変われない中身






「本日は青空航空をご利用頂きまして、誠にありがとうございます。この便は青空航空123便――――」


機内アナウンスが流れる中、私は自分の席に辿り着く。
飛行機に乗るのは10年ぶりの事で、心なしかソワソワと落ち着かない。
窓際の一番奥の席。リクライニングを少しだけ倒して全体重をそこに預ける。
窓の外を眺めるふりをして、窓ガラスに映った自分の姿を見つめた。
10年前と比べると、私も様変わりしたものだ。しかし、今ここに座っていると言う事は、見た目は変わっても中身は全く変わらずじまいと言う事だ。そんな自分に溜息を付いてみるが、それは虚しく消えて行くだけだった。


数日前、勢いのままにザンザス様の執務室に押し入った私は開口一番こう伝えた。


『長期休暇を下さい。』


これにはその場に居合わせた家光様もヴェルデくんもポカンである。
言っている事は、まあ可も無く不可も無くと言った所だが、ノックも無しに慌てたように扉をこじ開けた後で言う台詞では決して無い。家光様に至っては、私は普段、品行方正で通っているので、信じられないといったように目を白黒させていた。
一見、室内はあっけに取られたような空気に包まれたようだが、その部屋の奥だけは、なんと言おうか、尖った空気が漂っていた。言うまでもなく、ザンザス様その人である。
ザンザス様と私との間の距離は結構空いていて。話をするならもう少し近付いた方が無難である事は承知なのだが、如何せん足が動かない。離れていてもビリビリと伝わってくるようなザンザス様の迫力に私の足はもう一歩も動かないどころか、後退までも出来ないくらいに震えてしまっていた。
ああ、これは物凄く機嫌が悪そうだ。
身体を強張らせたまま、部屋の奥から伝わってくる恐ろしい空気に耐え続けていると、右耳から、「シュッ!」と、音が聞こえた。かと思えば、後ろの方で何かが壁にぶち当ったような音が聞こえ、一瞬息が詰まる。
冷や汗が背中を伝い始めた時、ザンザス様がゆらりと動いた。髪の間から覗く、その凶悪な瞳が私を鋭く射貫く。
今、私の身体は痛くも痒くも無い。しかし、少しでも右側へ揺れ動いていたら、私の背後でバラバラになってしまった何かは、私の身体に、いや、頭に直撃していた事だろう。その事実に震え上がるも、目はザンザス様から逸らせない。
蛇に逢うた蛙、鷹の前の雀。ザンザス様に対して、蛇や鷹になれる人物がいるのなら、是非お会いしてみたいものである。


「おいおい、ザンザス。女性に対してそりゃ無いだろう。」


そんな家光様の言葉など聞こえていないように、ザンザス様はブレる事無く私を睨みつけていた。家光様の助け船に縋る隙も無い程に。


「……どういうつもりだ?」


低く、怒気を含む言葉に、また一段と身が縮む。恐怖から来る震えなど通り越してしまい、身体の感覚等、とうに無い。喉が張り付き声も上手く出せず、気持ちばかりが焦っていた。しかし、ザンザス様は私の返答など端から期待していなかったようで、私に猶予等与えてくれない。


「言ったはずだ。今度また、つまら無え事を考えていやがったら、カッ消すとな。」


今考えれば、あのザンザス様にそこまで言われるだなんて、もっと大喜びしてもいい事だったかもしれない。逃げ出そうとしている私を乱暴な言葉で止めに掛って下さっているのだから。…たぶん。
それでもあの時の私はもう、ピクリとも動けず冷や汗ダラダラの頭の中は真っ白け。
大蛇に食べられるのをただ待つしか出来ない蛙のように小さく縮こまっている事しかできなかった。そんな私とザンザス様との間にヒョイっと割って入ったのは家光様だった。


「はい、そこまで。おい、ザンザス。俺が今、何しに来ているか分かるだろう?なまえちゃんは、本部や同盟ファミリーも一目置いてる経理部長だぜ?何かあったら非難は殺到するだろうなぁ。」


