商談はお早めに




とある日の陽が沈む夕方。一本の電話が鳴り響いた。
それから私は、ヴァリアー内を駆け巡ったのだけれど、幹部連中は誰ひとり捕まらない。


『まあ、仕方無いか。善は急げと言うし。』


独り言を呟きながら、部屋へ戻り簡単に身支度を整える。
車を出してくれる人は居るかな?と考えながら階段を下って行くと、丁度よく声を掛けられた。


「なまえさん、こんな時間にお出掛ですか?珍しいですね。」


『ちょうど良かった!ねえ、今から時間ある?良かったら付き合ってよ。』


たまたま通り掛った隊員は、鍛練場が出来た時、一緒に見学をしてから良く話をするようになった彼だった。タオルを首に巻いている所を見ると、今も鍛練場帰りだったのかもしれない。しっかり活用してくれて嬉しい限りだ。


「じ、自分で良かったら喜んで!」


勢い良くそう言って、一瞬消えたかと思うと、直ぐに身支度を整えて私の前に現れた。
ヴァリアークオリティーはヴァリアーに所属する人は全員使えるのだなぁ。と、目を丸くしつつも感心した。
車を手配して欲しいと頼むと、これまた素早く用意してくれた。
開けられた後部座席の扉を無視して助手席にさっさと乗り込み、メモを片手にナビに住所を入力していく。
何やら少し赤い顔をして運転席に乗り込んで来た彼に『安全運転でお願いね。』と、ナビを見せれば、その顔色はみるみると青く変色して行った。


「目的地ってもしかしてココですか!?」


『え?うん、そうだよ。』


「な、なんだってこんな危険な所に!?」


『何でって…リング仕入れたって言うから?』


「えぇっ!?」


彼の言う危険な目的地とは“バーロ”と言う組織。
どこぞのファミリーと言う訳では無く、マフィアを相手に商売をする武器商人と言った所だ。
リング不足を解消すべく、色々と手を打っていた所、先程この組織から連絡が来たのだ。
Aランクのリングを何セットか仕入れた、と。
とは言え、粗悪品を掴ませる所も多いので、この場合はリングの質を見抜く力のある幹部を交渉の場に連れて行くのが常だ。
だから目の前に居る彼も渋い表情を浮かべているのだろうが、今日は幹部全員出払っているので仕方が無い。
今日は無理なので明日にとバーロへ伝えれば、「需要は山のようにある。」と、一言。
成程、時は金なりと言う事だ。若干足元を見られているような気もするが、この機を逃せば、またいつこんな話しが舞い込んで来るかは分からない。
それならば、一度実物を見て、大丈夫そうなら手付金でも払ってキープしておこうと言う算段だ。


「それでも危険過ぎます。言っておきますが、自分は粗悪品を全くと言っていい程見分けられませんからね!」


私の考えを説明すれば、胸を張ってそう言った隊員に思わず笑みが零れた。
全くのド素人の私と、自信たっぷりにそう言う隊員一名の判断で、簡単に大金を動かす気など毛頭無い。笑みを浮かべた私を不思議そうに見つめる彼の前に、イタリアへ来てから一度も帰っていない、懐かしいジャッポーネの青いタヌキよろしく、お腹のポケットからでは無いけれど、ある物を突き出した。


『判断はコレでするの。こんな事もあろうかと、ジャンニーニに作って貰ったの。』


「…またあの肉団子ですか?」


『うわ、酷い言いようね。少し抜けている所もあるけど、優秀なメカニックなのに。』


試しに彼の嵌めているリングを預かり、装置へ投入する。
スキャンするようにレーザー光線がリングの上を通過して行けば、小さなモニターにアルファベットが映し出された。


『青色だから、雨属性のBランクね。』


「おぉ!正解です。」


『これである程度の判断は出来るから大丈夫。最終決定は後日、幹部に任せればいいだけだし。』


説得するようにそう言ってみても、彼の態度は中々前向きにはならない。


「最近、評判の良く無い武器商人が横行しているって噂もあるし…。もしもバーロがそうなら、やっぱり危険ですよ。」


隊員のその言葉を聞いて、ほう。と、一つ息を吐いてから、助手席に深く腰を掛けた。
とってもガッカリだよ。という態度を全面的に押し出して身体から力を抜いて呟いてみる。


『あーぁ。ヴァリアーの隊員と言えども、最近は保守的な子が多いのね。』


「……煽らないで下さいよ。」


『ふうん。腑抜けていても、そういうのは分かるんだ。』


ウグッ。と、一言漏らし、まるで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
今のは少し意地悪だったかな?と思いながらも、まあ無理強いは出来ないので他を当たるかとドアノブに手を伸ばそうとした時、ガチャリとシフトがチェンジされ、車はゆっくりと進み始めた。


「シートベルトして下さい。いいですか?危険だと思ったら直ぐに帰りますからね。」


ブツブツと言いながらもハンドルをきる彼を横目に、言われた通りにシートベルトをしめながら、『そうこなくっちゃ!』と、笑顔で返した。


「……なまえさんって結構、」


『え?』


「頑固だし、意地悪ですね。」


力無く言われたその言葉に、腹を立てたりしない代りに、


『まあね!』


と、自信たっぷりにそう言って、しばしのドライブを楽しもうと流れる風景に目をやった。
























「なあ、スクアーロ作戦隊長。」


いつまで経っても我儘王子なベルが、俺の事をそう呼ぶ時は、大概ロクな事が無い。
何か面倒な事があって、それを押し付けてしまいたい時や、嫌味や人を軽く小馬鹿にする時がほとんどだ。
現在、俺とベルは、ある組織の尻尾を掴むべく殺戮好きな王子からすれば反吐が出るような地味な任務の真っ只中。
冒頭のように俺を呼んだのは、どうせ、見張り役を変われだの、もう証拠なんていいから殺っちまおうだの、そう言った所だろう。


「ゔお゙ぉい、交代したばっかだろ。しっかり見張れぇ゙。」


「いや、そうじゃなくて。」


珍しく、突っかかって来る事も無く、双眼鏡を覗きこんだままのベルに、標的に何か動きがあったのかと期待を寄せ、相手のアジトの出入り口が見渡せるように木の上に居たベルの元へと移動した。


「車が一台来たんだけど、あれ、ウチのだよな?」


「はぁ゙!?」


ベルの一言に慌てて双眼鏡を覗きこめば、たしかにヴァリアーの車が一台止まっていた。
こんな場所へもし来るとしたら幹部連中くらいなものだが、俺達が此処へ任務に就いて居る事を知らないはずは無いので、誰が来たのか皆目見当も付かない。
もしや、裏切り者がいたのか?と、その車の動向に着目する。


「な゙ぁ゙っ!?」


「うしし、マジかよ。」


「なまえッ!?」


車から出て来たのは、隊員を一人連れたなまえであった。予想もしなかった事態に思わず目が点になる。
あいつが裏切り者?いや、そんなはずは無い。とすると、考えられる事と言えば……。


「なあ、スクアーロ作戦隊長、これで尻尾掴めたりするんじゃね?」


「……面倒事が増えただけだろぉ。」


「しししっ、まあ楽しそうだし、場所変えて見学でもしようぜ。」


そう言葉を残し、喜々として姿を消すベル。


「お前なぁ゙…。」


一拍遅れに、もう誰にも聞かれる事は無い返事をポツリと残し、俺もその場を後にした。





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