小さな科学者





『……うわっ!今何時!?』


まるで授業そっちのけで眠る学生のように、いつの間にか机に突っ伏して眠っていた私は慌てて飛び起きる。時計を確認するよりも先に、腹の虫がちょうど正午だと教えてくれた。相変わらず正確な腹の虫に感服する。
花の芽が出てはしゃいだ事で嫌な思いに蓋が出来たのか、一度も目が覚める事無く深い眠りにつけた。久々に頭はスッキリしたが、眠りについた体勢がいけなかったのか、若干、肩や首が痛い。
早く早くと催促する腹の音を聞きながら、まずは顔を洗おうと私室へと向かった。




準備を済ませた私は、久々に下のフロアの食堂で昼食を取ることにした。
すると、一緒にバーロへ赴いた隊員が話し掛けて来た。


「なまえさん。御久し振りです。」


あの一件以来、私の姿を見ないので、彼なりに心配をしていたらしい。
改めて謝罪と感謝の言葉を伝えた。
『もう大丈夫。』と、言う言葉は、まだ嘘でも出て来なかった。
実際、彼の顔を見た時、バーロでの出来事が頭を過り、ドキリと肩が揺れてしまった。
そんな私の様子に気が付いたのか、「…まだ辛かったですか?すみません。」と、謝られたので、私はオーバーに首を振って見せた。


『とんでもない!まだ、少し時間がかかるかもしれないけれど…本当、気にしないで。』


そう言うと、本当にヴァリアーの一員なの?と、疑問に思うような優しい笑みを浮かべ、遠慮してか、「それでは。」と、彼は去って行った。
変に気を遣わせてしまったなと少し落ち込んでいれば、シェフが久し振りだからと、食後のコーヒーとドルチェプレートをサービスしてくれた。
落ち込み気味の思考に甘いドルチェはそれを払拭させるかの如く沁みわたる。
甘いドルチェを大人しく味わいながら、今日は午後からザンザス様へ提出しなければならない書類がいくつかあった事を思い出した。
書類の準備は大分前から出来ていた。ならば、早々に提出しに行けばよかったのだが、今の自分の中にある迷いをあの真紅の瞳に見透かされてしまうのが怖くって、つい、後に後にと回してしまっていた。
今回ばかりは、「つまら無え事を考えんな。」と、言われても、納得は出来そうにないから。
“知らない”と言う事は、なんと愚かで、怖い物無しなのだろうと今は思う。

今日、顔を会わせた同僚が、昨夜誰かの命を奪ったかもしれない。
にこやかに笑顔を浮かべる上司が、恐ろしい命令を部下に下しているかもしれない。

しかし、その反面、

今日、顔を会わせた同僚は、昨夜その見返りに誰かの命を守ったかもしれない。
にこやかな笑顔を浮かべ冷徹な命令を下す上司は、その奥で哀しみの涙を浮かべているかもしれない。

知らない事に関しては、こんな事を考えもしないし悩む事も無い。
10年間、この闇を知らずにすんだのは、きっと沢山の人に助けられている証拠だ。
それでも、知ってしまった今、私はよく考えなければならない。悩まなければならない。
認識が甘かったのならば、理解を深めればいい。
でも。それでも、理解出来なければ、納得できなければどうしたらいい?
ヴァリアーやボンゴレを。そこに在籍し続けた自分の10年間を否定出来るのか。
少し怖くても、不器用でも、優しくて。あんなに気のいい人達を否定するのか?
そんな事、出来る訳が無い。
常識や綺麗事だけを並べて、そこに当て嵌まらない事を全て排除してしまえる程、私は潔い人間ではない。彼らとの繋がりを今更絶てる訳がないのだ。
それなのに、馬鹿な私には覚悟の決め方が未だに分からない。


気が付けば、目の前のお皿は空になっていた。
折角の美味しいドルチェなのに、あまり味わう事が出来なかった。
そんな些細な事でも、罪悪感がまた私を苛める。
しかし、いつまでも此処で、ウダウダとはしていられない。
シェフはきっと早くお皿を片付けてしまいたいはずだし、ザンザス様は待ってはくれない。
カップに残っているもう冷え切ったコーヒーをグイッ!と飲み干して、その勢いのまま、ガタンッ!と、席を立ち上がった。




仕事部屋へ戻り、ザンザス様に提出する書類を入念にチェックしていく。
作成してからもう何度もチェックをしているのだが、念には念をだ。
パラパラと見終えて、また最初のページへと戻る。
その行為を3度程繰り返した所で、大きく溜息を付いた。
ミスを見つける事に神経を注いだのなんて、1回目だけだ。
あとは、逃げの一手。ザンザス様の元へ行きたくないばっかりに何度も何度も書類を捲る。
食堂での勢いはどうした!と、自分に喝を入れて、書類片手に廊下へと飛び出した。

よし!行くぞ!!


