甘い認識




「ゔお゙ぉい、なまえは何処だぁ?」


大義名分が出来た今、これ以上面倒事が増える前に、さっさとなまえを救出し、バーロを縛りあげ、欲しかった証拠はそれからゆっくり屋敷を探っていけばいいと判断した。
そうと決まればと、ニンマリと口元に笑みを浮かべ今にも正面から喧嘩を売りそうなベルを慌てて引き止め、証拠隠滅されてしまっては元も子もないので、相手に知られないように隠密に事を進めるようにと付け足した。

ぶつくさと五月蝿い堕王子を引き連れてなまえが捕まっている部屋へと侵入する。数人の見張りを伸してから部屋全体を見渡せば、其処に居るはずのなまえはいない。その代わりになまえが居たであろう場所には、切られたロープが虚しく落ちていた。それと、その隣に未だ縛られたままのヴァリアーの平隊員一名。
仕方無く隊員を救出しつつ事情を聞けば、自然に溜息が零れた。
面倒事は確実に増えつつあるようだ。大人しく待っていろと言ったのに、あの馬鹿女。
伸した見張りをロープで縛り、物入れの中に押し込んだ。部屋も開かないように細工をすれば、暫くは逃げ出した事に気付かれる事は無いだろう。
早く暴れたいと言うベルと、半泣き状態で謝罪する隊員を一喝し、一筋縄では行かなさそうなパーティーを組んだ俺は、なまえを探すべくバーロと言うダンジョンの探索を始める羽目となった。















隠し扉に隠された一室に連れて来られた私は、必死に自分の感情が出ないように取り繕っていた。いたって冷静に。かといって、愛想笑いを浮かべる気にもなれないので、無表情を決め込んだ。
“商品”と言われれば、私は勝手に“物”と思いこんでいた。薬物だとか危険過ぎる武器だとか、そういった物だと。
しかし、今、私の目の前に広がる光景は、近代社会に置いてまだこんな事が行われているのかと疑わずにはいられない光景だった。


「寒村地域出身者、潰れたファミリーの生き残り、借金の形、出所は様々だが、みんないい金になる商品さ。」


人身売買。きっとスクアーロが探っていたのはこの事だろう。
荷造りの最中とはよく言った物で、外から見えないようになっている木箱に数人を押し込めては、蓋を閉めて行く。
ボンゴレに目をつけられているのは薄々勘付いていたらしい。情報はどんな兵力にも勝ると言ったこの男らしく、何処からか危険を嗅ぎ付け、さっさと退散しようと言うわけだ。
男の言う“商品”をこのまま荷として運び、自分達も国外へ逃げて、新しい場所と名前でまた商売を始めるらしい。私達を誘き寄せ捕まえたのは逃げる際の保険と言った所だろう。

早く歩けと怒鳴られた少女とフト目が合った。
瞳から生気は全く感じられず、その表情は暗い。
そんな子供まで一体どうするというのか。……怒りから我が身が震えたのは初めての経験だった。


『…喜んで大金叩いてくれそうなアテは幾つかありますわ。でもその前に、取引先のリストを拝見させて貰えるかしら?』


「ふん、いいだろう。」


上着の内側から匣を取り出すと、小柄な男がいくつか付けている指輪の内の一つが死ぬ気の炎を纏った。大きな宝石を見せびらかす様に下品な程につけられた指輪の中にリングが混ざっていた事に意外性を感じつつも、その様子を大人しく見守る。
ピタリ。と、指輪と匣の窪みが合わさって炎が流し込まれると、空間にディスプレイが浮かび上がり、ゾロゾロと文字が映し出された。
「ほらよ。」と、案外雑に匣を渡されて、落とさないように慌ててキャッチする。
データーが消えてしまっては大変だ。これは大事な証拠と情報になる。
芋づる式にこんな酷い事をする奴等を引っ張り出して、もう終わりにさせなければ。きっと綱吉様もそのおつもりでヴァリアーに任務を与えているはずだ。
空間をスライドさせ、次々に現れる文字列を出来る限り頭に止めながら目で追った。

反吐が出そうな会話を男としながらも、名簿を見終えると、蓋がしまり匣は元の状態に戻った。不本意ながら、それを男に返そうとした時、私と男の間を銀色の何かが走った。
何かと言うには、もうワザとらしい程に見慣れたソレ。しかし、その何かが壁やカエル頭以外の目標物に寸分たがわず突き刺さるのを見たのは初めてだった。
私と小柄な男の丁度間に居た男の付き人は、何が起きたのかも分からないような表情で綺麗に直立した形のまま床へと倒れて行った。
倒れた男の額にしっかりと、深く突き刺さったナイフの柄が、キラリと妖しく光を帯びた。


