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『ちょっ…何言っ…んっ…』


信じられないといったようななまえの顔。
スクアーロは構わず、その首筋にキスを落とす。


「…ニ度も言わねぇ。」


『やっ、あっ…ちょっ、やめ…て…』


様々な場所に優しくキスを落としていくスクアーロは、なまえの肩が震えている事に気付き、惜しみながらその行為を止めた。


「……泣く程嬉しいかぁ?」


『ちがっ…うっ…』


大粒の涙がなまえの頬にポロポロと零れ落ちる。それを優しくスクアーロが指で掬う。

いつの間にか、なまえの両手は解放されていた。
上に被さっていたスクアーロは、横にゴロリと場所を変え、なまえの頭にそっと手を置いた。


「…わりぃ。悪かったぁ…。だから、そんな…泣くなぁ…。」


いつもと違うスクアーロの声に触発され、余計に涙が溢れて来るのだろうか、解放された両手で顔を覆ってみても、なまえは涙を止めることが出来そうにもない。その罪悪感からなまえは必死に言葉を紡ぐ。


『ちがっ…ぅ…スクは…うっ…』


「もういい。しゃべんなぁ。な?」


そう言うとスクアーロはなまえを抱きしめる。
壊れ物を扱うようにそっと。
なまえは久しぶりに誰かに抱きしめられるこの感触に、益々、涙が止められない。自分はいつから声を出して泣く事をしなくなったのだろう。そんな事を考えながら、何故か安らぎを与えてくれるその温もりに身を預け、彼女は小さな子供のように泣いた。

