アンフェアではつまらない



訳の分からないまま、止めに入る言葉も出ないまま、嵐のようになまえを連れ去られてしまって、唖然とする。
先に9代目の所へ行っていろと言われても、あの爺に用事があるのはなまえだろう。俺は特に用事なんてねぇぞ。


「あーぁ。行っちまったなー。」


ふと隣を見れば、何がそんなに楽しいのか嬉しいのか無駄に笑顔を振り撒く馬鹿ガキがなまえが連れ去られて行った方向を見つめていた。
9代目に用は無いが、こいつに付き合うよりは大分マシだろうと考えて、止めていた足を再び動かす。
全く何が野球だこの馬鹿が。日本を離れ、漸く剣だけで生きて行くのかと思えばこの有様。付き合い切れないにも程がある。


「あ、ちょっと待てよスクアーロ!」


そう言いながら、俺の後を追って来る山本武。


「ゔお゙ぉい、付いてくんなぁ。お前に構ってる程、暇じゃねぇ゙。」


「え?でも、なまえ待つ間、暇だろう?」


「……いくら暇でもお前に構う暇は一生無えぞぉ。」


冷たいなぁ。なんて言って笑うコイツに虫唾が走る。
何を言われてもヘラヘラしやがって、プライドとか色々抜けすぎだろぉ。
いい加減に面倒で、ギロリと睨みつければ、まぁまぁ。と、両手をヒラヒラとさせながら生意気にも俺を宥めてきた。


「ところでさ、スクアーロ。」


「あ゙ぁ?」


「なまえとできてんのか?」



「はあ゙っ!?」


何を言い出すかと思えば、本当に何を言い出すんだこいつは。
大股で動かしていた脚を再び止める。
変わらずニコニコと笑みを浮かべるこの表情の裏側を読み取ろうとするが、馬鹿の考えはよく分からない。一丁前に表情を読み取らせないとかそんな所ばかりがそれらしく成長しやがって、それよりも、とっとと俺を楽しませるくらいに剣の腕を磨いて欲しいものだ。


「だってさ、なまえがしきりにスクアーロと目だけで会話するから、深い仲にでもなったのかと思って。」


「…例えそうだとしてもお前には関係無いだろぉ。」


特に否定も肯定もしないのは、馬鹿に付き合う気はさらさらないからだ。
そう息を吐き出して再び足を動かそうとした時、いつもの調子であっけらかんとした声が背後で響く。


「関係無くはないぜ?俺、なまえに惚れてるしな!」


「はあ゙っ!?」


二度目となってしまった驚きの声が廊下に響く。また何を言い出したんだこいつは。
振り返り、山本武の方を見れば、自分で爆弾発言をしておきながら照れてしまったのか、「ハハッ!」と、軽い笑い声を上げながら、少し色付いた頬をポリポリと掻いていた。


「………年上過ぎだろぉ?なまえから見たらお前なんかまだまだ乳臭ぇガキだぞぉ。」


「10歳くらいの差なんて今時珍しく無いだろ。それに、」


「……………。」


「野球選手は姉さん女房のが上手くいくんだぜ?」


「………いつお前がプロになったっつーんだ。今はマフィアだろうが。」


プロでは無いが、俺はいつでも野球選手だぜ!とか言う野球馬鹿に心底うんざりして、身体の奥底から溜息が零れる。ダメだこいつは。相手にすればするだけこちらの生気を吸い取られてしまう。


「ま、そういう事だからさ。あんまなまえを一人占めすんなよ!」


そう言って、歯を見せる山本武。
アホ臭ぇ。んな事、俺が知るかよと思いながら、呆れた視線を投げかけると同時に見えたこいつの眼に俺の周りの時が一瞬止まる。
またヘラヘラとふざけた表情を作っているとばかり思っていた。
しかし、俺の目の前で笑うその表情は、笑っているが、笑ってはいない。
まさかこんな所でこんな風に、こいつからこんな眼を向けられるとは思いもしなかった。
嫉妬や欲を瞳の奥に宿した、挑戦的で攻撃的な俺を敵視する、そんな眼を。
普段ならここで、「おもしろいじゃねぇか」と、剣を相手に突き付けるだろう。
しかし、そんな眼を向けられたきっかけを思うと、おもしろいと思う感情は湧き出ては来なかった。寧ろ反対に、胸糞悪いくらいだ。


「……お前になまえは無理だ。」


無意識に口から出た言葉に自分自身で何言ってんだと驚いた。
それを聞いた山本はと言えば、笑っているようで笑っていないその表情を崩さずに、酷く冷めた声を俺に投げ付ける。


「ははっ。それこそ、スクアーロには関係ないのな。」


まぁ、言われた通りだ。こいつがなまえに惚れていようが俺には関係の無い事。
それなのについ余計な事が口の端から零れてしまった。面倒臭い事には関わりたくは無いはずなのに。


