知る権利



「ゔお゙ぉい、なまえッ。起きろぉ。」


肩に乗っかる頭を覗き込みながらそう声を掛けるも、スゥスゥと気持ちの良さそうな呼吸音がするだけで返事は無い。顔にかかる髪をソッと掻き上げてもう一度声を掛けてみたが、『ンッ…。』と、眉間に皺を少し寄せ、またスヤスヤと寝息を立てている。


「…仕方無えなぁ。」


起こす事は諦めて、なまえの腕を肩に回す。
天井やドアにぶつけてしまわないように注意しながら、車の中からなまえを抱え出す。
美味いピッツァを食った後は、適当に近くのバールへと入った。
なまえと酒を飲むのは初めてで、それなりに楽しみにしていたのだが、アルコールを飲むのは随分と久し振りだと言うこいつは、あっと言う間に酔いが回ってしまったようで。もう少し、ゆっくりと色々な話をしたかったのだが、仕方が無い。
ほんのりと赤く染まった頬にトロンとした表情のなまえを見られただけでも良しとした。


「スクアーロ隊長、それでは私はここで。」


迎えに呼び付けた隊員がペコリと頭を下げる。
御苦労だったなと声を掛け、早くこいつを解放してやろうとすると、横から上機嫌な声がして、それを阻止させた。


「あら〜ん。人が埃まみれになって働いているって言うのに、随分と楽しそうじゃな〜い?」


五月蝿い奴に捕まったと思い振り返れば、ルッスーリアの姿。喜々としたその表情に、げんなりとする。


「……お前の方が楽しそうだぞぉ。」


「うふ♪久し振りに上物が手に入ったのよ〜!」


そう言って、ルッスーリアが肩に担いでいた袋を床へと置いた。重そうな音を立てた、その袋の中身を想像するだけで吐き気がする。変わらず嬉しそうな表情でルッスーリアがソレを開けようとするので、慌てて声を荒げた。


「ゔお゙ぉい!ここで開けんなぁ゙!」


「なによ!そんなに必死になって、拒絶しなくてもいいじゃない。」


「……今、なまえが起きたら、二度と口聞いて貰えなくなるぞぉ。」


「……まあ、それもそうね。じゃあ、ちょっと其処の坊や、コレ、私の部屋に運んどいて頂戴。」


そう袋を指さしながら近くに居た隊員に指示をするルッスーリア。
夜中に迎えに来いと俺に叩き起こされて、ようやく解放されると思いきや死体運びをさせられるとは、さすがに不運なこの隊員に同情する。
隊員はと言えば、その命令に逆らえるはずもなく、青い表情で、了解しました。と、返事をしていた。


「それにしても、ぐっすり眠ってるわねぇ。」


「あ゙ぁ、全く起きねぇんだ。適当に化粧なり落としてやってくれねぇかぁ?後でブー垂れんのが目に見えるしなぁ。」


「仕方無いわね。この歳になると、この一回が命取りなのよねぇ。」


そんな会話をしながら、なまえを抱えて階段を上って行く。
いい身体が手に入ったからか、俺達を見てか、恐らく両方であると予想が付くが、上機嫌なルッスーリアがニヤニヤと含み笑いで隣を歩く。

なまえの部屋へと辿り着き、両腕で支えている重みを名残惜しくベッドの上へと移動させた。今日買ったばかりの靴をなまえの足から脱がせ、ソッと床へと置く。
幸せそうな表情で眠るなまえを見て、どうやら、験は担ぎ直ったようだと安心した。


「じゃあ、後は任せたぞぉ。」


「えぇ、おやすみなさい。」


ルッスーリアになまえを預け、部屋を後にしようとして、ふと足を止めた。
どうしたの?と、声を掛けてくるルッスーリアに、どうしようかとこのオカマと出くわしてから今まで悩んでいた言葉を小さく、口にした。


「……今から少し、時間あるかぁ゙?」


「あらん?私とも一杯付き合ってくれるのかしら?」


「まあ、そんな所だぁ。」


「なら先に談話室に行っておいて頂戴。今日はボス以外全員出払っているわ。」


「お゙ぉ。」


何か感づいたようなルッスーリアの物言いに、やはり止めとけばよかったかと後悔したが、もう遅い。奴は昔から、この手の話に関しては鋭すぎるのだ。
「ハァ゙。」っと、柄にも無くでかい溜息を吐きながら俺は一人談話室へと向かった。






















任務を終えて、スキップがちにヴァリアーへと戻れば、エントランスホールにて私の目に飛び込んで来た二人の姿に、あらあら、まあまあ!と、テンションが思わず上がった。
スクアーロとの長い付き合いで知った彼の性格から、ここで変に騒ぎ立てる事はしない方がいいかもしれないと、こっそり様子を伺っていれば、なまえを見つめるスクアーロのその表情に、自制と言う言葉は吹き飛んでしまう。
私が声を掛ければ、スクアーロは少しげんなりとした表情をした。
んもう!可愛くないんだから!

