イキイキとする場所




無駄に長い廊下に無駄に重い扉。
ああ、本当にここはボンゴレ本部だ。

再確認せずとも、本部は本部なのだけど、もう何年も訪れていなかったかのように懐かしく思えて、ついそんな事を考える。目の前にはボンゴレの紋章を象ったドアノッカー。
これを見るのも実に久し振りだ。懐かしさを感じながらそれに手を伸ばせば、私の手が触れる前に、重いはずの扉は「バァンッ!」と言うダイナミックな音と共に豪快に開け放たれた。
もしも、扉のすぐ向こう側に人が居たならば大惨事である事は間違いない。


「ゔお゙ぉい、沢田いるかぁ゙!?」


「やあ、スクアーロ。」


ノックもせずにお邪魔して、いきなり大声を飛ばすスクアーロ。
そんな彼を怒る事も無く、さも普通の事のように受け答えをする綱吉様。
そんな綱吉様の代りと言う訳ではないが、私は軽く落胆しつつ、スクアーロの背中をバシンと叩いた。


「あ゙?なんだぁ?」


『なんだじゃないわよ。礼儀ってもんがあるでしょう!』


「ハッ。そんなもん必要ねぇ。」


平然とそう言ってのけるスクアーロ。
言いたい事は山程あるが、綱吉様にこれ以上無礼を働くわけにもいかないので、失礼致します。と、部屋へと入って真っ直ぐに彼と向き合った。


『御無沙汰しております、綱吉様。お変わりありませんか?』


「なまえさん!お久し振りです。元気そうでよかった!」


『綱吉様もお元気そうでなによりです。』


「ハハッ。それだけが取り柄だからね。それよりなまえさん、上手くやっていけてるの?全然連絡くれないから、心配してたんだよ。」


『申し訳ございません。中々忙しくてそこまで気が回っていませんでした。…何度か身の危険に晒されましたが、お陰様で元気にやっております。まぁ、一度はミニモスカが原因ですけど。』


そう言うと、綱吉様が「ヴッ…。」と、言葉を詰まらせた。
わざと言ってみたのだけれど、期待通りの反応が可笑しくて我慢できずに小さく吹き出してしまった。


「…なまえさん、ちょっと意地悪になったんじゃない?」


『ふふっ。日々、ヴァリアーで鍛えられていますから。』


「……納得、かも。」


「ゔお゙ぉい。変な納得してんじゃねぇ゙。」


スクアーロが呆れながらそう言って、持っていた茶封筒を綱吉様に向かって放り投げた。
重要な書類のはずなのに扱い方がぞんざい過ぎるだろうにとスクアーロに視線をやれば、用は済んだとばかりにクルリと綱吉様に背中を向けた所だった。


「確かに渡したぞぉ。」


片手をヒラヒラさせながら開けっぱなしになっている扉をくぐり抜けるスクアーロの背中に、慌てて声を掛ける。


『えっ、もう行くの!?』


「こんな所に長居は無用だぁ。おら、さっさと行くぞぉ。」


『あ、ちょっと!』


「せっかちだねスクアーロ。なまえさん、また時間ある時にゆっくりと。」


『綱吉様、申し訳ありません。』


「うん、大丈夫。早く行かないとスクアーロ、五月蝿いから。」


そう言って苦笑する綱吉様に、『失礼しました』と背を向けて、スクアーロの後を追いかける。
と、そうしようとしたけれど思い止まり足を止めた。
再び綱吉様の方へ振り返った私を見て、彼が不思議そうに私を見つめる。


『あの、綱吉様。』


私が声を掛けると、いつものようにニッコリと笑顔を浮かべて、私の次の言葉を静かにお待ち下さる綱吉様。
9代目に初めて彼を紹介された時、その若さと風貌から、本当にボンゴレ10代目と言う大役が彼に務まるのだろうかと、何とも失礼な事を考えた。
実際にも、やっぱりどこか頼り無くて、終始ハラハラし通しだったけれど。

綱吉様自身の能力はけして、誰もが素晴らしいと絶賛する程のものでは無い。
いや、それでは語弊があるかもしれない。そもそも比較対象が大き過ぎるのだ。
かつてのドン・ボンゴレの抜けた穴を思うと、どうしても力量不足を感じずにはいられない。着任したばかりの若きドンに、9代目さを求めてはいけないと思いながらも、私は何かにつけて9代目と綱吉様を比べてしまい、いつも心の中で勝手に落胆の溜息を吐いていた。

しかし、それは数ヶ月の間だけだった。

綱吉様の周りには不思議といつも人が集まって来る。
多種多様な人々が彼の元へと集まり、それを偉ぶる事も無く、今のようにニッコリと笑顔を浮かべてまとめ上げてしまう。
いや、まとめようとせずとも、命令なんてしなくても、みんな自ずから彼の為、延いてはボンゴレの為に心血を注いでしまう。
人にそうさせてしまう不思議な力を綱吉様は持っていらっしゃるのかもしれない。
ドン・ボンゴレだけがボンゴレでは無い。綱吉様の周りに人が集まりその集合体がボンゴレファミリーなのだ。私は彼と過ごす内に、そんな当たり前の事に気付かされた。
今となっては、どうしてあんなに生意気な事を考えてしまったのだろうかと思うくらいに、綱吉様はとても10代目らしかった。

