『あ、あの?』


「スクアーロ様より、御試着をと。」


何を勝手にと、店内を見渡せば、スクアーロは少し離れた所で、私が何度か見た事のあるあの男性とまだ話をしていた。何となく、声を掛けられる雰囲気ではない。というか、このお店の雰囲気で大きな声を出せる程、私の神経も図太くは無い。
着々と準備を進める店員さんの手前、断る訳にもいかず、試着だけならいいかとそれに応じる事にした。
そんな私の前に、「まずはこれを。」と、差し出された靴に目を見張る。
私の足にたった今履かされたのは、爆発音が鳴り響く中、剣帝様にヒール部分を切り落として貰ったあの靴その物だったから。
流石と言うべきか、店員さんが持って来てくれた靴のサイズはピッタリであった。
履き心地は、しっくりしていて、やっぱりいいな。なんてうっとりとその靴を見つめる。


「靴がお好きなのですね。」


『え?』


「違いましたら申し訳ありません。でも、こちらの靴も、凄く手入れが行き届いているものですから。」


そう言って店員さんは、私が今日履いて来た靴にソッと触れた。
仕事用と割り切って、結構履き古しているものなので少し恥ずかしい。


『いえ、凄く好きです。気に入った靴を履いていると、元気が沸いて来るようで。この靴もお気に入りでしたが、少し事情があって駄目にしてしまって…。』


そう言った私の言葉に、「そうですか。」と、店員さんがほほ笑みを浮かべる。


「見た目の美しさも大切ですが、このようにしっくりとした履き心地の靴は一生物になります。貴女様の毎日を、つまりは人生を、しっかり歩く為には良い靴が必要ですから。」


『……そうですね。』


本当にその通りだと思った。
考えてみれば、人生を歩くと考えた時、地面に接する役割を持つ靴はとても重要なポジションにある。その靴が、足の幅に合わないキツイ物や、ブカブカの大きな物だとしたら。もしくは、履きくたびれてボロボロになっている物、デザインが大っ嫌いな物だとしたら。
自分の望む人生を、それで本当に歩き切れるだろうか?
私が、物事に気合いを入れて挑もうとする時、お気に入りの靴や新しい靴を履く癖は、もしかしたら自分でも気が付かない内に、そんな事を思っていたのかもしれない。

残念ながら私のお気に入り達は、途中リタイアが続出してしまったけれど。
しかし、ヴァリアーへ来た初日のあの靴は、もしかしたら、私の代りにボロボロに傷ついてくれたのかもしれない。
騒動の中、ヒールの折れたこの靴をきっかけに、あの場で落ち込んでいなければ、ザンザス様に激励と言っていいのかは疑問だが、あんな言葉を掛けられる事も無かったかもしれない。


『人生を共に歩く靴かぁ…。』


「素敵ですね。」


ポツリと口から出た言葉に、相槌を打つ店員さん。この素敵な女性の足も、素敵な靴が包み込んでいた。


「人生を共に歩く靴は、殿方と違って、一つとは限りませんよ?」


そう言って、他に持って来た靴を勧める彼女はきっとヤリ手の販売員なのだろう。
彼女の勧める靴達は、私の趣味をばっちりと掴んでいる物ばかりで、どれも欲しくなるものばかり。けれども、今日は…


『ごめんなさい。今日は先立つ物も、何も持っていなくって。』


そう。そもそも、スクアーロに謝る為だけに、ヴァリアー内をウロついていただけなので、財布どころか、鞄も何も持ってはいない。まさに手ぶら状態。
少々感じる気まずさから、少しおどけて、手をぶらぶらさせてみる。


「ゔお゙ぉい、俺をダセェ男にすんじゃねぇ゙。」


『うっわ。び、ビックリした。』


突然背後から掛けられた声にドキリとする。
すると、スクアーロは少しかがんで、並べられた靴を指差した。


「コレと、………あぁ、ソレだなぁ゙。」


「かしこまりました。」


同時に店員さんが反応して、並べられていた靴達を片付けて行く。
その場に残された、スクアーロが指示した二足の靴。
一つは、スクアーロがヒールを切り落とした例の靴。もう一つは、何足か並べられた靴の内、私が一番いいなと思った物だった。


『……いいなって思ってたの、気付いたの?』


「なんとなくソレっぽい気がしただけだ。」


『というか、私今日、財布持ってないよ?』


「人の話し聞いてたかぁ゙?それに、あの恨めしい目が未だに頭に残っててなぁ。化けて出られちゃ堪んねぇんだ。大人しく弁償されてろ。」


『斬ってって頼んだのは私なのに?しかも、その理由だと、この一足は余分だよ。』


「オマケだ、気にすんな。」


『…じゃぁ、帰ったら返す。』


「阿呆か。誰が受け取るか、そんなもん。」


『えー、でも、』


「うるせぇぞぉ。格好くらいつけさせろぉ゙。」


駄目だ。何を言っても、もう聞いて貰えそうも無い。
そもそもスクアーロが弁償する筋合いなんて微塵も無いのだけれど、気にしてくれていた事が思いの外嬉しかった。あの一瞬の間で、何処のブランドのどういう靴かまで記憶していた所は流石と言うべきか、気持ち悪いと言うべきかは分からないけれど。
もし、今、私とスクアーロが反対の立場だったなら。私も絶対折れないだろうと思う。ましてや、スクアーロは男だ。ダセェ男にするなと言うのは、気遣いも含まれているだろうけれど、本心だろう。こうなってくると、延々に押し問答を繰り返すより、スッパリ御礼を言われた方が私なら嬉しい。うわ、でも、なんだか照れ臭い。