時間はあるかと尋ねて来るスクアーロに、私は勿論イエスと答える。
実は、エントランスから、私に何かを言うべきかどうかを迷っていた事には気付いていた。
私から誘おうかしらと思ったけれど、それには及ばなかったようだ。
足早になまえの部屋を後にして、談話室へと向かえば、少し温められたその部屋でスクアーロはすでにワイングラスを傾けていた。


「少しくらい待っていて欲しいものだわ。」


「心配しなくても酒は逃げねぇよ。……オラ。」


差し出された赤色を受け取り、カンッと軽く乾杯を交わした。
今日の任務は何だったのかだとか、暗殺部隊の世間話を暫くした後、少し出来た沈黙。
その間に、チビリとワインを飲み干せば、スクアーロが小さく息を吸い込んだ。
一言一句も聞き漏らさないように、私はシンッと、耳を澄ませた。






「……“恋なんかする気は無い”ってのは、どういう事だぁ?」






スクアーロの口から息を吐き出すように出された言葉に身体がざわりと揺れた。
主語が無くとも誰の事を尋ねているのかなんて直ぐに分かった。
大体の予想は付いていたし、もしかしたらと思っていた。もし、私の予想が当ったなら、その時は、冷静に茶化す事無く、出来る限りのアドバイスと応援の言葉をスクアーロへ与えようとも思っていた。のだけれど。


「…………ゔお゙ぉい、質問に答える前に、その顔を何とかしろぉ゙。」


「あらやだ。そんなに顔に出ているかしら?」


「思いっきりなぁ゙…。」


いけない、いけない。と、緩む口元に手をあて必死に抑える。
ここでスクアーロが機嫌を損ねて、もういい!と、立ち去ってしまったら、これから起こりうるであろう楽しそうな事を間近で見る事が叶わなくなるかもしれないから。
しかし、そんな野次馬根性は差し置いても、すっかり恋をしている顔になっているスクアーロが私は嬉しくて仕方がないのだ。力になりたい気持ちは嘘では無い。


「…質問に答える前に、確認するわ。スクアーロ、あなたなまえの事、」


ここまで言うと、皆まで言うなと言うような視線が突き付けられる。
スクアーロは言葉にするのが恥ずかしいのか、黙って小さく頷いた。まるで少年のような対応に、緩んでいく口元を必死に抑えて、冷静を装う。


「そう。ようやく気が付いたのねぇ。」


「………不本意ながらなぁ。」


「え?」


「そこはあんまり、聞くんじゃねぇ。」


何があったのかは気になる所だが、それはまたの機会に置いておく事とした。
空になった私のグラスに、再び注がれたワインを一口飲み干せば、目の前には真剣な目でこちらの返答を待っているスクアーロの姿。その様子に満足して、私は言葉を紡いだ。


「まあ、言葉通りの意味ねぇ。敢えて言うなら、私から言えば、“つらい経験”で、なまえから言えば、“つまらない事”らしいわ。」


「……なんだそりゃぁ゙。」


「何なのかしらねぇ。残念ながら、私にも詳しく話してくれなかったから…。」


私がそう言うと、少し考え込むような顔をしてスクアーロが自分のワイングラスを呷った。
答えにはまるでなっていないので、怪訝な表情を浮かべている。


「………スクアーロ、あなたが本気でなまえを思うなら、スクアーロには詳細を尋ねる権利があるわ。」


「……………………。」


「私だって、なまえの力になりたいし、あの子が自ら話をしてくれるなら、しっかり聞いて、気持ちを分かち合ってあげたいけれど。でもそれは、あくまでなまえから話して来てくれないと、私には無理なのよ。」


「……どういう意味だぁ?」


「私には、なまえを支えて、同じ道を歩く事が出来ないからよ。なまえの過去をただの興味本位で掘り下げて、もし、どうにかなってしまった時、なまえの全てを受け入れて共に居てあげる事は私には出来ないの。」


銀白色の短髪を光らせて、剣を掲げていたかつての少年に、よもやこんな話をする日がくるだなんて、なんだか感慨深い。人の事をとやかく言える筋合いではないけれど、多感な時期に、その身の全てを、剣や、ボスへの忠誠心へ捧げていた少年をたまに心配する事もあった。愛の無い、“恋愛”とは呼べない真似ごとだけを繰り返し、己の内に秘める欲望を鎮めるだけのままごと。そんな事を繰り返していると、気付かぬ内に、心が乾き切ってしまうのではないかと少しだけ歳の離れた少年を気にしていた。
少年とはかけ離れた歳になって、今更こんな話題が出てくるだなんて。夢にも思わなかったこの嬉しい事態は、本当に嬉しくて仕方が無いのだ。


「でも、スクアーロ。あなたは違う。心に覚悟を決めた時、なまえを知る権利が与えられるわ。始まったばかりの恋かもしれないけれど、よく考えて見極めて。出来る事ならなまえを救ってあげて頂戴。」


私の言いたい事が上手くスクアーロに伝わったかどうかは分からないけれど、彼は何か返事をするでもなく、静かにゆっくりと瞳を閉じた。
暫くの沈黙後、再び光を宿した瞳は昔からよく知るソレだった。
少年の頃から変わらない、自信に充ち溢れ、怖い物等なに一つ無いと、ただ前を向き、爛々と輝く光を見れば、返事は聞かずとも彼の心内を物語っていた。


「見極めるまでもねぇ。あいつを好きだと気付いた時点で、俺の心は決まってんだぁ。」


そう真っ直ぐと言ってのけたスクアーロに、二人の幸せを応援せずにはいられない。
私に出来る事はなんでも言って頂戴!と、感奮する私に、遠慮しておくとこの場を逃げ出そうとするスクアーロをとっ捕まえて二度目の乾杯を催促した。





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