怪しいビル



やっぱり、次に本部へ来る時は、一人か、若しくは車2台で来よう。
だって、全然ゆっくり出来やしない。久し振りに9代目にお逢い出来たと言うのに、ジト目で私を見続けるスクアーロの視線をひしひしと感じ取り、そう強く誓った。


『…非常に残念ですが、今日はこの辺で。』


と、私が言うと、9代目も私の心情を察して下さったのか、苦笑しながら


「そうだね。」


と、お答えになった。
それを聞いた途端、やっと終わったかと言うようなスクアーロの顔に溜息が零れそうになる。9代目の手前、グッと飲み込んだけれど。
名残惜しくこの場を離れようとする私に、9代目が少し待つようにとおっしゃられ、側に置いてあった細かい装飾が施された小さな箱から、これまた小さな白い包み紙を取り出した。それをそのまま私へと差し出されたので、不思議に思いながらも受け取り、折り畳まれた包みを広げその中身を伺う。


『種、ですか?』


「この間、ヴェルデ君に会ってね。植物の品種改良の研究をしている内に出来た物らしいんだ。これを是非なまえに育てて欲しくてね。」


『新しく出来たって事は、今までに無い植物って事ですよね?』


「あぁ。花は花なのだけど、少し特殊らしくてね。種植えはいつでもいいらしいから、早速育ててみないかい?なんでも、育てる人によって花の色も変わってくるそうだよ。」


『へぇ。不思議な花ですね。』


「花が咲いたら私にも見せておくれ。」


『はい、大事に育てます。』


思わぬプレゼントに喜んでいれば、背後から感じる重圧。
今度ばかりは飲み込みきれずに零れてしまった溜息に9代目が小さく笑みを零した。


『それでは9代目、また伺います。』


「気を付けてお戻り。ザンザスによろしく伝えておくれ。」


『Si』


そう笑顔で別れると、先へ進んでいる銀色の背中を慌てて追いかける。
スクアーロの背中を追い掛けるのは今日何度目だろうか。
そう皮肉たっぷりに思いながらも、私が追いついた事に気が付けば、彼の歩調は少し遅くなり、扉は当たり前のように開けられて、きっちりエスコートをしてくれる。
そんな風に扱われると、憎むに憎めない。日本でもだいぶん、レディファースト文化が浸透してきているけれど、あまりそういう扱いに慣れていない私は妙に照れ臭くて恥ずかしい。
乗って来た車に辿り着くと、行きと同様に助手席の扉を開け、私に手を差し出すスクアーロ。


「ん゙?何ボケッとしてんだぁ?」


『あ、や、ごめん。ガサツそうな割に、あまりにも自然にエスコートしてくれるから、お国の違いを感じてただけ。』


「…ガサツは余計だぁ。」


『ふふ。紳士の国が近いだけあるね。』


「まあ、気が付いちまったしなぁ゙。」


『え?何に?』


「いいから、とっとと乗れぇ゙。」


そう急かされて、慌ててスクアーロの手を取り、助手席に乗り込んだ。
素早く運転席に乗り込んだ彼は、エンジンをかけ、また静かに車を発進させる。
次はいつ来られるかな。と、思いながら、段々と小さくなる屋敷を見つめた。
その光景を見ながら、ヴァリアーへ異動になった時の事をふと思い出す。
あの時は後部座席に獄寺君と並んで座って、緊張と不安と、そして寂しさに負けないように、奥歯をギュッと噛みしめていた。またいつか、ここへ帰って来よう。そう強く思いながら本部を見つめていたのに、今はもう“いつ帰れるか”ではなく、“いつ来られるか”と考えている自分に苦笑する。


「何笑ってやがんだぁ?」


『…すっかりヴァリアーの人間になっちゃったなと思って。』


「ハッ!今更だろぉ。」


『うん、そうだね。』


そう言って、二人で小さく笑い合った後、どちらがと言う事も無く二人とも口を噤んだ。
申し訳なさ程度の音量で流れるラジオのDJは、陽気な声で次に流す曲名を紹介している。


『(……スクアーロの運転って、どうしてこんなに眠たくなるんだろう?)』


心地よい揺れと、静かに流れる音楽。等間隔で視界に入る木々を見つめていると、瞼が段々と重くなってくる。運転するスクアーロには申し訳無いけれど、帰りも少し眠らせて貰おうと思いつつ隣をチラリと見れば、彼は口角を上げ上機嫌そうな顔をしていた。
何か楽しい事でもあったのかな?なんて、暢気な事を思いつつ、私はそんなスクアーロをぼんやりと見つめたまま眠りについた。



















目を覚ました時、車はバック音を鳴らしていた。
ハンドル片手に後ろを見つめているスクアーロをぼんやりと見つめながら意識が段々と覚醒して行く。ヴァリアーへ到着したのだろうかと思い、外をチラ見すれば、見慣れた風景はそこには無く、薄暗くなってきたからか、街灯が灯っていた。


