馬鹿馬鹿しい物




『んっ……。』


カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、気持ちのいい布団の中で寝がえりを打つ。
フカフカな布団は私を心地よく包んでくれて、いつまでもこのままでいたい気分にしてくれる。毎朝この布団から離れなくてはならない瞬間の辛さったら無い。


『んんっ?あれ?』


ふと感じた疑問に、慌てて上半身を起こせば、目眩がして、再び力無くベッドへと沈む。
汗をかいた後のような身体は、少しダルイ。ここにこうして寝ているのは毎日の事なのだけど、何だか記憶が足りない。頭の中の空白のピースを埋めるべく、目を閉じたまま、昨日の事を思い起こす。
午前中はいつもの如くパソコンと睨めっこをして、午後はルッスーリアとの女子会。その後、ジャンニーニの電話で鍛練場の見学に行って……


『思い出した。酷い目にあってぶっ倒れたんだった。』


そう呟きながら、今度はゆっくりと上体を起こす。時計を見れば、もうお昼だ。
一体、何時間寝ていたのだろうと思いながら視線を動かすと、サイドテーブルに置かれたグラスに挿さっている一本の白いガーベラが目に止まった。
太陽の光に照らされたその色は、何だかスクアーロみたいだ。なんて、そんな事を思っていると、グラスの下に一枚の紙を見つけた。

冷蔵庫、食え。
薬飲んで寝ろ!

簡潔な文章が書かれた文字はスクアーロのものだ。
思い返せば、スクアーロには、またもや色々と迷惑を掛けてしまった気がする。
申し訳ないと思いながらも、備え付けのミニ冷蔵庫の扉を開けば、カットされたフルーツや、ヨーグルトなんかが入っていた。
有難くそれを取り出して頂戴する。空っぽの胃袋に食べ物を与えてやると、何だか力が沸いて来るようで、甘いフルーツが気怠い身体に栄養を沁み渡らせてくれるようだった。
しっかりと取れた睡眠のお陰で、風邪はもう治ってしまったようで。
それでも、念の為にと、スクアーロの書置きの近くに置いてあった、錠剤の入ったアルミケースを手に取る。一つ空白が出来ているその隣の錠剤を取り出せば、普通のソレより少し大きいその大きさに溜息が零れた。
私は、錠剤やカプセルと云った薬が苦手だ。喉に詰まるような感じがするし、上手く飲み込めない。とは言っても、薬は飲まないといけないだろうと、意を決して錠剤を口に放り込み、水を口に含んだ。


『ヴッ……。』


これはマズイ。錠剤は私の中で2つのタイプに分かれる。一つは、水に浮くタイプ。
もう一つは、水に沈むタイプだ。沈むタイプの方が結構飲みこみやすかったりするのだけれど、今、正に口に含んでいるこの錠剤は、水に浮くタイプの物だった。
少し、苦しいけれど仕方が無い。首を下へと曲げて俯いて、口の中の水に浮いている錠剤を成るべく喉の奥へと近付ける。
飲みこむタイミングが今一掴めなくて、そのままの状態でタイミングを見計らう。
そんな事をしながら、サイドテーブルに置いた錠剤の入ったアルミケースを、恨めしい目でジトリと睨みつけた。
もう少し小さくしてくれたら、まだ飲みやすい物を。
そうこうしている内に、錠剤の周りが溶けて来たのか、苦味が徐々に口の中に広がって行く。このままだとマズイ。早く飲みこまなくては………。








『(―――あれ?この苦味って……。)』








………ゴクリッ。







無事に、薬を飲み干す事が出来たけれど、変に顔を俯かせているものだから、大きめの錠剤が通って行った喉が痛い。
でも、今はそんな事はどうでもいい。薬を飲み込むその瞬間、熱にうなされて朦朧とした意識の中、確かに目に映った、ドアップのスクアーロの顔を思い出してしまったから。
冷たい水と一緒に、私の口内に侵入して来た、生温かい柔らかな感触と、苦味。
………思い出さなくてもいい事を思い出してしまったかもしれない。
心臓が一気にドクドクと全身に血液を巡らせる。
熱に侵されて少し荒い呼吸の中、口移しで私に薬を飲ませるスクアーロ。
やけにリアルに頭に浮かぶその情景は、もうパッと見、情事の沙汰としか思えない。
もう思い出すのは止めようと思えば思う程に、頭の中のリアルさは増して行き、その事ばかりがグルグルと巡るのは何故だろう。


