ゆっくりでいい




自分が思っていたよりも早く任務が終わってしまうと、時間を持て余してしまう。
いつもより長く湯に浸かってみたり、時間をかけて報告書を作成してみたり。
しかし、「今日はのんびり過ごすぞ!」と、最初に決めて置かないとそう出来ない俺は、つい、いつもの癖で手際よく全てをこなしてしまう。ヴァリアーには昔から世話の焼ける奴ばかりだったから、後々の面倒を考えて率先して事をこなしてきた俺に、自然と付いてしまった悲しいスキルだ。


「ゔお゙っ。…そういやぁ、腹減ったなぁ゙。」


一服しようとミネラルウォーターを一口飲み干せば、ひんやりとしたソレが、身体の芯を通って行く感覚に思わず声を上げた。思えば、夕食も食べずに任務へ出掛けそのままだ。日付が変わったばかりのこの時間帯では、談話室の朝食も期待できそうにはない。
さてどうするかと考えながらも、ここに居ても何も出てきはしないので、さっさと私室を後にした。
静まり返っている廊下を少し歩いて左側。気にしていないと言えば嘘になるその扉の隙間から光が漏れていた。また、時間を忘れて仕事に没頭しているのだろうか?最近ではそんな心配よりも、一目見たい、話をしたいと言う自分の欲望の方が勝っている。
その欲望を抑える術を知らない俺は、何の躊躇も無く扉をノックするが、中から反応は無い。


「(寝てんのかぁ?)ゔお゙ぉい、なまえ?」


声を掛けてみても、やはり反応は無く。
もう一度、強く扉をノックしようとした所で、こちらに近付いて来る気配を察知してその動きを止めた。


『あれ?スクアーロ。今晩は任務じゃないの?』


「思っていた以上にあっけなく終わってなぁ゙。」


『ふぅん。で、何してるの?こんな所で。』


「そりゃこっちの台詞だぁ。何、夜中にフラフラしてんだぁ?」


『私?私はこれを作ってたの。』


ほら。っと、手に持っていた盆を俺の目の前に差し出すなまえ。
その上には、白と黒の素朴さが、洋風なこの屋敷には不釣り合いな物が何個か乗っていた。


「むすびかぁ?」


『うん。小腹空いちゃってさ。あ、よかったらスクもどう?談話室、まだ何もなかったよ。』


腹を空かせている事を悟られたのか、そんな有難い誘いに乗らない手は無い。
こんな夜中に簡単に男を部屋の中に入れんじゃねぇよ。と、思いながらも、全ては自分に向けられている物だから許せてしまう。
そもそも、男として見られていないかもしれないのでは?という悲しい考えには蓋をして見ない事とする。


『日本茶でいい?』


「お゙ぉ。こんな時間まで仕事かぁ?」


『一応、ね。実は昨晩、夢中になり過ぎて徹夜しちゃって。その分、夕方まで寝てたものだから、寝付けなくて。』


一回、時間狂っちゃうと、元に戻すの大変だよね。なんて言いながら、湯気の立つ湯呑みを差し出すなまえ。俺が任務のある日は、なまえとの活動時間が合わなくなるので、このまま時間を狂わせていればいいのにと思いながらそれを受け取る。
しかし、腹を空かせている事は悟れても、こういう思いは全く悟る事が無いなまえは、むすびを一つ手に取り、パクリとそれに噛み付いた。
それにつられるように、俺も一つ手に取った。


