と返し、なまえはシャワールームへと入って行った。

ちぇっ。と残念そうなベルの声が彼しかいなくなった部屋に響いた。











『ん〜、ルッスーリアのクッキー美味しい!』


「うふ。沢山焼いたから、沢山食べていいわよ〜。」


『食べちゃう!ルッスー、紅茶おかわり。』


「はいはい。」


シャワーを浴びて心身ともにリフレッシュを終えたなまえは、談話室でルッスーリアが焼いたクッキーを次々頬張っていた。
プレーンにチョコチップにシナモンにココアに…あ、これはアーモンド!歯触りが最高!と、目移りするその種類の豊富さに終始笑顔で順番に食べて行く。


「そんなに、食うと太るぞぉ。」


『うるせぇー、カスザメ!疲れた身体には甘いものだ!』


「ゔお゙ぉい!だから、カス鮫って言うんじゃねぇぇえ゙!!」


『はいはい、カスザメー!!』


「ゔお゙ぉぉい!!!!!!」


スクアーロが今日一番の大声で叫んだ瞬間、バンッ!と談話室の扉が開く。


「うるせぇ!カス鮫ッ!」


と、中に入ってきたのはザンザスで、バシッ!とスクアーロに何かを投げつけた。

文句を言ってやりたいスクアーロだが、ここで噛み付くと、次は何をされるか分かったものではないので、グッと堪える。
どいつもこいつも…とかブツブツ言いながら、彼は、投げつけられた書類を手に取った。


「なんだぁ、任務かぁ?」


「なまえと二人で行って来い。今夜だ。」


『え…?』


それを聞きなまえが立ち上がる。
信じられない言葉が聞こえたと、一瞬彼女は自分の耳を疑った。
つい朝方任務開けで帰って来たのに、もう任務。
まぁ、そこはいつもの事としても…


『スクと任務…?二人で…?』


「そうだ。」


ザンザスがなまえに視線を向ける。



『嫌よ!私は、単独任務しかしないって、入隊した時に――』


そう言いつけると、ザンザスの鋭い視線がなまえを捕えた。
この紅い瞳で睨まれて、尚且つ言い返せる人物なんて9代目くらいのものだろう。
『ヴッ…。』と、なまえは言葉を詰まらせる。


名のある暗殺者なら、実力もある。
元からタッグを組んでいない限り、一人で任務を行う方が楽だ。
しかし、その思いとは別な所で、私は、誰とも組む気はない。
単独任務しかしないと、そういう条件でヴァリアーに入った。
殺しは一人でやりたい。

一人で――。

なのに、この傍若無人な我れ等がボス様は、私の考えを見抜いてかそうで無いのかは分からないが、少し苛立ちを含めた声でその低い声を私に投げ付ける。



「うるせぇ、カス。そこのドカスとさっさと殺って来い。」


ザンザスはそう伝えると、不機嫌そうに、バンッ!とまた扉を閉め、談話室を後にした。


『〜〜〜〜〜ッ!!』


声にならない苛立ちを覚え、なまえはスクアーロから書類を乱暴に奪い取る。
パラパラ目を通し、書類をザンザスがしたように、スクアーロに投げつけた。


「ゔお゙い!何しやがんだぁ!」


『……スク、あんたは来なくていい。私一人で行く!』


「あ゙?何言ってんだぁ?」


なまえはその言葉を無視して、これまたボスのように、不機嫌そうにバンッ!と談話室を出て行った。


「しししっ。じゃぁ、王子が行く〜!」


「何言ってやがる!糞ガキがぁ!」


「なまえ、単独任務しかしないなんて言っていたんだね。どうりで、組む事がないと思ったよ。」


そう言いながら、マーモンが紅茶を啜る。


「そうね。でも、なんで嫌なのかしら?」


ルッスーリアが首をかしげると、チッ!と舌打ちをしながら、スクアーロが立ち上がった。


「スクアーロ、何処行くんだよ?」


「任務の準備に決まってんだろぉ!」


「なまえが来んなって言ってたじゃん。」


「ゔるせぇ!」


そう言うと、スクアーロも苛々をぶつけるように、力任せに扉を閉めた。
先程から次々と乱暴に扱われる扉を目にし、ルッスーリアがため息を吐く。


「んもう!皆して、扉がまた壊れちゃうじゃない!」


「チェッ…。王子もなまえと任務してぇー。」


「一緒にやった事がないから、なまえの戦いを見た事ないしね。」


「そうそう。強いのか分かんないけど、いっつも何気に無傷だしー、ししっ。」


「でも今回、スクアーロとやるなら、いつか私たちも組む事があるかもしれないわね。うふ。その時までのお楽しみね。」


ルッスーリアは期待を込めた微笑を浮かべ、なまえに淹れてやるつもりだった紅茶を、ベルとマーモンのカップに注いでやった。







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