緩んだ口元





「………お前も色々あんだろうなぁ゙。」


眉間に皺を寄せたまま、苦しそうに表情を歪めているなまえの顔を見ながら、そんな言葉がつい零れた。
なまえがヴァリアーへ来て、もう大分経つが、それはコイツの人生で言えばまだ、ほんの僅かな時間でしか無い。
容量がよくテキパキとしているようで、たまに抜けている所もある。超が付く程の真面目な人間で、仕事一本で生きているような奴だ。
俺が知るなまえは、精々そんなもんだ。
ヴァリアーへ引き入れる前に、一度、調査も行った。
訳の分からない奴をヴァリアーへ置く程、ウチもマヌケでは無い。
が、しかし、9代目が連れて来た以前の情報等、無いに等しかった。
独自に調べてみたものの、日本出身で、家柄もごく普通の一般家庭。出身校やらなんやらも、あまりにも普通過ぎて、ほぼ調べた意味は無かった。
沢田なんかとも、日本じゃ繋がり等皆無。本当に、何故こんな所に居るのか、謎だらけな女だ。


「中々、興味深い女だな。お前は。」


そう、皺のよった眉間に指を添えて、押し広げつつポツリと呟いた。
すると、固まっていた力がほぐれたのか、今度は何とも、気の抜けた表情になったなまえに思わず、頬が弛む。


「ゔお゙ぉい、そのまま、いい子にしてろよぉ゙。」


幼く見える寝顔に、そうガキ扱いをしてみる。当たり前のように反応は無いが、別に返事は期待していないので、そのまま静かになまえが眠る部屋を後にした。
いい加減、小腹も空いて来て、自分の部屋では無く、足は談話室へと向かう。
その道中、ガキ扱いしといてなんだが、そう言えばなまえは俺より歳上だったなと思い出す。全くそんな風に普段は感じないが。まあ、重ねた歳の分だけ落ち着いているとは思う。
色気を出す事も無く、女だと強調してくるでも無く。どちらかと言えば、男なんかに負けてたまるかと言う雰囲気がある。
それは、力勝負とかそういう事では無く、用は仕事が出来ると言う一言に落ち着くのかもしれない。男以上に、女だからと負い目も無く、グイグイと押してきやがるからなぁ゙。

リング不足の事に関しても、なまえの仕事外の事だろうと言っても聞かなかった。では、誰が何時何処でこの問題を解決するのか?と、尋ねられれば、何も言い返せなかった。
他にもカス共の要望を叶える為に、自ら仕事を増やし駆け回るなまえ。そんなあいつを不思議に思い、一体何なんだ?と、一度尋ねてみた。
人気取りだとか仲良くなりたいだとか、そんなふざけた返答が返ってこよう物なら、余計な事に首を突っ込むなと、一言、言ってやろうと思った。
だが、返ってきた答えは真面目でなまえらしい物だった。


『…何を言っているの?私はただ、彼等の要望を全て聞いている訳では無いわ。それがヴァリアーの未来にとって必要な物だと判断したからこそ、動いているのよ。動くからには、善は急げ、時は金なり。グズグズしている時間は無いの。』


そうピシャリと言って、一枚の資料を目の前に出された。
労働条件の見直しのお陰か、其処には、万年人手不足のヴァリアーにとって有難い事に、隊員達の増加を表すグラフが記してあり、それと共に、リング不足改善の賜物か、任務に於いての負傷者や死傷者の減少を表すグラフも記してあった。
その結果、隊員達の士気は上がり、今まで以上の数の任務をこなせるようになり、ヴァリアー全体としての報酬も増え、赤字を黒字へと好転させようと数値が奮闘していた。


『いい方向に向かっているでしょう?』


そう、いい笑顔で言われて、俺はただ感服するしかなかった。
日本の女は、「半歩下がって男をたてる」と、何処かで見たような聞いたような内容のイメージがあったが、実際にはそんな事もないものだとなまえを見ていて思った。





「あらん?スクアーロ、なまえはもういいの?」


「あ゙ぁ。だいぶん落ち着いた。」


談話室に入るなり投げ掛けられた質問に適当に答えつつ、ルッスーリアとフランが寛いでいるソファーに腰をかける。ここに来たのは正解だったようで、テーブルの上に並べられている軽食を摘まみ上げる。


「あー、それはミーが用意して貰った夜食ですよー。」


「細かい事言ってんじゃねぇ゙。」


「そういえばスクアーロ夕食の時居なかったわね。今から何か用意して貰ったら?」


「いや、コレで充分だぁ゙。」


「だからー、それはミーのなんですってばー。」


フランの言葉は無視をして、もくもくと食べ進める。
文句は言っても、然程食べる気は無いのか、ブツブツ言いながらも大人しくソファに座ってティーカップを口に運んでいる。これがベルならナイフの一本や二本でも飛んで来る所だ。可愛げの無い後輩ばかりいやがるからなぁ゙。


