重なった勘違い




「お待ちしておりましたよ、さあどうぞ、どうぞ。」


バーロへ着いた私達は、今回の交渉相手なのだろう白髪混じりの小柄な男に案内され、応接室へと通された。


『ふふふ、お待ちになって下さらないから急いで参りましたのに。』


「ハッハッハッ。さあ、もう物は準備してありますから、ご覧になって下さい。」


指し示された低いテーブルの上には4つのケースが置かれていた。
その内の一つを開けてみれば、使用者が少ない大空のリング以外の6つのリングが並べられていた。
全てのケースを開けてその中身を一通り確認すると、私は隣に座る隊員に目配せをする。
彼には予め、リングの質が分かるように振舞えと言ってある。
とは言え、どう振舞っていいのかが分からないのだろう。ドキマギと、彼の緊張感が伝わって来るようだ。
うん、これはマズイな、どうしよう。
商談相手の目の前で、リングの質を装置で調べるのもいいのだが、もし、相手の言うAランクでは無く、低いランクの物や紛い物だったりした時に、装置にいちゃもんを付けられては面倒だ。
どうにか隙をつけないものか。
そう考えていた時、ドアをノックして大柄な男が入って来た。
私の目の前に座る白髪交じりの男に目配せをすると、


「すみません、少し席を外します。どうぞごゆっくりご検討を。」


そう言い残し、私と隊員だけを部屋に残し出て行った。
チャンスとばかりに装置を取り出し、次々にリングを調べて行く。
結果としては、レプリカや、Cランクと言う粗悪品ばかりだった。


「なまえさん、さっきの奴等が戻ってくる前に帰りましょう。何だか嫌な予感がします。」


隊員が急かすようにそう言った。
確かに、見る人が見れば直ぐに分かるような粗悪品を用意して、わざわざヴァリアーを呼び出す理由が分からない。ここに幹部の誰かが居たならば、ただでは済まない場合もある。
もしも、ベルが来ていたなら、ふざけんなとナイフの一本や二本はもう確実に投げられているだろう。何故そんな危険を冒してまで嘘を付き、商談の話を持ってきたのか。
………もしかして、幹部が出払っている事等お見通しだったのではないか?


『………しくったかな。』


「え?」


『急いでここを離れよう。』


そう言って立ち上がった時、勢いよく部屋の扉が開かれた。

私達を取り囲むように、次々と男たちが入って来て、最後に現れたのはニヤニヤと卑しい笑みを浮かべる、白髪交じりの小柄な男だった。


「帰るにはまだ早い。どうぞごゆっくり御寛ぎ下さい。」


寛ぐったって、360度から銃口を向けられて寛げる人間なんて居ないと思う。
最悪のこの事態に、頭は真っ白だ。男たちが部屋に入って来た時、素早く私の身を守ろうと動いてくれた隊員も、今は焦りの表情を隠せないでいる。
こんな事になってしまったのは私の責任だ。彼にはとんだ迷惑を掛ける事になってしまった。
恐怖と後悔の念に苛まれていた時、ポケットに入れていた携帯がふいに鳴り始めた。
鳴ると言っても、マナーモードにしているので、バイブレーションがヴーヴーとくぐもった音を立てている。しかし、緊張感漂うこの部屋では、そんな音でもよく響くものだ。


「どうぞ、遠慮なさらず出て下さって結構ですよ。」


小柄な男が相変わらず卑しい笑みを浮かべたままそう言った。
もう随分とコールしている電話は、余程の用件なのか、まだ切れそうに無い。
携帯を取ろうと上着のポケットに手を入れれば、私の周りで拳銃を構えている男達の手に若干な力が加わったからか、ガチャガチャと恐ろしい音を立てた。
下手な事は出来ない。助けを呼ぶ事も出来ない。そんな事をすれば一気に蜂の巣にされてしまう事は素人の私にでも安易に想像が付く。
どうにかして電話口の相手にこのピンチを伝える事は出来ないだろうか。
しかし、実際はドラマや映画のように上手いこと頭は回らない。
それでも、神に祈る思いで携帯を取り出した。
その着信画面を見た時、張り詰めていた感情が一瞬弛み、ふいに泣きそうになってしまった。


『……もしもし?』


「よぉ゙。随分、面白そうな場所に居るじゃねぇか。」


この声に、こんなにも安堵感を覚えた事は無い。
しかも、私から説明しなくても、何故か事の成り行きが分かっているかのような口振りに、ツンと、目頭に込み上げてくる物を必死に耐えた。


「いいか、この電話は何とか誤魔化せぇ。」


『えぇ。』


「どうしてこうなったか今は聞かないが、バーロは危険だ。相手を刺激するような事は絶対にするなよぉ。」


『……ごめんなさい。今夜のディナーはキャンセルしてくれないかしら?』


「必ず助けてやるから、大人しく待ってろぉ。いいなぁ゙?」


『本当にごめんなさい。今度、埋め合わせするから。』


じゃあね。と、一言付け足して、ゆっくりと電話を切った。
恐怖心は少しだけ薄れていた。スクアーロが気付いてくれている。
状況を把握していると言う事は、案外すぐ側に居るのかもしれない。


