悪ふざけの代償
「ねぇ?スクアーロ。」
なまえが出て行った後の談話室。ルッスーリアが深く溜息を付きながら、俺にこんな事を言って来た。
「なまえったら、一度も貴方と目を合わさなかったけれど、何かしたの?」
「……病み上がりで本調子じゃないんだろぉ゙。」
「…そうなのかしら?」
そんな事言って、何か思い当たる事は無いの?と、しつこく尋ねて来るオカマを睨みつければ、諦めたのか、「もう!」と小さく溜息を付かれ、この話は終了した。
大体、やけに余所余所しいなまえの態度の理由はこっちが聞きたいくらいだ。
感謝される事はあっても、避けられるような事をした覚えは無い。
あいつの性格上、迷惑掛けっぱなしで申し訳ないとか思って、小さくなっている可能性はあるが。そんな必要は全く無いのに、日本人特有の遠慮だろうか。何かにつけて「すみません。」と、悪くも無いのに謝って縮こまる性質は俺にはよく分からない。
「じゃぁ、スクアーロ、報告書は任せたわね♪」
「ゔお゙ぉい、勝手に押し付けんじゃねぇ゙!」
「いいじゃなーい。早く寝ないとお肌に悪いのよ。」
そう言って、さっさと談話室から出て行くルッスーリア。こういう時の、ヴァリアー幹部の逃げ足の速さはどいつもこいつも天下一品だ。
まあ、どうせボスもまだ起きちゃいないだろうし、少し仮眠をとって昼頃出せばいいだろう。
そう勝手に判断して、大きく背伸びをしながら立ち上がり、自分の部屋へとゆっくりと移動した。
ウィーン、ウィーン、ガシャンッ。
プリンターから出て来た数枚の紙を手に取って、確認の為、一通り目を通す。
最後にペンを取り、直筆のサインをガリガリと殴り書きすれば、報告書の完成だ。
3時間程仮眠を取り、糞真面目に報告書を作り終えた俺は、ボスの執務室へと向かう。
執務室は開いていたが、人の姿は見えない。大方、奥の部屋でまだ寝ているのだろうと、ボスを起こす気は更々無いので、報告書を机の上に置いて、さっさと部屋を後にした。
今日も夜から任務が入っているし、とっとと部屋に戻ってもう一眠りしようと自分の部屋へと向かっていると、丁度なまえが仕事部屋から出て来た所にはち合わせた。
『あっ、スクアーロ、お疲れ様。じゃっ!』
そそくさと部屋に鍵を掛けて俺に背を向けるなまえ。
そんななまえにやはり、違和感を覚える。いつもは無駄に笑顔を振り撒きながら、調子はどう?だの、聞きたい事があるのだけれど。だの、二言三言くらいの会話をしてくる癖に。今日はやっぱり何かが変だ。
俺に背を向け、足早に行こうとするなまえの後を、大股で二、三歩追い駆け、腕を掴む。
すると、ビクリとなまえの肩が揺れた。
『なっ…何?どうかした?』
ここまでしても、変わらず俺と目を合わせる事は無いなまえにいい加減腹が立って来た。
「何か、お前今日変じゃないかぁ゙?」
『別に、変じゃないよ?』
「何を隠していやがる?」
『えっ!?別に何も隠してない。』
「じゃあ、なんでそんな挙動不審なんだぁ?」
押し問答を繰り返しつつも、なまえの肩を持って、グルリと方向転換をさせる。
すると、俺の気のせいだと言いつつ、伏せ目がちに後ずさりをして行くなまえ。
どうにもその態度が気に入らない俺は、なまえの両頬を方手で掴み、グイッと上へと押し上げた。俺の手を掴み必死に抵抗を試みるなまえ。まるでタコみてぇな口で、中々見る事は出来ない面白い顔のなまえ。
それでも、相変わらず目は合わなかった。ここまでくると不自然にも程がある。
