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『ん…っ。』


「起きたかぁ?」


いつの間にか、なまえは気を失ってしまったかのように、眠っていたらしい。


『…どのくらい寝てた?』


「一時間もたってないぞぉ。」


『そっか…。ゴメン。スクのベッドで。』


「構わねぇ。」


なまえが起き上がりながら、鼻を鳴らすと、ふわっとコーヒーの香りが入り込んで来た。


「ん゙。」


『ありがとう。』


スクアーロが淹れてくれたエスプレッソを受け取り、喉を潤す。
それは、なまえの為に砂糖とミルクを入れられていたが、少しほろ苦かった。


『…苦い。』


「あ゙?なんか違うもん飲むかぁ?」


『ううん。これがいい。』


一口、また一口とその苦みを感じながら、ゆっくりそれを飲みほしていく。


「踏ん切り付いたかぁ?」


その様子を見ていたスクアーロが言った。


『さぁ、ね。』


「お前なぁ゙…。」


なまえが、クスリと小さく笑い、カップをサイドテーブルに置く。
すると、其処には、見慣れた銀色が置かれていた。
それを手に取り、立ち上がる。


『スク、付き合ってくれてありがとう。もう自分の部屋に戻るね。コーヒー御馳走様!』


スクアーロが止める隙も与えないまま、なまえはさっさと彼の部屋を出て行ってしまった。
しかし、なんだか吹っ切れたようななまえの笑顔に、スクアーロも口角が上がる。


「まだ、返事聞いてねぇぞぉ…糞女が。」


そう言いながら、まだ温もりの残るベッドへ横たわった。








.
.
.











あれから数週間。

任務がまた段々と増えてきて、ヴァリアー内は相変わらず血気盛んだ。
ただ一つ、変わった事と言えば…


「なぁ、前から気になってたんだけど、あれ。なんで、首から指にチェンジしてんの?」


ベルが談話室にて、マーモンに問い掛ける。


「さぁ?何か心境の変化でもあったんじゃない?」


「なにそれ。死人相手に心境の変化?悪化してんじゃん。」


二人の話題の中心は、目の前にあるソファーでコルネットをハムスターの如く口に含むなまえ。…の左手の薬指にその存在を主張する指輪。


『あふぇ?ふふぁりもいまふぁらむぐむぐ』


「なまえ、食べてからしゃべりなよ。」


マーモンが諭すと、なまえは、口の中のものを、オレンジジュースで流し込む。


『ふぅ。二人とも、今から任務?』


隊服を着ているベルとマーモンになまえが問いかける。


「そう、昨日帰って来たばっかなのに、王子もうヘトヘト。」


『うそ、顔が喜んでる。』


なまえがそう指摘すると、しししっとベルが笑った。


「まぁ、しっかり報酬貰って稼がないとね。」


『あはは。マーモンは相変わらずしっかりしてるね。』


そんなマーモンに感心しながらも、なまえがまた、コルネットを口に運んでいたら、


「ゔお゙ぉい゙!なまえ!時間だぁ!」


スクアーロが大声で登場したので、思わず、コルネットが喉に詰まってしまった。


『ムグッッ!ゴホゴホ。』


「さっさとしろぉ゙!」


『はいはい、カスザメサマー。』


「なまえも任務?」


『そっ。鮫さんとね。じゃ、二人ともお先に行ってきまーす。』


と、なまえは先に行ってしまった、スクアーロを追い駆けて行った。





任務に向かう車の中。
二人は並んで後部座席に座っていた。
任務書類に目を通しながら、スクアーロが静かななまえを垣間見る。

また、ボケッと外でも眺めてやがんのかと思えば、なまえは、銀色に光る指輪をただ見つめていた。

スクアーロがしっかりと思いを告げた夜から数週間。なまえとの関係は今まで通り、特になんの進展もなく過ぎて行った。
ただ、あの次の日から、なまえの薬指には指輪がいつも光っていて、それが自分を拒んでいるようでスクアーロは何も言う事が出来なかった。


「(…やっぱりまだ引き摺ってやがるのかぁ?)」


あの日の去り際になまえが見せた、なにか吹っ切れた清々しい表情は見間違いだったのだろうかと最近は思う。


「(大体、これが告白した奴に対する仕打ちかよ。)」


いや、止めよう。今から任務なのにと、辛気臭くなりかけた感情にスクアーロが歯止めをかける。
なまえが何を考えているのかは、分からないが、今は丁度忙しい時期だし、仕事に集中しようと彼は自分を奮いたたせた。






今宵も満月―。

真っ暗な闇に輝く月光の下、今夜も紅い鮮血が彩りを添える。



なまえは初めてスクアーロと任務を行った時のような、単独行動はせず、スクアーロの作戦通りに動く。
まるで身体の一部かのように薙刀を扱い、相手を叩きのめしていく。



「さすが、仕事が早いな゙ぁ。」


『スクもね。』


落ち合う場所で二人は不敵に笑い合う。
さぁ、メインディッシュの時間がやってきた。


「さてと…。」


とっとと任務を終わらそうといったように、スクアーロが動き出す。
そんな彼をなまえが手で制止した。


『スク。悪いんだけど、私一人にやらせてくれない?』


「あ゙ぁ?」


何を言っているのだと、スクアーロが振り返ると、そこにはいつに無く真剣な表情のなまえが居た。
意思が固そうななまえの瞳に、スクアーロは溜め息をつく。


「……何かあったら面倒臭え。後ろで待機はするぞぉ。」


『うん。ありがとう、スクアーロ。』


なまえを先頭に歩き出す。
残りの残党を一瞬で亡き者にして、なまえが最後の一人に手を掛ける様子を、スクアーロは壁に背をかけて腕を組み、見守る。


「(あぁ。今夜も満月…かぁ゙。)」


なまえと一緒にスクアーロの瞳に映つる満月。


『私の名前はなまえ。』


お決まりの台詞が始まり、なまえが愛刀の薙刀を標的の首に突き付けた。

始まったいつものそれに、スクアーロは目を閉じ自分の視界を遮った。


『もう一度言うわ。私の名前はなまえ…。そう、呼んで…』


「な…なまえ…?」


『そう。よくできました。』


「ぐっハッ…」


勢いよく噴出す紅い鮮血が、なまえの足元に血溜りを作って行く。


『地獄で彼に伝えて。』


そう言うと、なまえは薙刀を振り払い、自身の左手薬指に光る銀色にそっと口付を落とす。


『ルーカ…愛してた。ごめんね。……ありがとう。』


いつもと違う言葉に、スクアーロが目を見開く。彼の目に映ったのは愛おしげに指輪を見つめるなまえの姿。
そんな彼女は、最後にもう一度指輪にキスをしてからそれを取り外すと、そのまま月明かりに照らされて儚く光る銀色を血溜りへと落とした。



なまえはもう、月を見上げなかった。






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