「おーう、なまえちゃーん。」


気合い一発!入れた所で、なんとも気の抜けた声で名前を呼ばれ、いかっていた肩は、一瞬にして萎える。でも、その声が凄く久し振りだったのと、なぜこんな所に?との疑問が沸いて、私はゆっくり声のした方へと振り返った。


『…家光様、どうしてここへ?』


「まあ、たまにね。ザンザスの様子を見にさ。」


頭を掻きながら言われた言葉に、あぁ、門外顧問としての勤めか。と、納得する。
もうそんな心配も必要も無いだろうとは言え、二度の謀反を起こしたヴァリアーを疑いの目で見る者は少なくない。定期的に、門外顧問の監視が入っていると言う事実は、そういった者達を黙らせて、大所帯な組織の安定には必要不可欠なのだ。
そう言う私も、ヴァリアーへ来るまでは、ボンゴレの中で異彩を放つ、その得体の知れない恐ろしさに、慄いていたのだが。
しかし、門外顧問は、ボンゴレの代替えと共に代ったはずだ。もう、家光様は、退任されているはず。とはいえ、まだチェデフに在籍はしていらっしゃるけれど…。


「バジルが忙しくってね。古株が出しゃばってるって訳。」


察しのよさは、さすが綱吉様の御父上と言った所だろうか。
ようやく納得のいった私は、『それは御苦労さまです。』と、彼を労った。
よく見れば、家光様の後ろに、本部の最強にして最恐の家庭教師と同じ年くらいの少年が居た。


『家光様、そちらの方は?』


少年と言えども、家光様と一緒にヴァリアーへお出でになっているくらいなので、失礼が無いように振舞う。


「なまえちゃんは初めてだったかい?こいつはヴェルデ。リボーンと一緒にアルコバレーノやってた奴だよ。」


アルコバレーノやってた奴。と、言われても、詳しい事はよく知らない。
噂では、呪いがどうのと聞いた事があるっちゃあるのだが、専ら、“人の噂話”と言うものが好きでは無いので、よく聞いてもいないし、興味も無い。
『私がここで働く上で、必ずしも知る必要がある事ですか?』との質問に誰もYESと答えなかったので、それ程の事と言う事だ。
そんな私を見て、「お前、面白い奴だな。」と、赤ん坊の割に流暢な日本語で言われ、『君も充分、奇想天外で面白い奴だよ。』と答えて以来、赤ん坊が本部へ遊びに来る度によく話をする仲になった。その時は、まさか赤ん坊が次期ボンゴレの家庭教師をやっているだなんて思いもしなかった。今でもまさかとは思うけれど、綱吉様率いる幹部に一目置かれている所を見て、事実なのだと衝撃を受けた。
風変りな世界だな。と、深く追求もせず、のらりくらりと自分の仕事にだけ集中していた結果、今のこの、私は何も知りません状態を作り上げたのだから笑えないが。

それにしても、“ヴェルデ”と言う名前は何処かで…


「新型兵器が完成したからね。買ってくれそうなヴァリアーへ売りこみにきたのさ。」


『えぇ!?ダメダメダメ!黒字へ好転しつつあってもまだウチにはそんな余裕はっ!』


「ハハッ。なまえちゃんもすっかりヴァリアーだなぁ。」


『そんな暢気な事言ってないで、家光様も止めて下さい!』


「まあ、ザンザスが買うと言えば、君はその通りに動くしか無いんだろう?」


『ウッ…。(可愛くない…!)』


元々、ザンザス様のお部屋へ行く予定だったし、これは何とも阻止しなければならないと用事も増えて、3人でゾロゾロと執務室へ向かう。
向かう合間にも、聞き覚えのある名前の事を考えていると、本部の温室と9代目の御顔が頭に浮かんだ。そう、昨日、やっと芽を出した少し変わった花の種を作った人が“ヴェルデ”だ!


『ヴェルデ君が作った花の種を9代目から頂いたんだけど…。』


「あぁ。人の悪意で成長し、成長した暁には悪意を与え続けた人間を食べてしまう…と言う植物の失敗作か。」


『え?そんな物作る気だったの!?』


「まだ、研究段階だけどね。」


『け、継続中なんだ…。』


衝撃の事実を知ってしまうも、気を取り直し質問を続けた。


『中々、芽が出無かったんだけど、昨日、漸く芽が出たの。』


「へぇ?芽が出たのか。」


『そう!で、何か気を付けた方がいい事とかあるのかな?と思って…』


隣を歩く少年の顔色を伺いながら歩を進める。
私達の少し前には、家光様が「ふあぁ。」と、欠伸をしながら歩いていた。


「製作者とは言え、私は植物学者じゃないからね。」


その返答に、肩を落とせば、ヴェルデ君は静かに笑い、「一つ良い事を教えよう。」と、私に耳打ちをして来た。
彼の動きに合わせるように足を止め、私も腰をかがめた。









バサバサバサッ。


手に持っていた書類達は、無惨にも床へと広がり落ちた。
私はといえば、それを拾い上げるでもなく、ただただ、立ち尽くしているばかり。


「ん?なまえちゃん、どうした?」


家光様の言葉にも反応出来ない程に、呆然と。


「なんでもないさ。彼女は後から来るそうだよ。」


「お前、何かしたんじゃないだろうな?」


「まさか。今日は研究費用を稼ぎに来ただけだよ。」


「……んじゃ、なまえちゃん、先に行ってるぞー?」






家光様とヴェルデくんの姿が見えなくなっても私はまだ立ち尽くしていたままだった。
真っ白になってしまった頭でどうにか膝を折り、書類を一枚ずつ拾い上げていく。
そんな私の頭の中は、ヴェルデくんが放った言葉が延々と鳴り響いていた。


















「あの植物はね、育てる者の心が養分なんだ。

特に“恋”心のね。

花を咲かせるも枯れるもその恋の行方次第だ。」







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