『…ありがとう。大切に使わせて貰うよ。』


御礼を言うだけなのに、なんでこんなに緊張しているのか分からないけれど、妙にドキドキしてしまって、覚束ない。
大体、私は行動にしても、物にしても、“あげる”は得意だが、“もらう”は、苦手なのだ。
変に手に汗を握ってしまって、慣れ無い事は、されるものではない。
ふと、御礼を言ったのに何の反応も示さないスクアーロの事が気になって、その様子を伺うと、してやったりと言うような顔をして、ニヤリと笑みを浮かべていた。


「言ったなぁ?」


『え?うん、ありがとう。』


「まあ、気にすんな。」


『う、うん…?』


なんだろうか、この違和感は。
会話は、成立しているようで、意思の疎通が全く出来ていないような違和感がある。頭の中にハテナマークを浮かべながら、スクアーロの様子を伺っていると、喜々とした声を背後から掛けられた。


「それではなまえ様、こちらへ!」


それは、あの綺麗な店員さんで。こちらへってどちらへ?と挙動不審になっていると、彼女は私の背に手をやりながら、それはそれは嬉しそうな顔で私を誘導していく。
言われるがままに連れられて行った、少しこぢんまりとしたその部屋で、私は彼女のその笑顔と、スクアーロとの会話で感じた違和感の理由を知る事になるのである。














「準備出来たかぁ?んじゃ、行くぞぉ。」


『……………。』


こぢんまりとした部屋から出て来た私を見て、満足そうにそう言うスクアーロをジト目で見る。彼はそんな私を気にする素振りは全く見せず、「いかかでしょうか。」と、相変わらず満面の笑みで接客をする店員さんに、「上出来だぁ。」なんて言っている。
こぢんまりとした密室で、私はあれよと言う間に身包み全て剥がされた。ここまでだと何事かと思われるが、剥がされた後には、上等な衣類達が再び私の身を包む。
あの靴にはこういった物がとても似合います。と、言われるがままに着せられて外へ出て見れば、ちゃっかり自分も私服に着替えてしまっているスクアーロが私を待っていて、今に至る。


『スクアーロさん、何かな?コレ?』


「服だろぉ?中々似合ってんぞぉ。」


『そうじゃなくて。大体、私は靴だけのつもりで…!』


「あ゙ー、聞こえねぇなぁ。いいから、とっとと行くぞぉ゙。」


『行くって何処に…って、待ってよ、この靴で!?』


私が今履いているのは、先程スクアーロが選らんだ靴。
特に何かがある訳では無いのに、真新しいその靴を履いて外へ出る事に抵抗が生れる。私が勝手に抱いているジンクスは最近では空振りが多いが、やはり、新しい靴は、何か気合いを入れる時や特別な時におろしたい気持ちは変わらないのだ。


「ゔお゙ぉい、今履かなくて、いつ履くっつーんだぁ?」


『え?いつって、何かタイミングが合う時に…。』


「なまえ様、それなら確実に今ですわ。今からスクアーロ様とデートですよね?」


どもっている私に、あの店員さんがそんな言葉を投げ掛けるものだから、私は言葉が詰る。
デートにはオシャレをして気合いを入れて挑むべきですよ。なんて、何の悪びれもなく言ってのける物だから、反論しかけていた身体から一気に力が抜ける。
別に、デートでは無いのだけれど。それでも、スクアーロが買ってくれた靴なのだし、彼が今履けと言うなら、聞いてあげてもいいかもしれない。そう思いかけた時、


「まぁ、そういう事だ。」


と、言うスクアーロに目が点になる。え?そうなの?


「靴をおろす度に駄目になるって、この間、愚痴ってたじゃねぇか。今から新しい靴履いて楽しい思いをすりゃあ、験も担ぎ直んだろぉ。」


正直驚いた。まさか、そんな事を考えていただなんて。


『…もしかして、その為にここへ?』


「さあなぁ゙。おら、早くしろぉ。」


そう言って足早にお店の出入り口に向かうスクアーロ。
店員さん達も見送りの態勢を整えている。
先を行く銀色の背中に溜息を吐いてまた追いかける。もう今日は、彼の言う通りに行動するしかないようだ。
これも、もしかしたらこの新しい靴が私を導いているのかもしれない。
良い靴を履きなさい。良い靴は履き主を良い場所へ連れて行ってくれる。イタリアのこんな言葉を思い出しながら、そう思った。


『それで、何処へ連れて行ってくれるって?』


「取り合えず飯だなぁ。腹減った。」


『……言っとくけど、落ち着かない店は嫌だからね。お気軽お気楽な所でよろしく。』


「んじゃ、あそこだなぁ。近くに美味いピッツァの店がある。」


『よし、のった!』


そうだ、お詫びも兼ねて今日はスクアーロにとことん付き合ってやろうじゃないか。
その代わり私も、彼が作ってくれた験の担ぎ直しというこの機会を最大限に生かして楽しもう。そう決めて、タイミングよく開けられた扉を二人で潜りぬける。


「素敵な夜を。」


そう言って笑顔で送り出してくれた店員さんに、私も笑顔をお返した。






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