さようなら




出発の朝。昨日の今日で、実感は全く湧かない。
何か夢を見ているようだ。昨日は慌ただしく挨拶に回ったり身の回りの物をダンボールに詰め込んだりと、一日中駆け回っていた。
必要最低限の荷物を手にエントランスホールで最後のお別れをする。
最後になるかは分からないけれども、暫しのお別れなのは間違いない。
結局、私から仕事部屋へ訪れる事は叶わず、可愛い後輩達が見送りに来てくれた。


『そろそろ行ってくるかな。後の事はよろしくね。』


そう私が言うと、昨日はオドオドと不安気だった彼等は、「はいっ!」と何とも頼もしい返事をしてくれた。私を安心させようとしてか、一晩で覚悟を決めたのかは分からないが、それはそれでいい。これがまた彼等を、一歩成長させるのだろう。


「あの、これを。9代目と作りました。あまり荷物にならないように小さめなのですが…。」


昨日泣いていた後輩の彼女が小さな花束を手渡してくれた。
9代目の温室で彩りを添えていた花達で作ったのであろう可愛らしい花束。
実感は湧かなくても少しだけ緊張している身体がリラックスするようないい香りがした。


『ありがとう。9代目にもよろしくね。』


そう言い残し、外へと続く大きなエントランスを潜り抜けようとすると、後ろから私を呼ぶ声がした。


『綱吉様!わざわざ、よろしかったのに…。』


「ははっ、間に合ってよかった。」


走って来られたのだろうか、少し上がった息で綱吉様が言葉をお続けになる。


「なまえさん、無理しないように。いつでも帰って来て下さい。むしろ、もう明日にでも明後日にでも帰って来て欲しいくらいで。」


そう必死におっしゃる綱吉様に思わず顔が綻んだ。


『綱吉様、お言葉は有難いのですが、今この子達の、私達に任せてくれという頼もしい言葉を聞いたばかりなのですよ。私が居なくてもここは大丈夫です。その分、新しい場所で私も頑張りますわ。』


「なまえさん…。でも本当に無理しないで下さいね?」


本当に、ドン・ボンゴレらしからぬ人だと思う。
でも、その優しさが彼のいい所であり、未来のボンゴレに、とても必要な物だ。


「獄寺くん、後は頼んだよ!」


「はい、お任せ下さい。10代目!」


そう声がして、エントランスの向こう側を見ると、何時から待機されていたのか、黒塗りの車と綱吉様の右腕の獄寺隼人様がいらっしゃった。
キョトンとしている私に、綱吉様が、彼がヴァリアーまで送ってくれるからと説明して下さった。態々ボンゴレの幹部の手を煩わせる等出来ないので、お断りしようと思ったが、強く押し通されてしまった。
相変わらず御顔には優しい笑みを浮かべてはいるが、こうなると綱吉様は梃子でも動かない。優しさとは別に、そこはドン・ボンゴレとでも言うべきか、意外と一本筋で頑固な面も御持ちの方なので、その御好意に甘える事にした。

車が走り出す。皆に手を振りながら段々と小さくなる屋敷を見つめる。
10年間、当たり前のように過ごして来た無駄に広いその屋敷は、私にとってとても居心地の良い場所だった。敷地内を抜け、最後の門に差し掛かる。
ふと、車のサイドミラーを見ると、もう屋敷は見えなかった。


「なまえ、大変だろうが頑張れよ。」


『獄寺様…。』


「おい、様は止めろ。こっちも敬称止めただろうが。」


『あ、えっと…獄寺…くん?』


そう私が言うと、獄寺さ…君は小さく笑った。
綱吉様はお忙しい方なので、様々な事の最初の打ち合わせは彼としてきた。
自然と話す機会が多くなり、余り慣れ合いを好まないであろうはずの彼だが、段々と打ち解け合い、今では仕事以外でも下らない世間話をする仲になっていた。
そうしていると、山本さ…君や、笹川…君達(様は止めろと言われても中々慣れない物である。)とも話すようになり、今の幹部の方々と仲良くなれたのは彼がきっかけだった。
ああ、そう考えると益々寂しくなってくる。


爽快に駆け抜ける車の中、いつものように他愛の無い話をする。
きっと、寂しさと緊張で若干身体が固まっている私を気遣ってくれているのだろう。
10以上も歳が離れた彼に、そんな気を遣わせてしまっているとは、私もまだまだだなと、気付かれないように小さく苦笑した。


私は、わりと方向音痴の部類に入る。車がどう走って行ったのかなんて皆目見当も付かないけれど、いつの間にか森の中を進み、目の前に本部よりは小規模だが、それでも充分な程に大きな屋敷が姿を現した。


「あそこだ。」


獄寺君の言葉に、思わずゴクリと喉を鳴らす。
あれが、私の新しい職場、暗殺部隊ヴァリアー。
本部を出た時には、空は晴れ晴れとしていたのに、今は段々と雲が陰り、その雰囲気がより一層不安を掻き立てる。
でも、そんな事を言ってはいられない。
私はやると決めればやる女よ!と自分を振るい立たせ、開かれた車の扉から一歩足を踏み出した。




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