間の悪い訪問者



見るからに分厚い扉を、一応壊さない程度の力加減で蹴飛ばせば、鈍い音を立てながら、ギィッ…と開く。
途端に、むわっ!とした、湿気た温い空気が自分の肌に纏わりついてきて、ついさっきまで身体をこれでもかと動かしていた俺にとっては、不愉快極まりない。
石畳で出来ている通路をその道筋の通りに歩けば、少し奥に入った所にお目当ての人物は居た。暢気なもので、ロッキングチェアに揺られた老人は俺の姿を見て、こちらの調子が狂ってしまう事はお構い無しに「やぁ。」と、にこやかに挨拶をしてきた。


「……御無沙汰してます。9代目。」


一応、こちらも挨拶を返して近付き、視線で促された場所へ腰を下ろした。


「本当に久し振りだね。今日は一体どうしたんだい?」


「なまえが9代目の顔見ないと帰らないと言うもんでなぁ゙。」


「あぁ、なまえが来ているのか。それで、なまえは?」


「行方知れずだ。悪いが此処で待たせて貰うぜぇ。」


大体の事情は察したのか、行方知れずと言う物騒な言葉とは正反対に穏やかな表情を崩さないまま、淹れたばかりなのだろう、まだ湯気が立つコーヒーをカップに注ぎ俺の前へ静かに差し出した。どうやら勘の良さは衰えてはいないらしい。


「随分と、外は賑やかだったね。」


「……別に普通だろぉ。」


つい、諸々の事情から、山本に喧嘩を吹っ掛けてしまった俺は、結局不完全燃焼なまま此処に至る。あれから直ぐに、頭上から嵐の矢と嵐の糞ガキが降って来た。
カスが何匹増えようが、まとめて相手をしてやるつもりだったのだが、


「ゔお゙ぉい、手ェ出すなら容赦はしねぇぞぉ!」


「うるせぇ!ここで喧嘩してんじゃねぇ。何か一つでもぶっ壊してみやがれ。ヴァリアー宛ての請求書、なまえへ送りつけんぞ。」


そう高々と言ってのけた獄寺に思わず身体の動きは止まってしまった。
情けない事だが、ふいに頭をよぎったのはなまえの怒った顔で。
つい最近、あいつを怒らせてしまい、やっと今日和解したと言うのに、また怒らせるわけにはいかないと瞬時に思ってしまった。
そんな俺を見て、時雨金時を竹刀へと戻し、「ハハッ。」と、笑う隙だらけの山本を一発ぶん殴り、さっさとこの温室へと向かったのだ。

そんな事情はおくびにも出さず、9代目からカップを受け取り一口飲み干す。
ヴァリアーに常備してあるイタリアンローストのそれとは違い、砂糖を入れずとも感じるコーヒーの甘みとまるい酸味が目の前の爺らしいなと心の何処かで思った。


「ザンザスは元気でやっているかい?」


「あ゙ぁ。相変わらずの暴君だ。」


「ハハッ。たまには顔を見せるようにスクアーロ君からも言っておくれ。」


「言うだけ無駄だと思うがなぁ゙。」


特に用も無く、9代目と話す事も無い俺は、爺の話にポツポツと言葉を返すのみ。
話し相手が出来た事が嬉しいのか、マフィアだとか任務だとかは一切関係の無い、極々普通の世間話をゆっくりと話す9代目。
咽返る程の花々の甘い香りの中、ゆらゆらとロッキングチェアに揺られながら、ゆっくりとした時を過ごすこの爺の姿は、一般世間から見れば、いい老後を過ごしているように見えるのだろう。俺には今一よく分からねぇが。
ザンザスや俺もいつかこうなる日が来るのは確かだが、全然実感が沸かない。
寧ろ、想像すら全く出来ず、嬉しそうに話を続ける、その皺だらけの顔をぼんやりと眺めていた。


「そういえばー、何でなまえさんはボンゴレに居たんですかー?」
『…9代目にスカウトされたから?』


いつだったか、こんな風にのんびりと、ヴァリアーで茶会なんぞ柄でも無い事をしていた時、フランの質問にのらりくらりと返答をするなまえの言葉をふと思い出す。
9代目の言葉が途切れた時を見計らって、俺はずっと抱いていた疑問を口にした。


「なまえは9代目にスカウトされてボンゴレに来たと言っていたが、本当かぁ?」


聞きに徹していた俺が突然そんな質問をしたからか、9代目は少し目を丸くした後、また穏やかな表情を浮かべ、静かにジッと俺を見据えた。


「気になるかい?」


「まあなぁ゙。」


「なまえの言う通りだよ、私が彼女を誘ったんだ。」


「何だって、あんなマフィアとは一つも関係無い奴を誘ったんだぁ?」


「さぁ。何でだったかな。」


「ゔお゙ぉい、ボケるにゃまだ早えぞぉ。」


すっとぼけるクソ爺を睨みつければ、9代目は穏やかな表情からは一変、ひどく真剣な表情で俺を見ていた。引退したとは言えそこはボンゴレ9代目。柔らかい空気に紛れる重いそれに、呼吸がドッと重くなる。物事の本質に迫るようなその瞳を、真っ直ぐに向けられるとつい視線を逸らしたくなる。いや、まあ、視線を逸らす気は更々無いが。

暫くそうした後、目の前の爺の顔が綻んだ。
コーヒーカップを口へ付け、一口その中身を飲み干すと、ゆっくりと息を吐きながら再びロッキングチェアを揺らし始めた。


「私も全てを知っているわけでは無いが。そうだね、君には話しておく方がいいようだ。」


「…………。」


「私には立ち入れない部分に君が手を差し伸べてやって欲しい。」


「……前置きはいい、とっとと話せぇ゙。」


「…………。」


「…………。」


だぁぁあああああ゙っ!
なんつ〜間の悪さしてんだあいつはッ!
みるみる不機嫌になっていく俺を見て、9代目が苦笑した。


「この件については、またの機会に。私は大抵ここへ居るから、いつでも来なさい。」


「………チッ。」


不機嫌さを微塵も隠さずに後ろを振り返れば、満面の笑みを浮かべたなまえが小走りにこちらへとやって来る。


『9代目!御無沙汰しております。』


「やあ、待っていたよ。元気そうでなによりだ。」


嬉しそうななまえは完全に俺の事はアウトオブ眼中のようで。9代目しか目に入ってねぇ。忠誠心の強さ故のその行動も、今の俺にとっては面白くも何とも無い。


「よぉし!挨拶も終わったなぁ゙。」


さて、帰るぞと言う意味合いを込めて、わざと大声を出してみれば、信じられないと言った冷たい眼差しが突き刺さる。
9代目の事となると、どうしてこうも態度が変わるのか。
仕方なしに、なまえの満面の笑みをその身に一身に受けるクソ爺の面を呪いつつ、カップに残ったコーヒーを、咽返るような甘ったるい香りと共にチビチビと、飲み干していく事に時間を費やす事とした。




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