「隊長ー、ずっとなまえさんの所に居たんですかー?案外優しい所もあるんですねー。」


「あ゙?気持ち悪い事言ってんじゃねぇ゙。」


「えー、だってこの間、ミーが風邪引いた時なんて、お見舞にも来てくれなかったじゃないですかー。」


「誰が行くか、そんなもん。」


「まあ、ミーも全く来て欲しく無いんですけどー。」


「ゔお゙ぉい、喧嘩売ってんのかぁ゙?」


「別に売ってませーん。本心ですー…ってゲロッ!」


間延びした声の可愛くない後輩を一発ぶん殴る。こいつは一々、人の神経を逆なでするのが得意だ。


「痛いですよー。ミーにもなまえさんへの優しさを少し向けてくださーい。」


「だから、気持ち悪い事言ってんじゃねぇ゙。」


「あれー?もしかして無自覚ですかー?あんなに世話焼いてるくせにー。」


………一体こいつは何が言いたいんだ。
生意気な後輩とのやり取りが、いい加減面倒になってきて、意味が分からないと無言でフランを睨みつける。
そんな事はお構い無しに、飄々といつものポーカーフェイスで淡々と話を続けるカエル頭。


「いきなりヴァリアーへ来て、右も左も分からねぇ゙んだ。誰かが面倒みてやらなきゃ、仕方無えだろうが。」


フランの言葉を止める為、そう言った時、ルッスーリアが俺の前へエスプレッソを差し出しながら、素っ頓狂な声を上げた。


「あら、スクアーロ。本当に無自覚なのね。」


「あ゙ぁ?」


「だって、隊長、今まで本部からやってきた人達の面倒なんて見た事無いじゃないですかー。」


「面倒見てやる前に、いなくなるだけだぁ。」


「うっふっふ♪そんなスクアーロにいい物見せてあ・げ・る♪」


気持ち悪い程の緩んだ笑顔でルッスーリアがズイッと俺の目の前に一枚の写真を突き付けて来た。その写真には、俺が映って居て、目の前のオカマにも負けず劣らず気持ち悪い笑みを浮かべていた。


「…ゔお゙ぉい、隠し撮りとはいい趣味してんじゃねぇか。」


言って、奪い取るように写真を引っ掴む。


「あらん?だって、そんな笑顔のスクアーロ、中々見られないじゃない。こんなプレミアムショットは見逃せないわ〜。」


もう一度写真を見て、くしゃりと制服のポケットに押し込んだ。
俺とした事が、簡単に写真を撮られて、こんな顔を晒してしまったとは情けねぇ。


「うふふ。そ〜んな幸せそうな笑みを浮かべる前は一体どんな事があったのかしら、ねぇ?」


何処となくバツが悪くて、オカマの言葉は無視して、エスプレッソを口へと運ぶ。
幸せそうな笑みなんて、意味が分からない。ただ気を抜いて腑抜けていただけだ。
さて、腹も膨れた事だし、生意気な後輩と孔雀オカマに用は無ぇ。とっとと此処からずらかろうと立ち上がると、オカマが俺の前へまたもやグイッと、何かを差し出した。


「消化が良さそうな物を入れといたから、なまえに。」


「あ゙ぁ?なんで俺が。」


「あら、だって部屋に戻るんでしょう?近いんだからいいじゃない。」


お前が持って行けばいいだろうと言う前に、俺の手に強制的に渡されたバスケット。
この光景には何だかデジャブを感じつつも、実際、自分の部屋へ戻る前になまえの部屋に寄るつもりだったので、何も言わず足早にその場を離れる。


「ほらー、やっぱりなまえさんには優しいですよねー。」


「楽しそうな事はもう始まってるのかしらん♪」


「ゔお゙ぉい、勘違いすんな!ついでだぁ!」


そんな捨て台詞を残して、談話室の扉を勢いよく閉めれば、中からオカマの笑い声が聞こえた気がして、嫌気がさした。
踵を返し、無意識の内に手を突っ込んだポケットがクシャリと鳴る。その音に溜息を吐きながら、音のした正体を取り出した。


「………チッ。」


苛立ちやら羞恥心やら感情が入り乱れて言葉も出ない。
マジマジ写真を見つめれば、俺が立っている場所は、なまえの仕事部屋の前。
…思い出した。今みたいに、オカマに物を押し付けられて、なまえの生存確認の為にあいつの仕事部屋へ行った時のものだ。
真面目で固い印象しか無かったなまえが悪戯っぽく笑うものだから、こういう面もあるのかと知った俺は、つい、なまえは他にどんな一面を持っているのか、どういう表情や反応をするのか、試してみたくなってしまったのだ。
あぁ、それと、俺の前では未だに畏まっているくせに、嵐のガキとは砕けた態度で接しているのを見て、何処となく腑に落ちなかったのだ。
試してみた結果、なんとも初心な一面を目の当たりにして、つい緩んでしまった結果がこの写真だ。


「クソ、あのカマ。いつか絶対三枚におろす。」


行き場のない苛立ちを言葉へと変えながら足早に廊下を歩く途中、使用人が活けたのか、殺伐としたヴァリアーには珍しく大きめの花瓶に花が活けてあった。そのまま素通りするつもりだったのに、足を止めてしまったのは、脳裏に過ってしまった人物のせい。適当に、様々な花の中から、一本の花を引き抜いて、その人物が寝ているであろう部屋へとまた足早に進んで行く。
なんで、こんな事をしてしまったのか。これでは、あの生意気カエルの言う事もあながち嘘じゃねぇな。と、考えながら、目的地へと辿りついた俺は、ノックもせずにソッとその扉を開けたのだった。






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