09
「クソッ!なんで俺がこんな事を…。」
パソコンのディスプレイの明かりしか付いていない暗いスクアーロの部屋で、不機嫌そうな彼の声が響いた。
最近は、暗殺の任務があまり入って来ず、ザンザスに嫌がらせのように、書類整理を押しつけられた。
デスクワークも勿論こなせるが、まぁ、あまり好きな仕事ではない。
「あ゙〜。」
もう何時間、パソコンと睨めっこをし続けていたのだろうか。
時刻はもう深夜。
スクアーロは、集中力が途切れたように書類をバサッ!と放り投げ、部屋に備え付けられた小さな冷蔵庫の扉に手をかけた。
「チッ!なんもねぇ…。」
水すらも、品切れ状態の冷蔵庫に嫌気が差し、バタンッ!と荒々しくその扉を閉める。
仕方無く部屋を出て、彼は談話室へと向かう。
あそこに行けば何かにありつけるだろうと考えた上だ。
シンッと静まりかえっている屋敷の廊下を面倒臭そうに歩く。
目的地に到着し、談話室の扉をスクアーロが開けようとすると、中から人の気配がした。
「(まだ誰か起きてんのかぁ?)」
部屋の電気は付いていないようだ。
一応、警戒しながら扉を開けると、人影が見えた。
『…スク?』
「なまえかぁ?」
部屋に居た人物はなまえで、ソファーの肘当てに背を預け、足を延ばして座っていた。
『まだ、起きてたんだね。』
「あ゙ぁ。糞ボスに書類押しつけられちまってなぁ。」
『クスッ。大変だねぇ。』
「で、お前は、こんな所で電気もつけず何やってんだぁ?」
そう言いながら、スクアーロはなまえが座るソファへと足を進める。
そうすると、なまえが座り直したので、隣に空いた空間にそのまま座り、テーブルの上に置いてあった、ミネラルウォーターを手に取った。
ゴクリとそれを一口、口に含み喉の渇きを潤す。
『無粋ね、スクアーロ。今夜は月がとっても綺麗じゃない。電気なんて粋じゃないわ。』
そう言われてみると、電気もつけていないのに、なまえの姿が見えるのは、大きな窓から降り注ぐ、月の明かりのせいだとスクアーロが気付く。
珍しく、なまえは酒を飲んでいて、月明かりに照らされて、肌がうっすら赤みがかっているのが確認出来た。
「珍しいなぁ…。お前が飲んでんの。」
『ん。なんかそんな気分で。スクも飲む?』
「あ゙ぁ…。」
なんだって、こんな夜中にこんな所で、こいつは一人で飲んでんだぁ…とスクアーロは思ったが口にはせず、なまえからワインを受け取り、軽く呷った。
「ぶっ!甘ぇっ…。」
『あ、甘口ダメだった?そうだ。この前貰った日本酒もまだ残ってるよ。』
「…そっちを頂くぜぇ。」
別に入れ直して貰った日本酒でスクアーロは口直しをする。
暫く、特に会話をする事もなく、なまえとは珍しい落ち着いた大人の時間を過ごす。
いつの間にか、なまえは、スクアーロが入ってきた時同様、ソファーに横向きに座り足を伸ばしていた。
ただ一つ違う事は、背中はスクアーロに預けている事。
好きだと言う感情に気付き、意識した女が酒を飲み、無防備に自分に背中を預けているその状態に、スクアーロの心中は穏やかではない。
日本酒をチビチビ飲みながら、時折なまえを見る。
スクアーロの気も知らず、当の本人は飽きもせず、月を眺めていた。
「月が…好きなのかぁ…?」
『ん〜…?』
スクアーロが尋ねたが、酒が回っているのか、返事らしい返事が返って来ない。
なんだか、今なら聞けるような気がして、ずっと疑問に思っていた事をスクアーロは口にした。
「…指輪の奴と、なんか関係あんのかぁ?」
任務の後、指輪にキスを落とすと、なまえはいつも決まって月を見上げていた。
他の幹部達は、そこまでは目撃していないようだが、スクアーロは自分の時に見せた、なまえのその行動を思い出しながら、問い掛ける。
『ふふっ。おせっかい鮫再来?』
揶揄うようになまえが答える。
その言葉に怒るでもなく、またしつこく聞き直すでもなく、スクアーロは横目になまえをただ見つめていた。
.
.
.
相変わらずなまえの視線を独占する月に、徐々に嫉妬心を覚えた。
いつからこんなに俺は女々しくなっちまったんだ…情けねぇ…等と考えていると、なまえがポツリと言葉を零した。
『そうだね…。彼を殺した日も、こんな風に月が綺麗な満月の夜だったよ…。』
話題を変える事無く、質問に答えたなまえに正直驚いた。
また、はぐらかされてこの話は終わるだろうと思っていたのに、予想外に返事が返って来たのは、酒のせいなのか。
それとも、ただの気まぐれなのか。
「…まだそいつの事好きなのかぁ?」
『ん〜、どうなんだろう。正直分からない。』
そう言って、コクリと、あの甘ったるいワインをなまえが飲み込む。
視線はまだ月。
分からないとなまえは言うけれど、任務後のあのキスは未だに続けられ、今だってお前は月を見上げている。
本当に分からないのか?
任務後も、今、月を見上げるお前も、いつものなまえとは違い、艶っぽく色気がある事に気づいているか?
それが、違う男に向けられているのかと思うと、スクアーロはどうしようもなく苛立った。
月の向こうにお前は一体何を見ていやがる?
「なまえ…」
その心情を全て込めて彼女の名を呼んだスクアーロは自分に寄りかかるなまえの肩にかかる髪にそっと触れた。
そうすると、隠れていた首筋が姿を現し、そこに見えるチェーンの止め具。
徐にそれを外すと、チェーンと指輪がシャランッと音を立てて、滑り落ちた。
『わっ!ちょっ…何して…』
驚き、振り返ったなまえの顔を右手でそっと包み込む。
酒で火照ったのであろう体温を感じつつ、そっと唇を重ねた。
触れるだけの幼いキス。
目を見開いて俺を見るなまえ。
やっと月から視線を外し、俺を見やがった。
「…俺じゃぁ、ダメかぁ?」
なまえの手を取り、その手に口付を落とす。
『なっ!?スク、飲みすぎちゃった???』
「俺はしらふだぁ。」
『嘘ッ、飲んでるじゃん。』
「酔ってねぇ。本気だ。」
『そっ…そんな、酔ってる人は酔ってないって言うんだよ!』
「なまえ!」
今度は、半ば強引に唇を奪う。パクリ…となまえの唇を喰らった後、スクアーロは名残押しそうに唇を離した。
「逃げんなぁ。俺を見ろぉ。」
そう言うと、降り注ぐ月光と同じ色の瞳で、スクアーロはなまえの瞳を射ぬいた。
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