『どう?』


「……米、だな。」


『あはは、だよね。』


「食えりゃ何でもいい。」


『うわ、ちょっと失礼発言?仕方ないなぁ。今度は玉子焼きでも付けてあげるよ。』


「あ゙ぁ。そうしてくれ。」


「んまぁ!其処は美味しいって、絶賛する所よ!」なんて言うルッスーリアの声が頭を過る。ルッスーリアと話をした日を境に、頼んでも居ないのに、アドバイスだのなんだのを俺に押し付けてくるお陰で、当人が居ないのに、この有様だ。
とはいえ、特に中身の無い塩むすびにそんな大袈裟な反応を取れるはずも無い。
そもそも、なまえへの対応は俺もどうしていいか分からない状態なのだ。
女なんて、黙っていても寄って来る。適当にあしらってみたり、その気になれば誘いに乗ってみたり。異性との付き合いを、ベッドの上でしかこなしていない俺は、気持ちから始まってしまったこの恋に、戸惑う事ばかりなのだ。
手っ取り早く事を進めてしまっていいならどんなに楽か。しかし、その場限りの付き合いをなまえとする気は更々無いし、何より嫌われたくはない。


『中身の無いこのシンプルさが割と好きでさ。』


俺の邪まな考え等、想像も付かないだろうなまえが、満足した表情で茶を啜る。そんな彼女を見て、また一つなまえの好みを知れた事が嬉しいだなんて純な事を思う自分に、自分で砂を吐きそうだ。
いつの間にこんなに俺の中になまえという存在が入ってきてしまっていたのか。出会った頃とは違う何かが確実に俺の中を占領しているのだ。
自分の気持ちに素直になればなる程、この間、ルッスーリアとも話をした事が気になって来る。なまえがどんな事を言っていようが俺の気持ちには関係ない。と、思いつつも、やはり少しは気になってしまうものだ。
一度、こんな風になまえと二人きりの時に軽いノリで聞いてみたことがある。
前に談話室で話題になっていた“恋なんてする気は無い”ってのはどういう意味なのかと。
その質問を聞いたなまえは一瞬止まり、次に少し困ったような顔をして苦笑した。


『なんだ、やっぱり聞いていたのね。その場で何も言わなかったから、流してくれたのかと思ってたのに。』


「まあ、あんな目の前で話をされたら嫌でも耳に入っちまうからなぁ。」


『だよね。まあでも、気にする程の事でもないのよ。言葉通りの意味かな?』


「何、枯れた発言してんだぁ?まだまだこれからだろぉ?勿体無え。」


『あ、厳密には違うかも。恋ならしているわ。』


「…………誰にだぁ?」


なまえの発言に一瞬焦ってそう尋ねると、彼女は笑顔で側に置いてあった紙の束を俺に見せるように持ち上げた。


『仕事が恋人♪』


「……アホかぁ。」


その時は、そのままちゃかされて話は終わってしまった。何より、なまえがもうこれ以上その話はする気はないと、態度で示していた。
聞きたい事など何一つ聞けなかったが、どんな答えを聞こうとも俺の気持ちが変わるわけでは無い。恋をする気があろうが無かろうが、気が付けば落ちているものが恋だと最近身を持って知った俺は、それと同じ体験をなまえにさせればいいだけなのである。
具体的にどうすればいいかは分からない。俺自身がらしくもなく慎重になりすぎている気もするが、とはいえ、こうして同じ空間で、同じ物を食べたり、同じ事で笑い合ったりするだけでも今はいいかと思う。そうするだけでも、人の距離は縮まる物だ。
現に、本部へ行った日の帰り、二人きりの食事を終えた俺たちは、それ以前よりお互いの事に詳しくなっていたし、それ故に親しみを覚えていた。
そういう一見何でも無い事の繰り返しで、自然と気持ちが寄り添っていくものなのかもしれない。
せっかちな自分では想像もつかなかったが、こんな風にゆっくりと獲物を追い詰めていくのもいいかもしれない。獲物と言うにはあまりにも愛しいこの存在を大切にしたいのだ。

そんな事を考えながら、二人きりのこの空間を終わらせたくなくて、丁度いい熱さで淹れられた日本茶をチビチビと飲んでいると、


『あれ?スクアーロって猫舌だったっけ?』


と、なまえが暢気に笑った。



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