鼓膜が破れそうです




「ゔお゙ぉぉい゙!何していやがるっ!!」


思わず耳を塞ぎたくなるような大声が聞こえたかと思うと、目の前に居た憎たらしい男はもう私の前には居なかった。
変わりに私の目に映ったのは流れるような銀色…でも獄寺君とは少し違う。白?白銀?
何が起きたのか分からず、その大声とは別に私の右側でドゴンッ!と大きな音もしたので、そちらの方を見れば、あの憎たらしい男が壁に衝突し、ううっ…と力無く呻きながらガクリと床に落ちた所だった。
ハンッ!いい気味だ!ざまぁ〜みやがれ!
と、歳甲斐にも無く心の中でガッツポーズを取ってしまった事くらいは許して欲しい。
そちらに意識を取られていた私にまた先程と同じく大きな怒号がエントランスに響き渡り、今度は咄嗟に耳を塞いだ。


「ゔお゙ぉい!んな所で何ボサッとしていやがる!とっとと散りやがれぇ゙!」


耳を塞いでいても、脳内に響き渡るような、濁音混じりの大きな声が聞こえたかと思うと、私の周りで嫌な笑みを浮かべていたヴァリアーの隊員達は皆一様に青冷めた顔をして蜘蛛の子を散らしたように駆け出した。
その様子にホッと一息付いていると、先程の声よりはトーンを落としてはいるが、やはり大きな声が私の鼓膜をこれでもかと震わせる。


「お前がなまえかぁ゙?」


呼ばれた方へ振り向くと、馬鹿でかい声の主が居た。
まぁ、なんて自信満々そうな御顔でしょうか。でもこれだけ美男子面していたら、自信も溢れてくるわな。
そんな事を考えながら、私は脳内にあるアドレス帳なる物をペラペラと捲る。
彼は何度か本部や、パーティーでも見かけた事がある。
ザンザス様の右腕とも言えるだろう、かつての剣帝を倒しヴァリアーを手に入れた男。
2代目剣帝、ヴァリアーNO2獰猛な鮫こと、スペルビ・スクアーロ。


『えぇ。私がなまえです。スクアーロ様。』


彼に向き直り頭を下げる。


「ゔお゙ぉい!とっくにボスさんの所に来る時間は過ぎてるぞぉ?」


『そのようですね。でも私を責める前に、幼稚な隊員達を御咎め下さい。彼等の教育はあなた方の勤めでございましょう?』


にっこりと笑顔で文句を言う。
こう見えて、私の心の中は怒りで溢れ返っているのだ。幹部だろうが上司だろうが関係は無い。常識の無い者に対して常識で返すつもりは毛頭無いのだ。


「あ゙ぁ?」


スクアーロ様が不機嫌そうに私を睨み付ける。
背中に汗が伝う。はっきり言って相当怖い。何度も言うが私は職場が特殊なだけであって、私個人は一般庶民なのだ。暗殺部隊なんて通常ではお目に掛かれない方を目に入れるだけでも恐ろしい事なのに、その鋭い視線が私を正面から捉えているのだ。それで怖くないだなんて言う人は鍛錬を積んで戦闘要員になればいいと思う。
そんなに怯えるならば、最初から楯突くべきでは無い事は先程から充分承知だが、年々この許せない事へ対してのクレームは悪化してきているように思う。積み重ねてきた年の分、私も図太くなってきているのだろう。何もかもを見ないふりをしていた頃が今では懐かしいものだ。
そして、それらを踏まえてもここは折れるべき所ではない。私は何も間違った事は言っていないはずだ。だが、情けない事に自然と震えてくる脚は止められそうもない。
私は必死に目の前の彼に気づかれないように後ろ手に太ももを抓り痛みで震えを押さえ込む。このまま行くと、つねられた場所は青痣になってしまうのではないだろうか。
しかし、その心配は生きていればの話だが…。

暫くの膠着状態後、なんとスクアーロ様から視線を外した。
彼は足元に落ちたままのすっかり形を変えてしまった花束を拾い上げ、私の方へと突き出した。


「中々、根性だけはありそうだなぁ?沢田が出し惜しみしただけの事はあるみてぇだ。」


あっけに取られながら、どうもと花束を受け取る。
取り敢えず、私は命を勝ち取ったらしい。これでようやく太ももの青痣の心配が出来ると言うものだ。


「ゔお゙ぉい!こっちだぁ。付いて来い。」


そう言ってスクアーロ様が階段を上り始める。
どうやらザンザス様の元へ案内してくれるようだ。
しかし、そんな気が本当にあるのかと思うくらいに彼の歩幅でドンドン進んで行ってしまうので、私も彼を見失わないように痛む脚を無視して階段を駆け上って行った。



ここでも無駄に長い廊下の洗礼を受ける。
もっとこじんまりした建物にすればいいのにと常々思う。
そう思いながらも小走りで先を行くスクアーロ様の後を追っていると、ふいに彼の足がとまった。その視線の先には、細かい装飾が施された重厚な扉。
スクアーロ様は私が追いついたのを確認し、獅子の形のドアノッカーを手に取ったので私は慌てて彼に声を掛けた。


『あ、少々お待ち下さい!!』


「あ゙ぁ?」


彼の動きが止まった事を確認し、私は手に持っていた荷物達を一旦床へと下ろす。
何なんだ?と不機嫌そうにブツクサ言っている彼を無視して、私は徐にスカートの中へと手を入れた。


「な゙あ!?てめぇ!いきなり何考えてんだぁ!?」


何を少年のような事を言っているのか。こんな事で焦るような繊細な感性をお持ちのようには見えないのに。
ただ、今は彼に構っている時間などない。ザンザス様をこれ以上待たせてしまっては私の命が危うくなってしまう。
私はするすると先程無残にも破れて伝染してしまったストッキングを脚から脱がせていく。
鞄からスカーフを取り出して、擦れて血が滲んでいる膝にそれを巻き付けた。


『よし!では、参りましょう!』


私が顔を上げそう言うとスクアーロ様は呆れた顔をなさっていた。


「お前なぁ…。場所を考えやがれぇ…。」


『生憎そのような時間はございません。それに別に減るものでもありませんし。ああ、見苦しい物をお見せした件に付きましては謝罪致します。』


「…見苦しいっつーか、…まあいい。」


スクアーロ様が今度こそドアノッカーを鳴らす。
部屋の中から返事は無い。それが普通なのかどうかは分からないが、「入るぜぇ!」と大きな声で彼が扉を勢いよく開ける。
が、次の瞬間、私の目に映ったのは、先程と同じように流れる銀色と、砕け散るガラスの破片だった。



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