そしてこんにちは




いざゆかん!と気合いを入れたのはいいものの、待ち構えるのは第一関門。
門番が通してくれないのだ。私をではなくて、獄寺君を…。


「いいからとっとと通せ!俺は10代目にこいつをザンザスの元へ連れて行けと言われて来ている。最後までやり遂げる義務がある。」


酷く苛々した様子で獄寺君が門番に喰ってかかる。
だが、門番も負けはしない。私が来る事は聞いているが、獄寺君が来る事は聞いていない。いくら本部といえどもここはヴァリアーであり、そちらの意向を聞く義理はこちらには無い!っと。
初っ端から心が打砕かれそうな事態である。
ヴァリアーが本部を毛嫌いしている事は知っていたが、まさかこれ程までとは思ってもいなかった。本部からノコノコやってきた私は本当に大丈夫なのだろうかと、益々不安が募る。だが、傍観していてもこの事態は収まらないだろうと思い、私は獄寺君の背中を叩いた。


『大丈夫だよ。一人で行くから。』


「あ?だが、俺は10代目の!」


『うん、でも、これじゃ夜になっちゃいそうだよ。』


睨みを利かせる門番の方へチラリと視線だけを動かしてそう諭す。
10代目への忠誠心は御立派な物だが、ずっとこのままの状態で居る訳にもいかない。
説得を試みる私に納得はしていないようだが、獄寺君が折れてくれた。


「…本当に大丈夫なのかよ?」


『うん、大丈夫。それに、そうしなきゃいけないんだよ。』


真剣に伝えると、彼は渋々と了承してくれた。
何かあったらすぐに連絡を寄こせと言う獄寺君の言葉に笑顔で返しながら、私は一人その門を通された。
門の内側、ヴァリアーの敷地内から、早く戻りなよと声を掛ける。


『本当にありがとう。皆によろしくね。』


「あぁ。元気にやれよ。」


そう言って車に乗り込む彼に手を振る。
その車が見えなくなるまで、私はジッと見つめていた。


『さて…と。』


獄寺君をしっかりと見送った私は、その視線を門番の彼へと移す。
彼は相変わらず無愛想に外へと視線を向けていた。
うん、中々強面のよろしい御顔で。しかし、怯えていても仕方がない。
今日から私もヴァリアーなのだ。と言う事は、彼は同僚、仲間だ。


『初めまして。なまえです。』


そう笑顔で差し出した私の右手は虚しく宙に浮いている。


『…あの、ザンザス様はどちらにおいででしょう?』


変わらず営業スマイルで話し掛けるも、門番は私の方をチラリとも見ない。
ああ、そうかい。この野郎。同僚だとか仲間だとか思っているのは私だけかい。
でもこんな事ではへこたれない。


『あなたが御答え下さらないのならば、私は何時までも此処におりますよ?ザンザス様のお部屋に伺う時間が迫っておりますが、どうぞ御気になさらずに。大変親切な案内をして下さったとザンザス様にはお伝え致しますわ。』


そうにっこり微笑むと、門番は一瞬焦ったような顔をしたが、またすぐに不機嫌そうな顔をして、無言で空の上を指さした。
あっそう。ザンザス様は天の上ってか。糞っ!言いつけてやる!
と、子供のように思いつつも、まあ、ボスの部屋と言えば屋敷の最上階が定石である。
彼はそう伝えたいのだろうと思い直し、それでは御機嫌ようと私は踵を返した。
屋敷に入ってしまえば、適当に階段を上り続ければ目的地へも行けるだろうし、メイドさんか誰かしら居るだろうと考えて。