「それに無理だとか、スクアーロが決める事でもないだろう。」


あ゙ー、あ゙ー、そうだ。その通り。勝手に好きにやってくれ。
大体、何ムキになってやがんだこいつは。らしくねぇ。


「そういや、9代目は何処にいんだぁ?」


「ん?あぁ、たぶん温室の方だな。」


「ハッ。隠居爺は気楽なもんだな。」


「なんだ、もう9代目の所へ行くのか?」


「これ以上お前のくだらねぇ話に付き合ってられるかぁ゙。」


「うわっ、酷いのなー。」


今度こそ、目的地へ向けて歩を進める。
まだ何か言いたい事でもあるのか、行きたい方向が同じなのか、俺の後ろを付いて歩く山本武。もう無視だ無視。


「なぁ、スクアーロ。」


「…………。」


「……なんで俺には無理だとか思ったわけ?」


……俺に言われた事を根に持っているのだろうか?
しかし、ここで何か言っても言わなくても、こいつは付き纏ってくるだろうと思い、無言のまま階段を下りる。
何で無理かと思ったかなんて、無理だと思ったから無理なのだ。
第一、 こいつとなまえが恋人同士になるって所が想像すら出来ない。
人生経験も少なそうなこのガキがなまえとどう接すると言うのか。
なまえの事だ、仮にこのガキと付き合った所で、ヴァリアーの隊員達に好かれるくらいの面倒見の良さを発揮して、あれやこれやと世話を焼く姿が想像出来る。
それはもう対等な恋人と言うよりは、母親のそれに近くなるのではないだろうか。
私の方が歳上だししっかりしなきゃ!と尽瘁するなまえの様子が目に浮かぶ。
元よりくそ真面目な性格も相まって手に負えない程の荷物を抱え込むに決まってる。

どちらかと言えばなまえは年上か、そうでなくても、包容力豊かな奴の方が合っていると思う。まだまだ青臭いガキなんかじゃなく、所謂、大人の男。
あいつが9代目に馬鹿みたいに懐いていやがるのを見てもそういう事ではないだろうか。
困った時、辛い時、いつでも支えになってくれる存在に心の奥底で依存して安心を得ているように思える。普段そんな素振りは見せないが、案外、甘えたがりなのだあいつは。
無理をしすぎるなまえを気にかけてやれる余裕を持ち、尚且つ、いっぱいいっぱいになった時にスムーズに手助けが出来るような。いつも一人で気張っているあいつを甘やかせてホッとさせてやれる男でなければ、きっとなまえは疲れてしまうに違い無い。

そんな推察をしている内に、気が付けば、小さく笑みが零れていた。




「(可愛げがあるんだか、無いんだか。)」




そう、もっと甘えてくればいいのだ。一人で何でもしようと抱え込まずに。
たまには弱音を見せて、ぐうの音を出せばいい。
見るからに甘え下手そうなあいつがもし頼って来るような事があったなら、その時は




「(この俺が―――――)」




温室へと続く、外へと出る連絡通路の扉に手を掛けた所でピタリと立ち止まる。

…俺は今、一瞬、何を考えた?

その時、背後に気配を感じて振り返れば、どこまで付いて来るつもりなのか、山本武の姿があった。唖然としながらも目の前のアホ面を睨みつける俺を見て、何か満足したようにニッと笑みを浮かべていた。


「何事もフェアじゃなきゃ、つまらないのな!」


………こいつ、謀りやがったな?


次の瞬間、携帯していた匣を取り出して素早く炎を注入させる。
青い炎が走ると同時に、左腕に馴染んだ重みを感じ取り、すかさずそれを振り上げた。


「ゔお゙ぉい゙!糞ガキ!上等じゃねぇか!」


「おわっ、っぶね!」


腑抜けた声を出しながらも、俺の一撃をヒョイと避ける山本武。
どうやら此処ではマズイと思ったのか、先程、俺が開けるに至らなかった扉を勢いよく開けて外へと飛び出した。


「待ちやがれぇ゙っ!!」


すかさず後を追いかけ容赦なく衝撃鮫を喰らわせる。
これには漸く山本も肩に引っ掛けていた時雨金時を抜いて応戦して来た。
ガチガチと刃の擦れ合う音がして、山本の顔が歪む。
それもそのはず、一切の手加減は無しに喰らわせてやったからなぁ。
咄嗟に利き腕とは逆の手で刀を取り、受け止めたのは褒めてやってもいいが、しばらくその左腕は使い物にはならないだろう。


「――…ッつ。おいおい、いきなり激しいのな。」


「あ゙?もう音を上げんのかぁ?」


「冗談!ってか、俺、何も悪くなくね?」


「………………。」


「スクアーロがただ鈍感な…」


ガキィンッ!と、気持ちの良い程の音を立てて、二人の間に距離が生れる。
悪くないだぁ?しゃらくせぇ゙!んな事は分かってんだ。
何が癪に障るって、こんな糞ガキに自分でも気が付いていなかった本心を見抜かれて、事もあろうにそれに気付かされるとは、情けないにも程がある。


「うるせぇぞぉ!二度とナメた口聞けないように切り刻んでやる!」


「ハハッ…マジかよ。」




激しい撃ち合いが始まったボンゴレ本部中庭に静かに流れるような雨が降り始める。
上空には燕の姿。少しは落ち着いてはくれないだろうかと希望を持ってみた山本だが、変わらず瞳をギラギラと光らせる獰猛な鮫を目の前に、一握りの希望はハラハラと手から零れて行くのを感じた。これは当分かかりそうだと、10代の頃より何度か手合わせをした、父親とは別のもう一人の剣の師を相手にジリジリと間合いを取る。


「(まあでも、今日ばっかりは簡単に負けるわけには行かないな。)」


そう覚悟を決めて山本は、雨で少し濡れた地面を思いっきり蹴りあげた。













「どわー!!獄寺くん、大変!このままじゃ中庭が跡形もなくなっちゃうよ!!」

「な゙ぁっ!?何やってんだあいつ等!!」

「はやく!早く止めなきゃ!!」

「御任せ下さい10代目!…オラァ!てめぇ等止めやがれぇ!!」

「だ、大丈夫かなぁ…。」






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