逞しく育った獅子
廊下に出て辺りを見渡せば、遠く離れた付きあたりの曲がり角に、銀色の毛先が一瞬だけ見えた。なんだってそんなにせっかちなのかと半ば呆れながら、走ってはいけない事は充分に承知しているが、誰も人がいないのを良い事に小走りに長い廊下を駆け抜ける。
曲がり角を曲がれば、そこにはスクアーロが壁にもたれかかっていて、コーナーのインを突いて勢いよく角を曲がった私は、見事に彼に衝突した。
「ゔお゙ぉい、危ねぇぞぉ。」
『………そう思うなら避けてよ暗殺者さん。』
「ハッ。自業自得だぁ。」
鼻を見事に強打して、低い鼻が益々低くなりそうだ。
ツーンとする鼻頭を若干涙目になりながらさする私を見て、意地悪そうに笑うスクアーロ。
私の気配なんてお見通しだろうに、華麗にかわしてくれればいいだけなのに。
『……スクアーロってさ、何だか最近意地悪だよね。』
「そうかぁ?」
『そうだよ。』
そう文句を言いながら、今度はぶつからないようにスクアーロの隣に移動する。
『大体、折角付いて来たのに全然ゆっくりできないじゃない。用事でもあるの?』
「用が無えから、さっさとズラかるんだぁ。」
『…なにそれ。ヴァリアーって本当に、例外無く本部嫌いなのね。』
「例外はなまえだろぉ。」
『あ!ねぇ、9代目に御挨拶へ伺うくらいはいいでしょう?これだけは絶対に譲らないわよ、私は。』
心底面倒臭さそうな顔で私を見下ろすスクアーロ。
それでも、これだけは最初から譲るつもりは無い。本部まで来たのに9代目の御顔を見る事も無く帰るとか、私にとってはかなりあり得ない事なのだ。
9代目の事となると、私が折れる事は無いと知ってか知らずか、スクアーロは仕方が無えなと溜息を吐いた。ダメだと言われても一人で勝手に行く事も理解した上だろう。
「…チッ。ちんたらしてやがるから、面倒臭い奴が来やがったじゃねぇか。」
『え?』
突然そんな事を言うスクアーロの視線を辿ると、陽気な声と共に、少し離れた所から手を振っている青年が居た。
「おーい、スクアーロ!ん?なまえか!?」
『…あ、山本くん!』
「久し振りだな!元気してたか?」
みるみる私とスクアーロの目の前に来て、爽やかな笑顔を惜しげも無く振り撒く山本君。
なんだかもう、この爽やかさが根本的にヴァリアーとは違って、以前より彼の顔が眩しく見えた。
『元気してるよ。山本君も調子良さそうで何よりです。』
彼につられて自然に笑顔でそう返す私の隣では、隠す事も無く面倒臭いぞオーラを出しているスクアーロ。「なんだよ相変わらず冷たいのなー。」なんて言いながらもそんなスクアーロの態度を全く気にしないのは山本君の凄い所だと思う。
「チッ。ゔお゙ぉい、鍛練は怠って無えだろうなぁ?」
「おう、まあな!こっち来てから野球もお預け状態だしな。」
「嘘付けぇ゙。下らねぇ事考えてやがんだろうが。」
「ははっ!なんだ、バレバレだな。」
二人の会話の内容が全く分からなくて、一人頭上にハテナマークでも浮かべていると、それに気付いた山本君が説明してくれた。
どうやら彼は、ここで野球チームを作りたいようで。
同盟ファミリーだとかで試合を行い、ボンゴレリーグを開催する事を目論んでいるらしい。
「ほら、社会人野球ってあるだろう?そんな感じでさ、マフィア野球みたいな!みんなでやれば絶対楽しいって。小僧も結構乗り気でさぁ!」
そう楽しそうに語る山本君。
マフィア野球って…。楽しいとかの前に、なんだかとっても物騒だ。
“球”ならぬ“弾”でも飛んできそうで、見学だけは絶対にしたくはない。
「…勝手にやってろぉ。ウチを巻き込むなよぉ゙。」
「ん?ヴァリアーチーム作んねぇの?」
「誰が作るかぁ゙!!」
山本君の質問に予想通りの大声を上げて一喝するスクアーロ。
ヴァリアーで野球チーム…。想像すら付かなくて空笑いが出てくる。
ブツブツ言うスクアーロの隣で、今だニコニコと「絶対楽しいって!」と説得を試みている彼は、物凄く打たれ強いと思う。
「チッ!とっとと行くぞ。んな馬鹿相手にしてらんねぇ゙。」
