挨拶巡り





またあの無駄に長い廊下を歩く。
綱吉様に不安な気持ちを癒されてしまったばかりだと言うのに、この無駄に長い廊下のせいで私はまた色々な事を考えてしまう。

暗殺部隊ヴァリアー。私は特に面識があるわけではない。
ボンゴレのパーティー等でその御姿を拝見したり、9代目より御子息のザンザス様は御紹介を受けてはいたが、そのくらいだ。
敢えて言うならば、私の業務的面では、大変苦労を掛けられている事だけは確かだ。
本部へ回ってくるべき報告書等は全く以て回って来ない。
珍しく送られて来たと思えば、月が違うくらいならまだしも、年度が違うものなのだ。
請求書や領収書、と言うか決算の報告すらもない。そのくせ、予算は巨額なものを寄こせと言う。
予算会議に置いては、あちらから人が来る事はなく、9代目や10代目とよく頭を悩ませたものである。
ぽっかりと空く空白の部分。不明瞭な収支は大抵ヴァリアー関係の場所である。
一度予算会議にて、いい加減にして下さい。やるべき事をやらない所へ回す予算等ありません!とピシャリと言った事がある。
では向こうに問い合わせてみると言われたが、一向に改善される余地はなく。
しまいには、綱吉様に頭を下げられた。いけないとは分かっているが、どうしようもないのだと。ドン・ボンゴレに頭を下げられて、聞かない部下等いないだろう。
納得は出来ないけれど、渋々と了承したのを覚えている。
それからは、私も其の部分へは触れない事にした。頭を下げられるのも恐縮するし、もう諦めの境地だ。
そんな場所への異動命令。やるべき事は山のようにあるのだろうなと思いながらも、二、三日で逃げ出してしまう話や、暗殺部隊と言うだけでまた不安な気持ちで一杯になる。
…やっぱり強面の方ばかりなのだろうか。手荷物に胃薬は必ず持って行こうと心に決めた。

そうこう考えている内に、自分の本来の仕事部屋へと到着した。
昔は一人だったこの部屋も今では机が増えて、私の可愛い3人の後輩達がいる。
お疲れ様です!と笑顔で迎えてくれる彼等に異動となった旨を伝えると、


「「「え!?ヴァ、ヴァリアーにですか!?」」」


と、3人の声がはもったのを始めて聞いて、あなた達ったら息ピッタリねと私は笑った。

後輩達は口ぐちに大丈夫なのか?なまえさんが居なくなるなんて私達だけでは不安です。等、心配や思わず嬉しくなってしまうような言葉をくれた。
どうやら、私の存在はただ気を遣うお局的立場だけでもないようで、例えそれが社交辞令であったとしても、私の気持ちを和らげる。


『私が大丈夫かは分からないけれど、あなた達は大丈夫。まだまだ教えたい事が沢山あったけれど、皆で力を合わせれば、もう充分一人前よ。』


私の言葉に、そんなあ。と、呟きながら、珍しく、暗い雰囲気が部屋を包み込む。
新人の一番若い女の子なんて泣き出してしまった。そのプルプルな肌に零れる涙。
ああ、なんて可愛いんだろう。


『大丈夫よ。何もボンゴレから居なくなる訳では無いのだから。困った事があったらすぐに連絡して頂戴。』


努めて明るく振舞いながら、歳のせいか最近緩くなってしまった涙腺をギュッ!と抑え込む。貰い泣きしている場合ではないのだ。現実は受け止めなければ前へは進めない。


『9代目へ御挨拶をして、荷物をまとめないといけないし、もう行くわ。また、今日か明日、出発前には必ず顔を出すから。しっかり頼むわね。』


はっきりとした返事は聞けず、暗い表情の後輩たちに、後ろ髪を引かれる思いで仕事部屋を退室する。胸にじんわりとした物が広がった。

しかし、感傷に浸る間も無く、その足で9代目の元へと向かう。
引退されたと言っても、まだ9代目は本部にお住まいになられている。この時間帯ならば…と、時計を見つめ、屋敷の外へと足を進めた。

このボンゴレの敷地内には、9代目専用の温室が備え付けられており、園芸が大好きな9代目が彩り豊かな花々等をお育てになっている。私の要望でいくつかのハーブも。
よく一緒に土弄り等をする私にとっても、お気に入りの場所だ。
温室へ入り、9代目の御姿を捜すべく辺りを見渡す。


「やあ、なまえ。こっちだよ。」


すると、聞き慣れた声で名前を呼ばれ、そちらの方へと振り返ると、9代目が温室に備え付けられたウッドデッキで、お茶を嗜んでいらっしゃった。


『9代目、お邪魔致します。』


「君なら何時でも大歓迎だよ。あれを見てごらん。」


そう促された場所へ視線を移すと、つい最近、9代目と一緒に植えた花の種から、小さな小さな芽が出ていた。


『芽が出たのですね…。』


それを見て嬉しくもあるが、少し寂しくもある。
この花達が満開になった頃、また君の淹れたハーブティでも飲みながら、この花達を愛でよう。そう、約束をしたばかりだ。その約束を果たそうと小さな芽を土の中から懸命に伸ばしてくれたのに、その約束は果たせるのだろうか。


『9代目…明日より、ヴァリアーへの異動が決まりました。』


「ザンザスの元へ?明日とはまた随分と急な事だね。」


『はい…。9代目と此処で土を触る事が楽しみでしたのに、残念です…。』


そう私が呟くと、9代目はふんわりと優しい笑顔を私にくださった。
また涙腺が緩みそうだ。きっと私の鼻先は、9代目の後ろにある木が最近付けた小さな実のように、ほんのり赤く染まっているのではないだろうか。
この感情を素直に出せない私は、そそくさと退散しようとウッドチェアには座らない。
その代りに、彼の足元へ膝を付く。彼の手を取り、唇を軽く触れさせた。


『慌ただしくて申し訳ありませんが、もう行かなくては…。9代目、どうぞ御身体を御自愛下さい。』


「息子を、ザンザスをよろしく頼むよ。」


『Si.』


立ち上がり、もう一度お辞儀をする。
入口の方へと向かう私の背中に9代目がまた声を掛けて下さった。


「なまえ、たまには此処へ帰って来ておくれ。相棒が居ないと私も寂しいからね。」


貰った言葉から伝わる9代目の優しさやお心遣いが嬉しくて、私は、震えそうになる声を必死に抑えて、はい。と、大きく返事をした。



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