しゃくり上げるその悲痛な背中を、スクアーロはずっと優しく撫で続けた。













「落ち着いたかぁ?」


震える背中が止まり、鼻をすんすん鳴らしながらも規則正しくなってきたその呼吸に、胸に抱くなまえを少し離し、スクアーロが問いかける。


『ん…。ズビーッ!』


「はっ。ひでぇ顔だなぁ。」


彼女の目元に軽く触れ、風呂上がりに飲もうと思っていた、もう温くなってしまったミネラルウォーターのボトルをなまえに差し出した。


「おら、飲めぇ。」


『ありがと…。』


そのボトルを受け取りながらなまえが起き上がる。
彼女が、鼻をチーンッと噛むと、色気がねぇなぁと、スクアーロが笑った。


喉を潤し、落ち着きを取り戻したなまえがポツリと雫と共に言葉を溢す。


『…スクは悪くないの。』


「あ゙ぁ?」


子供のように泣きじゃくる前になまえが言いたかった事。
突然再開された話の続きに、スクアーロが少し緊張する。


『…怖い、の。』


そう言うと、なまえはベッドの上で膝をかかえ、俯いた。


「…何が怖いんだぁ?」


『うまく、説明できない…。』


「指輪の奴が関係してんのかぁ?」


『………。』



黙り込んでしまったなまえの背中に回り、スクアーロがまた、彼女を後ろから抱きしめる。


『スク…?』


「何でもいい…。怖かろうが、指輪の奴が忘れられなかろうが、お前が傍に居ればそれでいい。」



『…私、スクの事そういう目で見た事ないから「じゃぁ、今から見ろぉ。」



『…人を愛せる自信が「俺がお前の分も愛してやる。」



『…スクがそこまでする程、価値の「お前はいい女だぁ。」



『…私は「お前の全てを愛してる。」



なまえの言葉を遮って、愛の言葉を囁いていくスクアーロ。


『なんでそんなに私なの?』


と、振り返るなまえの目に映ったスクアーロは、今までに見た事が無いくらいに優しい彼らしくない笑顔で、


「なんでだろうなぁ?」


なんて答えるものだから、なまえはまた、自分の目頭が熱くなる感覚に襲われて、慌てて前に向き直した。




誰にも言うつもりはなかった。
でも、真剣に愛を伝えてくれたスクアーロにまで黙っているのはフェアじゃない気がした。

なまえは深く息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き切ると、決心したかのように言葉を紡ぐ。


『私、彼を殺したの。』


「あぁ。俺は、お前なんかに殺られないから安心しろぉ。」


『…私ね、彼に暗殺者だって事隠していたの。』


今まで頑なに誤魔化し続けてきた事柄を、なまえがポツリポツリと言葉にしていく。それを聞き逃す事が無いように、スクアーロは黙って耳を研ぎ澄ませた。



『彼は、普通の一般人だった。私も彼と居る時は仕事を忘れて、普通の女に戻れる気がしたの。中々、隠し通すのにも骨を折ったけれどね。』


それを懐かしむように、クスリとなまえが笑った。

どちらともなく、二人が窓の外に視線を向ければ、もう其処は闇が支配していた。夜空には、その存在をありありと見せ付けるように今夜も月が輝いていた。


なまえはそのまま、月を見上げ、話を続けた。


*

*
*
*
*


彼と初めて出逢ったのは、たまたま立ち寄ったカフェ。店に入って目が合うと彼は何処の誰とも知らない私に笑顔をくれた。
その爽やかな笑顔が、今しがた暗殺家業を終えた私にはとても眩しかった。

あの笑顔がもう一度見たいと思ってしまった私は、すっかりその店の常連となってしまった。彼とは挨拶を軽く交わしたり、たまにマスターを交えて他愛の無い話をするようにもなった。
彼はいつもカウンターの決まった場所に座っており、私は店に入ると必ず其処に視線を向ける癖が付いていた。

そんなある日、店を出た私を追って来た彼に声を掛けられた。


「あの、よろしかったら僕とお付き合いして頂けませんか?いや、あの、友達からでも!」


ほんのりと顔を染めながらも私の目を真っ直ぐに見つめ、そう必死に訴えてくる彼に、日々身体と精神を酷使している私は何とも癒されてしまったのは言うまでもない。

それから、もう決まっていた事のように、私たちは恋人になった。実はあのカフェには、あなた目当てで行っていたのと言うと、彼は驚いたように、でも嬉しそうに笑った。
一般人との付き合いに、自分の職業をバラす訳にもいかず、必死に隠し通した。
当初は不安もあったが、その不安をかき消すように、普通の恋人同士のように手を繋ぎ、色々な場所に出掛け、デートを楽しんだ。
たまには喧嘩もしたけれど、最後にはいつも仲直りをして、幸せな時間を二人で過ごした。
こんな日々がずっと続けばいいとお互いが自然に思っていた時、彼に誓いの指輪を貰った。


結婚式は、お互いに仕事が立て込んでいたので、ゆっくり準備をしようと二人のペースで進んでいた。式の際に一緒に籍も入れようと毎日、その幸せを待ち構える未来を語らった。

皮肉にも、それが私を未亡人にはしない結果となったのだけれど。


まだフリーの頃の私に、そんな時に限って沢山の依頼が舞い込んでいた。
頃合いを見てこの商売を引退しようかと思っていたが、それまではと精力的に働いた。

仕事に追われていたある日。
その日は、いつもより月が大きく感じる不思議な夜だった。

いつものように闇に身を潜め辺りを伺う。
依頼された際に提示された情報よりも数が多く、報酬を上乗せしないと割に合わないと舌打ちをしながら、その屋敷へと侵入する。
任務は屋敷の主。とある小さなマフィアのボスの命を頂く事。
殲滅ではないので、必要最低限に敵を葬り、気付かれないように処置をしていく。

任務は多少困難な物になったが、私は何とか標的の部屋まで辿り着いた。
疲労も溜まっていた。一瞬で終わらせて、愛する人の居る家へ早く帰りたい。
そんな事を考えて、気を緩めてしまったからか、部屋の主が私の気配を察知した。


『(しまった!)』


しかし、私も伊達に何度も死線を潜り抜けてきた訳ではない。反撃する暇を与えないよう瞬時に薙刀を突き刺す。

景気よくその血飛沫を浴びながら、終わったと息を吐いた。
これで家に帰れる。早く帰りたい。


――その時、聞きなれたあの人の声が私の鼓膜を震わせた。



「なまえ……。」



なぜ、目の前から愛おしい人の声が聞こえるのか、私には全く分からなかった。



*
*
*
*
*


変わらず、月明かりが差し込むスクアーロの部屋で彼は息を飲み、目の前にある、その女の小さな背中をただ黙って見つめていた。







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