『(…街灯?)あれ?』


「起きたか?よく寝てたなぁ゙。」


そう言いながらスクアーロが小慣れた手つきでシフトレバーをパーキングに入れ、ピーピーと鳴っていた音は止まった。
寝惚け眼でボケッとしている内に、助手席のドアは開けられて、少し肌寒い空気が車内に流れ込む。そこで漸く自分の身体にかかっているスクアーロの上着に気が付いた。
今日は本部に行ったからか、珍しく隊服では無い、黒いスーツの上着。
それを外に居るスクアーロにありがとうと手渡す。


『てか、ここ何処?街?私そんなウロつける格好してないよ?』


「用があんのは直ぐそこの建物だ。これでも羽織ってろ。」


黒のタイトスカートに白のワイシャツ。最近は肌寒くなってきたので、これに薄手のカーディガン。ザ・仕事着の私は少し心配になってそう伝えると、差し出されたのはスクアーロの物だろうか、白のストール。こんなものじゃ隠しきれないと思うけど、直ぐ近くだと言う事もあって、まあいいかとそれを受け取る。
てか、用事があったのか。だからあんなにせっかちだったのだろうか。
ヴァリアーへ直帰するものとばかり思っていたので用があったのなら、言ってくれればよかったのに。

少し先を歩くスクアーロの後をちょこまかと付いて行く。
すると、外からは中の様子が分からない一つの怪しげなビルにスクアーロは足を踏み入れた。階段が少し狭いから気を付けろと、私を先に歩かせる。
何と言うか、ただならぬビルの雰囲気に不安になる。もしかして仕事関係の事で立ち寄ったのだろうか?私がのこのこ付いて来て大丈夫なのか?まあ、ついて来させたのは他ならぬスクアーロなのだけど。
階段を上って行くと、少し広い空間に出た。スクアーロも辿り着くと、天井の隅にある防犯カメラが僅かに動いてジーッと、音を立てた。
その時、奥にある大きな扉がガチャリと開く。
一体何が飛び出してくるのか不安ながらに息を飲むと、凄く美人でスタイルの良いパンツスーツ姿の女性が現れて、拍子抜けした。


「ようこそ、スクアーロ様。随分とお久振りですね。」


その挨拶には特に返事もせず、スクアーロは私に行くぞと声を掛ける。
一体、どうなっているのかと彼に視線を投げかければ、スクアーロは私の手を引き、部屋の中へと移動して、壁の一部分を見ろとばかりに視線をやった。
その視線を追いかければ、其処にはボンゴレの紋章が額に入って飾られていた。
いや、意味分かんないし。

まあ、でも、なんとなくな予想は付く。
部屋の中は外からでは全く想像出来ない程きらびやかだ。
白を基調とした空間に、目に映るだけでも眩い装飾品が並べられたガラスケース。
男女問わず、様々な衣類に、靴や鞄、はてはベルトまでが品よく並べられている。
どうやらここは、お店のようだ。それも、ボンゴレ御用達、もしくは専門の。


「なんだぁ?知らなかったのか?下手に数件回るよりは、ここへ来た方が早いからなぁ゙。」


えぇ。知りませんでしたとも。10年ボンゴレに勤めていて、初めて知りましたとも。
なんて不貞腐れつつも、奥から出て来た少しお年を召した男性を見て、成程と思い直す。
彼は何度か、本部へ様々な洋服やアクセサリー等を持って出入りしているのを見た事があったからだ。パーティー前や、潜入任務の時など、重宝しているのだと、昔9代目の守護者の方が言っていた。


『用事って、買い物?』


「あぁ゙。ちょっと、そこに座って待ってろ。」


言われるままに、見るからにフカフカそうなソファーに腰をかける。
任務に関わるような大層な用事では無くて心底ホッとした。
スクアーロも買い物とかするんだなぁ。なんて思いながら、レディース商品が並べられている方をチラリと見ると、私自身、買い物なんて当分していないので、沸々と購買意欲を掻き立てられる。ちくしょう、財布持ってくればよかった。
でも、今もし財布を持っていたら、とんでも無い散財をしていたかもしれない。
値札等は見る限りかかってはいないが、見た事があるような有名ブランドのマーク達がチラリホラリと目に映る。
あぁ!あそこにカラフルに並べられている鞄は全女性の憧れと名高いそれだ。今年出た新色のマンゴーカラーに思わず目が止まる。その隣には、オーストリッチの物に、うわっ、クロコダイルまである。あれ一つだけで5、600万はするはずだ。
このお店の商品の総額を考えただけでも恐ろしい。

ガラスケースに入れられた、普段てんで縁の無い物達に溜息が零れそうになる。
セレブって本当に居るんだなと改めて思った。もし、買うお金があったとしても、ポーンと気軽に買う事など出来ない私とは世界がまるで違う人達。とはいえ、ボンゴレ御用達のお店なのだから、そんなセレブ達と身近に接して、仕事をしているのだろうけど。そう考えると、私ってば凄い。
なんて、訳の分からない事を考えていると、最初に私達を出迎えてくれた綺麗な女性が失礼致します。と、私の座っているソファーの隣へ膝をつく。
彼女は何足かの靴を持っていて、私は目が点になった。





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