少し疲れた顔をしてスクアーロがそう言うと、山本くんが「うわ、ひでぇ。」なんて、言葉とは裏腹にやっぱり嬉しそうにニコニコ笑いながら言うものだから、、なんだか可笑しくて小さく吹き出した。
「そういや、なまえ。今日なんか予定入ってるか?」
『え?えっと、今から9代目の所へ行って、その後は……ヴァリアーへ直帰?』
9代目への挨拶の後の事はよく分からないので、スクアーロに視線だけで伺うも特に反応は無い。帰りがけに用事があれば私を一緒に連れて来ないだろうし、早々にヴァリアーへ帰るつもりだろうと、少し疑問形になりながらそう答えた。
「そっか。なんだよ、特にやる事ないなら、久し振りなんだし、ゆっくりしてけよ。」
『あぁ…うん。そうしたいのは山々なんだけど…。』
久々の本部。まだ顔を合わせていない人達もいるし、出来る事なら、私もゆっくりしていきたい。やっぱり、今度は一人で時間がある時に来たいなぁ。
「そうそう、今日ラル・ミルチも来てたしさ、いる奴さそってゆっくり飲まね?」
『え!?ラル来てるの?(…うわぁ、混ざりたい。)』
本部にいる頃は、たまーに、ラルやオレガノとお酒を飲みながら語り合ったりしてたっけ。
オレガノなんかとは歳も近くて、よく色んな話で盛り上がった。酒も入り、無駄に盛り上がる三十路女達を、私達より若いはずのラル(見た目とは裏腹に中身は物凄く大人なのだ)に羽目を外し過ぎないようによく見張られていたものだ。
そんな事を思いながら、チラリとスクアーロを伺えば早くしろと言わんばかりに、興味の無さそうな顔をして腕を組んで佇んでいる。
私がスクアーロへやる視線に気が付いたのか、山本くんが、スクアーロも誘ったけれど、その誘いに乗るはずも無く。
やっぱり今日は無理そうだ。久し振りにラルとも話たかったけれど仕方が無い。
ごめんね、また今度。っと、断ろうと口を開こうとした時、何やら背後からドタバタと激しい足音が近づいて来た。
少し驚いて後ろを振り返れば、私の後輩達が3人揃って鼻息荒く登場した。
「「「なまえさんっ!!!」」」
『ハッ、ハイ。えっと、皆さんお久し振りです…?』
その迫力に押されて思わずたじろいでいれば、なぜか、後輩の男の子二人それぞれに両腕をガッシリと固められ、私の目前にズイッ!と顔を出して来たのは、よく泣いていた新人の一番若い女の子。
「なまえさん!まさかこのまま帰るおつもりではないでしょうね!?」
『えっ?いや、9代目の所へ御挨拶に伺おうと…』
「なんで真っ先に私達の所へ来てくれないんですか!最近、全然連絡付かなかったし、もうあの部屋は今凄い事になってるんですよっ!」
凄い事って、どんな事だと若干冷や汗を掻きながらも、大迫力の彼女から目が離せない。
私が本部を離れる前はあんなに物静かで大人しい子だったのに。
成程。可愛い子を千尋の谷へと付き落とせばこんなにも逞しく育つらしい。
『あ、ごめん。少し体調崩してて…。』
「え?大丈夫なんですか?」
『うん、もう身体の方はバッチリ…。』
私がそう言うやいなや、パチンと指を鳴らす彼女。
何事だと思えば、私の両隣で腕を掴んでいた彼等がグイッとその手に力を込めた。
『え?ちょっと待って。何事!?』
「兎に角!ちょっと来て貰います!」
鼻息荒く彼女がそう言うと、両腕をグイグイ引っ張られて、自然と私はスクアーロと歩いていた廊下を逆戻りするはめとなる。
これは、大人しく言う事を聞くしかなさそうだ。
『うわわわわ、ス、スクアーロごめん!先に9代目の所へ行ってて!なるべく、早く、済ませる からぁ〜〜…・・』
グイグイ引っ張られながら、顔だけ振り返りそう告げる。丁度角を曲がってしまい、廊下には私の声だけが残される。
一瞬見えたスクアーロの表情は何だかポカンとしていたように思えた。
再び前を向けば、相変わらず鼻息荒い後輩達に苦笑を零しながら、今日はおろしたてでは無いけれど、そうそう何度も靴を傷付けられてはかなわないと、靴を擦らないように懸命に足を動かした。
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