「埋め合わせが出来るかは分かりませんが、賢明な判断ですね。」


小柄な男がそう言いながら目配せをすると、私に一番近い所にいた男が私の手を叩いて携帯を床に落とし、グシャリ。と、それを踏み潰した。











どうやら人質に取られてしまった私達は、身体をグルグル巻きにロープで巻かれ、ザ・人質!な、有様だ。スクアーロからの電話が無ければ、今頃は恐怖でどうにかなっていたと思う。


「なまえさん、さっきの電話って…。」


小声で尋ねて来た人質仲間が少しでも安心出来るように、精一杯、穏やかな笑みを作った。察してくれたのか、強張った彼の表情が少しだけ柔らかな物になった気がした。


『……友だちなの。前から予約してたリストランテだったから残念だわ。』


最初よりは減ったけれど、まだ数人居る見張りに怪しまれないようにそう返事をした。


囚われの身となった今、心臓がドクンと鼓動する度に、息が少し上がるようだ。
消えない不安と恐怖に何とか耐えられるのは、申し訳ないけれど、もう一人仲間が居る事と、スクアーロが必ず助けると言ってくれたから。
よくよく考えると、私ってばまたスクアーロのお世話になっている。
自分の不甲斐無さを呪いながらも、今一度、この状況を整理すべく頭を働かせた。
まあ、再確認するまでも無く、まんまと誘き寄せられて捕まってしまった自分。
その理由については取り敢えず置いておく。
タイミング良くかかってきたスクアーロからの電話。その時にも思ったけれど、きっとスクアーロは直ぐ近くに居る。私の状況が見えるような場所に。そうで無ければ、何処かに隠しカメラでも設置しているのかもしれない。どちらにせよ、この組織にヴァリアーもとい、ボンゴレが目を付けている事は間違い無いだろう。
破壊が得意なヴァリアーが、何故コソコソとこの組織を探っているのか。物的証拠を今一つ掴めず、大暴れする為の口実を正に探っている最中だったのではないだろうか。
もしそうならば、私達が捕まった事で、その口実を得る事が出来た……となってくれれば、私も少しは報われる。
けれど、スクアーロはバーロの一体なにを探っていたのだろう。



私達が居る部屋の扉が開き、あの小柄な男が入って来た。
時間を持て余しているのか随分と偉そうな態度でこちらへやって来ながら、口にくわえていた葉巻の灰を、絨毯の床等気にしていないように、ポンッと落とした。


「まさかあのヴァリアーともあろう御方が、こうも易々と捕まりに来てくれるとは。ねえ、お譲さん。」


『私がまぬけなのは認めますけど、ヴァリアーは別として考えて下さる?』


この言葉の意味は、勿論、私と一緒にして、ヴァリアーを馬鹿にしないで頂きたいと言う旨だ。しかし、どうやら目の前の小柄な男は少し勘違いをしてしまったらしい。


「あぁ、なまえさんは元々はボンゴレ本部に居たのでしたかな。」


『……よく御存知で。』


「情報は、どんな兵力にも勝りますからね。」


もくもくと煙を吐き出しながら男が私を見下ろした。
小柄な男は普段は出来ないこの行為が快感なのか、私を見下ろしたまま、椅子に座ろうともしない。煙が臭くて気持ちが悪い。好き好んでこんなものを吸う人の気持ちが分からない。


『ところで他にどんな商売を?』


「とんだまぬけがやって来たと思ったら、中々、打算的なお譲さんだったようだ。ヴァリアーはそんなに居心地が悪いのかい?」


私はただ、スクアーロが探っていた“何か”が少し気になっていただけだった。
自分の思った通りに事が進み、上機嫌で暇を持て余している目の前の男が、気が向けば話をしてくれるのではないかと思い、単純にそう聞いただけだった。
所が、小柄な男は最初の勘違いに再び勘違いを重ねてしまったらしい。
否定して、逆上されても良い事等一つも無い。ここはそのまま話を合わせた方が良さそうだ。


『……まあ、そんなところね。』


目の前の小柄な男は、面白いと、更に卑しい笑みを浮かべた。


「見た所、東洋人のようだが、あちらの組織は詳しいか?」


『そうね。最近ボンゴレに潰された“蜚”は残党で新しい組織を再結成するそうよ。』


勿論、これはでまかせ。最近ボンゴレに潰されたのは事実だが後半は全くの嘘。
しかも、何かの資料でチラリと見ただけなので、詳細なんて全く知りもしない。
しかし、あちらの組織は詳しいのか?と聞いて来る時点で、自分は詳しくありませんと言っているような物だ。嘘も真実も見抜ける力は無いだろう。


「…成程、中々詳しいようだ。丁度良い、今荷造りの最中でね。商品をお見せしよう。」


そう言って、近くにいた見張りに目配せをすると、私の身体をグルグル巻きにしていたロープは切られ、床にパサリと落ちた。手首に巻かれていたロープは結構キツク縛られていた為、若干痕が残っていた。
まだ縛られたままの隊員が心配そうな目で見ていたが、敢えて目を合わせないようにした。
こうなったからには致し方ない。なるようになればいい!と、促されるままに男の後に続き部屋を出た。




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