「うっしっし。なまえはっけーん。」


いつになく高揚したベルの声にハッと意識を取り戻す。
返そうとしていた匣をギュッと握り込み、私は男との距離を取った。


「チッ!ボンゴレの犬か。」


小柄な男が声を荒げると、何処からともなくワラワラとバーロの人間が集まって来た。
ベルは相変わらず嬉しそうに歯を見せたまま、向かって来る敵を容赦なく倒していた。


「匣持って、早く来い!」


あんまりな出来事に倒れた男を視界に捕えつつ、茫然としている私に小柄な男が苛立ったように声を上げた。
早く来いと言われても、付いて行く理由なんか無い。勝手に勘違いをしているようだが、仲間になった覚えはまるで無いし、ベルはきっと私を助けに来てくれたはずだ。
そう思い、中々動かない私に男の苛々は遂に頂点に達した。


「とんだ食わせ物だったって事か。」


そう言って懐に手を入れた男の動作にドキリと心臓が警鐘を鳴らす。
食わせ物も何も、全てはそちらの勝手な勘違いなのに迷惑な話である。


「情報を余所に漏らす訳にはいかないのでね。さよなら、お譲さん。」


カチャ…と、静かに銃口が私の額に当てられた。


『(あ、なんだか……)』


ここはバーロで、私の目の前で拳銃を突きつけて来るのは今日初めて会った男なのに、私の脳裏に浮かんだ光景はヴァリアーへ初めて来た時の物だった。
ただ今は、必ず助けると約束してくれたスクアーロの言葉があったので、あの時のように強い恐怖心は無かった。
でもやっぱり、全く怖くない訳では無いので、静かに慎重に息を吐き出し、少しでも落ち着こうと努力する。
大丈夫、来てくれる。必ず助けてくれると約束してくれたのだから。

ガチャリッ

男が撃鉄を起こす音が妙に頭に響いた時、私の視界を奪ったのはあの時と同じく、流れる銀色だった。


「ゔお゙ぉい、大人しく待ってろって言ったはずだぜぇ!」


思わず耳を塞ぎたくなるような大きな声。今やもう見慣れてしまった銀色のその背中。
あぁ、約束通りスクアーロが来てくれたんだ。そう思った時、「ゴトリ。」と、近くで鳴ったその不自然な音が気になって、反射的にそちらに顔を向けると、床に何かが落ちていた。
普段、そんな姿で見る事が無いその物体を理解するのに数十秒。
理解した途端に腰が抜けていく私の目に映り込んだのは、血飛沫を浴び、朱に染まっていく銀色だった。


「なまえさん!御無事ですか!?」


いつの間に側にいたのか、一緒に捕まっていた隊員が背後から支えてくれたお陰で私は血が滴る床に尻もちを付かずに済んだ。


『あ、えっと…?』


「ここは隊長達に任せて、早くこっちに!」


頭も言葉も回らない私の腕を半ば強引に引っ張って足早に進んで行く。
私は手を引かれるまま、転ばないように付いて行くのが精一杯だった。
辺りに立ち込める鉄臭さは、先程目にした、拳銃を持ったまま床に力無く転がっていた右腕を思い起こさせて私の全てを震えさせる。
背後から聞こえた断末魔の叫びに振り返る余裕も勇気も無く、ただひたすらに脚を動かした。
気が付けば、頬が濡れていた。
心臓は狂ったように早鐘を打ち、呼吸もままならない。
そんな私の様子に気が付いたのか、前を行く隊員がこちらへ振り返ると、「失礼します。」と、一言告げ、私を抱えて先程とは比べ物にならないスピードで走り出した。
自分で走らない事で少し余裕を持ってしまった私の五感は地獄のような光景を垣間見る。

………これが彼等の仕事であり、日常なのだ。
スクアーロの、ベルの、ヴァリアーの、ボンゴレの。
書類でしか見る事の無かった現実を直視した時、自分の認識の甘さを痛感した。
否、きっと本部のみんなは、意識して私をこういった事から遠ざけてくれていたと思う。
この10年間、私が身を置いて来た世界はこの地獄のような世界なのだ。

喉元に不快感が込み上げてくる。
それを必死に飲み込んで、私はギュッと、目を閉じた。





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