だが、しかし。そんな考えは直ぐに音を立てて崩れた。
成程、二、三日で本部へ退散したくもなる気持ちがよく分かった。

床に伏した私の目に映るのは、無残に散らばってしまった鞄の中身。
あーぁ。持って来たノートパソコンは無事だろうかと起き上がり、ずれた眼鏡を掛け直して、パンパンッと服を叩く。
ストッキングは破れてしまい、膝の部分から血が薄らと滲んでいた。
おろす機会を伺っていた新しいハイヒールには傷が付いたに違いない。
新しい生活にと今日、おろしたばかりだったのに。ちくしょうめ。
それもこれも、エントランスを潜り抜けた所で、ヴァリアーの隊員に足を見事に引っ掛けられたせいだ。
戦闘職でも何でも無い私はそれをスラリと避けられる術も無く、受け身を取る事もかなわずそれはもう見事に転がった。
こけて膝から血を流すとか、一体何年ぶりの事だろう…。何年では数えられないか。
何十年ぶりとかになるのかな。暢気にそんな事を思いつつ、鞄の中身を拾って行く。
すると、聞きたく無くても周りの声が私の耳へと入って来た。
こちらをチラチラ見ながら、クスクスと笑いを立てて、本部の人間がどうのだとか、言っている。
そんな暇があるのなら、ぶちまけてしまった鞄の中身を拾って欲しい。
が、そういう訳にもいかないだろう。故意でその状況にしたのは彼等だ。
ヴァリアーとは小学生かなんかの集団なのだろうか。
程度が低くて話にもならない。取り敢えずザンザス様にお目見え出来たならば、教育をきっちりするべきだと意見でもしてみようか。

……でも私もまだ自分の命が惜しいな。

鞄の中身を確認していく。どうやら全て揃ったようだ。ノートパソコンは起動してみない事には分からないが、クッション性のある鞄に入れていたので、取り敢えず大丈夫だろうとは思う。
キョロキョロと辺りを見渡す。9代目と可愛い後輩たちに貰ったあの花束が見当たらない。
少し目線を遠くへやると、どうしてそんな所まで飛んでしまったのかと思うくらいに、少し離れた場所にそれは落ちていた。
やれやれと、地味に痛む足を懸命に痛くないように振舞い其処へと歩みを進める。
一切動じていないように振舞っているのは、私のなけなしのプライドからだ。
花束を拾おうと、少し腰を折る。手を伸ばした矢先に皆の思いが籠ったその花束はクシャリと嫌な音を立てた。


『……足をどけて下さるかしら?』


曲げた腰を起こし、花束を足蹴にしている隊員に正面から向き直る。
まあ、何とも憎たらしい顔でそいつは無視を決め込んだ。


『あら、ごめんなさい。聞こえなかったかしら?足をどけて下さる?』


「何の事だか分からないな。」


『あら、聞こえてらっしゃるのかしら?』


「あまり生意気な態度だと命は無いぞ?」


そう言って下品に笑う。周りに居る他の隊員たちも、下衆な顔してニヤついている。
私は深くため息をついた。私物ならまだしも、この花束を足蹴にされて、若干苛立ちも抑えきれない。


『もう一度あなたの可哀想な頭でも分かるように簡潔に言うわ。足をどけなさい。』


「あぁ?テメェ、誰に口聞いてんだ?」


『目の前に居るあなたによ。一から十まで説明しないと分からないのかしら?』


「ッ!この糞アマ!」


そう言って、そいつは足をグリッと回す。可哀想な花達は見るも無残な姿へと変わっていった。


『――足をどけなさい。この花束は9代目から頂いた9代目の御心です。あなたが踏みにじっていい物ではない。』


そう言って、精一杯の怒りを込めて目の前のムカツク男を睨みつけた。
9代目と云う言葉を聞いて、彼は一瞬怯んで見せたが、また、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「やはり、死にたいみたいだな?」


そう言うと、男は懐から拳銃を取り出した。どうやらこいつの獲物は銃らしい。
定番だなとため息を付きながらも、さてどうしようと考える。
強がっては見たものの、私はこの男に全くと言っていい程敵わない。
それなら、最初から楯突くべきではない事は重々承知だが、それ程、この男の行為が許せなかった。
ここで私が死んだら、綱吉様率いる本部の皆は怒り狂ってくれるだろうかなんて、その状況にそぐわない暢気な事を考えていたら、気付けば小さく笑みが零れていた。


「てめぇ!何がおかしい!」


ガチャリと銃口が私の額に当てられる。
いよいよ、ヤバイ。本当にヤバイ。そうゴクリと喉を鳴らした時、天に突き刺さるような怒鳴り声が聞こえたかと思えば、目の前に映ったのは流れる銀色だった。





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