15
『私が殺したのは、そのボスを守ろうと飛び出して来た別の男。容姿は全く違うのに、何故かその男は私の愛する人だった。』
暫くの沈黙後、震える声がスクアーロの部屋に響く。小さな音で放たれたはずの言葉は、しんと静まり返る部屋に、酷くよく響いた。
そんな様子にか、もしくは過去の自分にかは彼女にしか分からないが、そんな状況にも関わらず、咄嗟に護身用の拳銃を取り出し、その男に守られた標的の脳天を撃ち抜いたのだと、なまえは自嘲的に笑った。
『彼も、ヒットマンだったみたい。私と同じように嘘を吐いていて、似た者同士だったのね。だからこそ、お互いが惹きつけられたのかもしれない。』
なまえの目には未だに月が映っている。
月を見る度に、あの日の光景が脳裏を過る。
忘れる事は無いあの惨劇を。
『何故、容姿が違ったのか。それは彼が息を引き取った後に分かったわ。彼も中々、凄腕だったみたい。変装を得意とするヒットマンとして。私に普段見せていた姿は、彼の本当の素顔−…。』
ここまで言って、彼女は黙ってしまった。
静かに月を見上げるその姿は、まるで懺悔しているかのようだった。
先に沈黙を破ったのはスクアーロだった。
「…で、どうしたんだぁ?」
『え?』
「今の話を聞く限りで、俺はお前に取って、好条件じゃねぇか。」
なまえが視線を月から逸らし、そろりとスクアーロの方へ振り返る。
「俺達は同じ組織で働く者だし、嘘を付く必要はねぇ。殺り合う事もねぇ。まぁ、普通の生活は無理だが、その分、毎日が刺激的だぜぇ?」
不敵に笑うスクアーロになまえがため息を吐く。
『だから、怖いの。人を愛する事、幸せを感じる事…。』
「あ゙ぁ?」
『私、あんなに愛した彼に気付けなかった。』
「変装してたんだろぉ?」
『でも…、あんなに好きだったのに、愛していたのに、彼だと気付く事もなく、殺してしまった!』
ここで、再び、なまえが自身の手で顔を覆う。悲痛な叫びがスクアーロの耳に嫌と言うほど届いたが、彼は話す事を止めなかった。
「それだけ、そいつの腕がよかったって事じゃねぇか。お前は悪くねぇ。」
『…ッそんな事…ない……。』
「お前はそれを一生背負って、罪の意識で過ごすのかぁ?」
『私だけ、幸せになんて過ごせない…。』
ウッと、なまえが抑えきれない声を漏らす。
「…お前等は、本気で愛し合っていたのか?」
泣き続けるなまえに、スクアーロが挑発するように言った。
『そんなの当たり前じゃない。スクアーロには分からないよ。』
「あ゙ぁ。確かに分からねぇ。本気で愛した女がこんなに泣いて、いつまでも罪の意識に囚われているような愛は俺には分からねぇ。」
だからそれはと、反論しようとしたなまえの手を取り、スクアーロは彼女の顔からその手を引き剥がす。視線を交え、けして逸らす事なく真剣に目の前の彼女を見つめた。
「ゔお゙ぉい!逆の立場で考えてみろぉ。そいつに殺されたお前は、そいつを恨むのかぁ?」
なまえは涙で滲む視界のせいで、スクアーロの表情をハッキリとは伺えないが、真剣な声のトーンを感じ取り、ただ彼の言葉を耳に入れる。
「お互いが嘘をつき合っていたにせよ、何にせよ、同じ闇に住んでんだ。殺した殺されたとかその辺の文句はねぇだろぉ?死んだお前を思い、いつまでもウジウジ過ごすその男をお前は、見たいのか?そうじゃねぇだろぉ?」
すっかり腫れぼったくなってしまった重い瞼を閉じると、大粒の涙が自分の頬を伝うのをなまえは感じた。
それから、ゆっくりと瞼を開けると、今度は先程よりは幾分かクリアになった視界で、なまえはただ黙って次々と捲し立てるスクアーロを見つめた。
すると、少し怒ったような表情の彼は、ふいにベッドサイドのランプの明かりを灯し、立ち上がった。
「そんな下らない考えは今すぐやめるんだなぁ。いい加減、成仏させてやれぇ。」
スクアーロが窓辺へと進みカーテンを引く。
もう月は見なくてもいい。そう言わんばかりに。
『…で…もっ、』
「お前の"でも"は聞き飽きたぁ。」
スクアーロの言いたい事は、なまえには分かっていた。
それでも、どうしても自分が許せなくて、哀しくて、彼の居る地獄へ、自分の愛を送り続けた。
自ら命を絶つ事も何度も考えた。しかし、その度に頭に浮かぶ彼の顔。
あなたを追って来たのと言うと、彼は笑顔で迎えてくれる?
いや、悲しみの籠った怒った顔で、私を叱るだろう。
私が見た、彼の最期の姿。
苦しい素振りを見せず、幸せそうに微笑んでいた。
「なまえ…愛して、た…。」
現在進行形では無いその言葉は、最期の彼の優しさ。
分かっていた。
最期に囁かれたその言葉には、様々な想いが含まれていた事。
そんな彼の想いに蓋をして、見ないようにしていたのは、自分自身。
自らを責め立てて、自分勝手な愛を一方的に送り続けていた。
『わたしも…私も、愛してた。この世で一番愛していたよ……。』
なまえは、力なくベットに倒れ込み、呟いた。
その様子を背中に感じ、スクアーロは握りしめていたカーテンから手を離した。
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