『ふぁ、ふぁなぢて!』
「ゔお゙ぉい゙、離して欲しけりゃ、ちゃんと俺の目を見て言いやがれぇ゙。」
ハタッと、なまえの動きが一瞬止まり、ゆっくりと目が動く。
程なくして、ようやくこいつと視線を交える事が出来た俺は、思わず噴き出した。
「クッ、ひでぇ顔だなぁ゙。」
力が弛んだ隙をつかれ、なまえが俺の手から離れる。
『な、何すんのよ!変な顔にしといて勝手に笑わないでよ。』
「元はと言えば、急に余所余所しくなったなまえのせいだろぉ。」
『余所余所しくなんてして無いわよ。もう、最低!』
「あ゙?」
『スクアーロなんて嫌い!バカ鮫ッ!』
そう一睨みして、カツカツとあの高いヒール音を鳴らし、なまえが俺から去って行く。流石に悪ふざけが過ぎたか?とも思ったが、それよりも、怒りの感情をあんなに表に出す所を初めて見たので、あっけに取られた。ヴァリアーへ来た初日、隊員達に冷静にキレてはいたが、それはあくまでも冷静に。意外な一面を垣間見て、逆ギレもいい所だと腹を立てるどころか、反対に可笑しくなってしまった。
『―――なんて、キラ、イ…』
あの夜、微かに聞いた小さな声は、もしかして俺に言ったわけじゃ無いよなぁ゙?
なんて、暢気な事を考えながら、まあ後で御機嫌でも伺うかと、もう一眠りする為に、大あくびをしながら私室へと戻った。
―――なんて、暢気に事を考えていたのが悪かったのだろうか?
あれから私室へ戻り充分な睡眠を取った俺は、次の任務に備えて準備をする。
昨夜に引き続き、今夜もあのオカマとの任務なので、軽い打ち合せをする為にルッスーリアを探していると、談話室でなまえと一緒にいる所を見つけ出した。
なまえの顔を見て、一眠りする前の一悶着を思い出す。
それはなまえも同じだったのか、俺の顔を見るなり、フイッと視線を外された。
「(…まだ怒ってんのかぁ゙?)」
以外にも根に持つタイプだなと思いながらも、ルッスとなまえが談笑していたソファーへと近寄ると、なまえが急に立ち上がった。
『じゃあ、ルッス、任務頑張ってね♪』
「え?えぇ。」
そう言って、こちらをチラリとも見ずになまえは談話室を足早に出て行った。
………ゔお゙ぉい゙、感じ悪ぃぞぉ。
「ねぇ?スクアーロ。」
なまえが出て行った後の談話室。ルッスーリアが今朝同様、深く溜息を付きながら、俺にこんな事を言って来た。
「貴方、本当に思い当る事はないの?明らかに怒ってるわよ?あの態度。」
改めて言われなくてもそれくらい、俺にも分かる。思い当たる事と言えば、今朝と違って今はあると言えばあるが。あんなに尾を引きずるような事か?
そもそも、何だって俺が一々なまえの機嫌を伺って気を使わなければいけないのだ。そんな必要は全くないし、大体、あいつの態度が急におかしくなったのが始まりなのに。そうだ、止めだ止め。らしくねぇ。俺には関係無え。
「ねぇ、スクアーロったらぁ。」
「知るか。んな事より、任務だぁ。」
「んもう!何なのよあなた達。」
「………俺が聞きてぇぞぉ。」
とはいえ、なまえの態度が気になってしまい、そんな自分に腹が立つ。
なんだかスッキリとしない気分の中、隣で五月蝿いオカマを黙らせて、今は任務優先と気持ちを無理やり切り変えた。
「やっぱり何かしたんじゃないの?」
「うるせぇ!任務に集中しろっつてんだろぉ゙!」
「んまぁ!皆でプリプリしちゃって、一体どうしたのかしら?」
「(だから俺が聞きてぇよ!)」
[ 31/50 ][*prev] [next#]
[back]