経理部長だなんて初めて聞いたけど、ザンザス様の鋭い視線は家光様の背によって遮られ、幾分か身体の緊張がマシになった。
考え無しにこんな状況になってはいるが、家光様が来ていたこのタイミングは、幸運だった。私一人だけだったなら、この場を生き残る自信は全く無い。
目の前に広がる家光様の背中に少し安心感を覚え、私はゆっくりと静かに大きく深呼吸をした。
ここに来て、初めてまともに息を吸いこんだ気がした。


「まあ、いいじゃねぇか。休暇ぐらい。俺が知る限りなまえちゃん、ボンゴレへ来てから働きっぱなしだぜ?日本企業じゃあるまいし、イタリアはバカンスを楽しむお国柄だろう?」


後はもう、有難い事に、私は家光様の背中に隠れた状態のまま話は進んでいった。
進むと言えば聞こえはいいが、実際には家光様が言葉巧みにザンザス様を説得し、ザンザス様は、納得はしていないが、もうこの状況が面倒臭えと言わんばかりに、返事の代りに「チッ!」と、一つ舌打ちを打ち鳴らした。
そこからは早かった。「じゃあ、決まりだな。」と、私を庇うようにして、家光様が退室を促す。とうとう私はザンザス様の姿を見る事無く部屋を出た。少し胸が痛んだが、大半はホッとしてしまったのは確かだった。


「で?一体どうしたんだ、らしく無い。」


『……すみません、御迷惑お掛け致しました。』


ザンザス様の執務室を出て少し離れた所で深々と家光様に頭を下げた。
すると、家光様の後ろから、「もう少し売り付けようと思っていたのに予定が狂って散々だ。」と、ヴェルデくんの恨み事が聞こえてきた。『巻き込んでしまってごめんね。』と、一言告げれば、彼はもう文句を言うつもりもないらしく、傍観者に徹するようだった。


「長期休暇取っといて、此処に居るって事はないだろう?せめて行き先だけは教えて欲しいなぁ。関わった身としてはさ。」


先程から、家光様の質問に全くと言って良い程答えていない私に、今度は答えて貰うと強制的な雰囲気で家光様の言葉が響く。答えるべきなのは分かっているのだが、何しろ突然の思い付きであったので、休暇を取って、何をするだとか何処へ行くだとかは考えていなかった。
ただ漠然と、ヴァリアーから離れてしまいたかっただけなのである。
決めかねていると、「じゃあ暫くウチに来い。」と、言われかねないので、早く返事をしようと焦った私は、つい、『日本へ里帰りします。』と、口にしてしまったのだ。
しかし、この答えは10年間一度も日本へ帰っていない私の理由としては上等だったらしく、家光様はあっさりと納得してくれた。


「んじゃ、おじさんがパスポートやら手配しといてあげるよ。その辺の事何も考えていないだろう?」


『あっ…。すみません、よろしくお願いします。』


「いいってことよ。」


ニカッとした笑みを浮かべた家光様が歩き始めたので、また3人で廊下を連なって歩く。
私のパスポートはボンゴレへ来てから、本部へずっと預けっぱなしなのだ。
本来なら、日本からポッと出て来て海外で働くだとか生活するだとか出来る筈も無く。
そういう手続きやらなんやらは、全て任せっきりだった。その手続き等も、正規ルートと言えるものでは無いので、最初から私が何か出来る事も無いのだが。
日本へ発つ準備が出来るまで、チェデフに来ないかと言う誘いを丁寧に断り、私はその日の内に簡単に荷物を纏めてヴァリアーをこっそり抜け出した。
空港近くのホテルをとり、何日か思い思いに過ごした後、今こうして、座席ベルトを締め飛行機が飛び立つGに耐えていると言うわけだ。

ゴクリと喉を鳴らし、耳抜きをする。
ベルトを外す頃にはもうすっかり空の上で、本当に突拍子の無さは10年前と変わらないなぁ。と、暢気に思いつつ、長いフライトの暇つぶしにと用意されているヘッドホンを手に取った。



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