当初、獄寺君に「どうだ。10代目は素晴らしい御方だろう。」と言われた時、お世辞程度に『そうですね。』としか返せなかった。今なら、心の底からそう言えるに。
誰もがいつのまにか彼を好きになり、その非凡な平凡さに魅了されるのだ。


『本当は、何度も本部へ戻りたいと思いました。いつでも帰って来ていいと笑顔で言って下さった綱吉様の存在に幾度も助けられました。いつでも受け入れて貰えるという安心感で頑張ってこられたんです。ありがとうございます。』


深々と頭を下げると、顔を上げなくても、綱吉様の焦ったような照れたような表情が分かった。


「わわっ、頭を上げて下さい。俺はただ、本当に思った事を言っただけで…。」


『その本心こそが私を支えて下さるのです。』


「そ、そんな大袈裟ですよ!…でも、戻りたいと思ったならそのまま早く戻って来てくれたらよかったのになぁ。」


『ふふ、ありがとうございます。ただ、冷静に考えると、無事に戻れるか心配な所ですけどね。』


「……ザンザス、ああ見えてなまえさんの事、結構気に入ってるよね。」


そう、あれでいて実はザンザス様の存在も大きい。恐る恐る提案等してみると、意外にも私の好きなようにさせて下さるし、挫けている時は、綱吉様とはまた異なる、くだらないと一喝して下さる一風変わった優しさお持ちなのだ。


『いい上司にばかり恵まれて、幸せ者です。私は。』


「……ありがとう。」


感謝の気持ちはこちらが伝えたいものなのに、照れ臭そうに顔を掻きながらそうおっしゃる綱吉様。
彼の醸し出す雰囲気のお陰か、執務室全体が柔らかい空気に包まれていく。

しかし、そんな居心地のいい空間に突如として響く大きな怒鳴り声。


「ゔお゙ぉい!ちんたらしてんじゃねぇぞぉ!」


雰囲気をぶち壊すような、そんな大きな声に溜息を付いて、気を取り直す。


『綱吉様、そろそろ失礼致します。』


「うん。無理し過ぎないように、また顔出しに来て下さい。」


『はい、次はゆっくりと。それでは。』


もう一礼して、退室する。陽だまりが溢れるその部屋はやっぱり名残惜しくて。
ふんわりとしたその雰囲気が壊れてしまわないように、なるべくゆっくりと静かに閉まるように、重い扉を動かした。















「10代目。御飲み物です。」


「ありがとう。獄寺君、もう少し早く出てくればよかったのに。」


「……タイミング逃しちまいまして。」


丁度、お疲れの10代目に紅茶を入れて差し上げようと奥で準備をしていた時に、執務室の扉が派手に開け放たれた。声だけで誰が来たのかは直ぐに分かった。
あいつには茶は入れてやらねぇぞ。と、一人分の茶葉を蒸らしていれば、次に聞こえて来たのはなまえの声。


「………チッ。」


仕方が無いと、二人分に変更して淹れ直す。
その間にドタバタと執務室を出て行く五月蝿い剣帝にイライラしながら、折角二人分に淹れ直したのに無駄になっちまったなと思っていると、なまえが真剣そうな声で10代目のお名前を呼ぶものだから、出て行くタイミングを完全に失ってしまった。

……まぁ、なんつーか、俺には及ばないが、あいつも10代目の素晴らしさを充分に理解しているようで。中々、やるじゃねぇか。


「……本当はさ、そろそろザンザスになまえさんを返して貰おうかと思ってたんだよね。」


「そうなんですか?俺、呼び戻してきますよ。そう伝えたらなまえもきっと喜びます!」


「ううん、いいんだ。」


「10代目?」


「スクアーロに対するなまえさんの態度。本部じゃ見た事無いんだけど、獄寺君はある?」


言われてみれば、あんななまえは初めて見たかもしれない。
いつも丁寧に言葉を選び、クールでテキパキと仕事をこなす印象が本部では強い。
ヴァリアーへ異動になる少し前、ようやく色々と雑談もするようにはなっていたが、それまでは必要最低限の会話しかしなかった。敬称もしつこく言わないと止めないくらいだったし、ヴァリアーでも頑なにそうなのだろうと勝手に思っていた。


「ヴァリアーの方が、なまえさんらしさが出てるのかも。くやしいから、なまえさんから戻って来るまで呼び戻さない事にしたんだ。」


俺の淹れた紅茶を一口飲み干した10代目が少し寂しそうに笑いながらそう言った。
10代目のお気持ちが痛い程伝わってくる。前言撤回、なまえもまだまだだ。
ここまで10代目が思って下さっているのに。戻りたいと思ったならとっとと、戻ってきやがれってんだ。


「そういう事だからさ、獄寺君。もう暫くなまえさんの抜けた穴よろしくね。」


「ヴグッ……了解です。」


…ったく。早く帰ってきやがれバカ女。
そんな事を思いながら、10代目に気付かれないように小さく息を吐いて、珍しく廊下を駆けているのだろう、どんどんここから遠ざかって行く高い足音を静かに聞いていた。





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