『……ハァ。落ち着け。ただ、朦朧としている私に薬を飲ませてくれただけじゃない。』


そんな、口移しやら、キスやらでキャアキャア騒ぐ事では無い。
向こうはちょっとした親切心からなんだろうし、たまたま私が伏せっていたからってだけで、きっと私じゃなくても、例えばそう、ベルとかフランとか、レビィなんかでも……


『……いや、それは流石にないか。』


お、男同士は流石にね。えっと、えぇ〜っと、例えば、身の回りのお世話をしてくれるメイドさん達や、部下の人達とか…あ、スクアーロの隊に女の人は居ないって言ってたな。でも、例え居たとしても、なんだか想像が付かない。
じゃあ、あとは、えっと…恋人とか………。


『……あれ?』


考えれば考える程に、スクアーロの行動の意味が分からなくなって来た。
だって、いくら親切心って言っても、同僚に対して、そんな口移しで薬とか、飲ませるものなのか?それに、スクアーロって、そんな親切なタイプだろうか?
普段の彼を見る限り、確かに面倒見はいい方だとは思うけれど……そんなイメージは湧いてこない。




『…………………。』










「ゔお゙ぉい、なまえ起きてるかぁ?」


ノック音とともに投げ掛けられた言葉の主に、慌てて心臓がドキリと跳ねた。
突然の事にビックリしてしまって、口はパクパク動くくせに、肝心の言葉が上手く出て来ない。何の返事も出来ずにいると、暫くの後、再びノックの音が響く。


「……入るぞぉ?」


相変わらず、ドキドキと五月蝿い心臓のままドアの方を見つめて硬直しきっていた私は、スクアーロのその言葉を聞いた瞬間、ようやく言葉が喉から飛び出した。


『だ、だめっ!!』


ガチャリと捻られたドアノブは、私の制止の言葉を聞いて、元の位置へと再び戻る。


「……なまえ?」


『うっ、あ、ご、ごめん!すごく汗かいちゃって、丁度着替えてて…。』


咄嗟に口から出たでまかせ。それでも、スクアーロは扉を開けるのを止めてくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。


「………具合はどうだぁ?」


『うん、もう平気。ごめんね、迷惑掛けて。』


「迷惑だなんて思ってねぇ。まあ、念の為、今日は一日寝てろよぉ゙。」


『…うん、ありがとう。』



ドア越しにそんな会話をして、遠ざかるブーツの音をぼんやりと聞いていた。
スクアーロを部屋に入れなかったのは、今は彼の顔を見たくなかったから。
そして、たぶん、彼を見た瞬間、赤くなるであろう自分の顔も、スクアーロに見られたくなかったから。


『だって、今、顔見ちゃったら絶対ヤバイじゃん………。』


そう。今、一目でもスクアーロの顔を見てしまったなら、そんなの恋をしてしまうに決まってる。
私だって女だ。優しくされて、期待してしまうような行動を取られて、更にはあんな美男子面見せられて、恋に落ちない女なんて絶対居ないと思う。
冗談では無い!短く笑って長く泣く。恋だなんて、そんな生産性の無い馬鹿馬鹿しい物をする気は更々無いのだ。

それに、スクアーロ自身が私をそういう対象で見ているとは、万が一にも思えない。
全く、とんだ罠が仕掛けられていたものだ。ああやって、知らずの内に、女心を奪って行くのだろう。………スクアーロめ、意外と小悪魔的な男だ。

なんて、スクアーロに対する変な決めつけは程々に。彼は彼なりに、本当に私を心配してくれたのだろう。そこは感謝しこそすれ、悪く思う部分は全く無い。
私が一人で勘違いをして、アタフタしているだけだ。
起きてからまだ少ししか経っていないのに、何だかどっと疲れてしまった。今日は一日ゆっくり休ませて貰って、また明日から頑張ろう。
大あくびをしながらそう考えて、再び瞼を閉じる。
もう、こうなったら、今までの睡眠不足を補うかのように、死んだように眠ってやる。死んだように眠って、また明日、生まれ変わるのだ。

そう、恋なんて馬鹿馬鹿しい物に現を抜かさないよう、気持ちを切り替える為に―。






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