水滴




酷い目に遭った鍛練場から、スクアーロに担がれて自分の部屋へと戻って来た。
部屋に着くなり、手際良く湯船にお湯を張り、しっかり温まって来いと、スクアーロにバスルームへ放り入れられた。

お礼を言う余裕なんて無くて、震える手でシャツのボタンを外していく。
ソロリとお湯に手を付ければ、じわりとその熱さ以上の熱が伝わって来て、これはマズイと、取り敢えずぬるめのシャワーを浴びた。
それくらい、身体がバカみたいに冷え切っていた。氷水のような冷水を浴びたのだから無理も無い。浴びた瞬間、心臓が止まるかと思った。なんだってそんな設定にしたのか、ジャンニーニの脳内をくまなく調べ尽くしてしまいたいものだ。もう、本当に考えられない。さすがジャンニーニ。一筋縄では済まない男だ。


『はぁ、あったかい…。』


スクアーロの言いつけ通り、しっかりと温まるべく、肩まで浸かってその温もりに身を委ねた。
チャプチャプと揺れるお湯に、何だか段々と意識が朦朧として来る。
このままだと、お風呂に浸かったまま寝てしまいそうな気がして、怠い身体をゆっくりと起こす。
すると、蒸気した湯気が益々頭をクラクラさせて、覚束ない足取りで何とか浴室を出た。


『あ、なんか、ヤッバィ…』


のぼせたのかなと、取り敢えずやっとの力で、バスタオルを身体に巻き付けると、立っていられない脚をするすると折り、その場に蹲った。


















『ン…。』


「気付いたかぁ゙?」


『あれ?私…』


「脱衣所で意識飛ばしてたんだ。」


その言葉に、そういえば、お風呂から出て気分悪くなたんだっけ。と、思い出す。
今は、ふかふかのベッドの上で。また面倒かけちゃったなと思うと同時に、自分がしっかりと服を着ている事に違和感を覚えた。


「……着せたのはメイドだ。勘違いすんじゃねぇぞ。」


『……そっか。』


私の違和感をいち早く察知したのか、スクアーロのその言葉に少し安心して、一息つく。
と言っても、スクアーロには何だかんだと痴態を晒しているので、今更自分の貧相な裸体を見られようがどうって事ないか……いや、やっぱりあるか。


『ごめんね、なんか迷惑掛けっぱなしで。』


「別に気にしてねぇよ。」


『ん、ありがとう。』


「医者の見立てじゃ、風邪だ。疲れも原因の一つだとよ。まあ、最近は色々あったからなぁ゙。」


そう、最近は色々あった。銀行での騒動が終われば、資金調達の手続きに、ジャンニーニとの打ち合せ。なるべく安価で済ませようと、材料の調達までにも首を突っ込んでしまった。更には、鍛練場以外の他の問題点の改善に努めたり。無理をしているつもりは全く無かったのだけれど、あのくらいで風邪を引いてしまう所を見ると、やっぱり疲れが溜っていたのだなと思う。
そんな事を考えていると、先程から重くて堪らない瞼が自分の意思とは反して、ゆっくりと下へ下へと下がって行く。
必死に抵抗を試みていたら、冷たくて気持ちのよい大きな手が私の目元を覆った。


「いいから、ゆっくり休め。」


『――――……』


スクアーロに、もう一度ありがとうと伝えて、貴方も早く部屋に戻って休んでね。と、言いのだけれど、口が全然動いてくれない。
スクアーロの手によって暗く閉ざされた視界の闇がゆらゆらと全身を包んでいく。


――あ、なんか…気持ちがいいな。

人の手が与えてくれる安心感って、こんなに心地良いものだったっけ―――?



















「………眠ったかぁ?」


規則正しくはあるが、熱のせいか少し荒い呼吸音を耳にして、スクアーロがなまえから手を退ける。医者の見立てでは、薬を飲んでゆっくりと休んでいれば大丈夫だとは言われたが、上気した顔に薄らと汗が浮かび、苦しそうに呼吸をするなまえを目の当たりにすると、本当に大丈夫なのだろうかとスクアーロは中々その場を離れる事が出来ずにいた。
甲斐甲斐しくも、少しピンクがかってはいるが、白くきめ細かい肌から滲む汗をスクアーロが拭き取っていく。よく、ルッスーリアが肌の手入れについてなまえをとっ捕まえている光景をふと思い出し、特に今まで気にはしなかったが、成程こうしてマジマジと見てみれば、触ってみたくなるような綺麗な肌をしているな。と、女性特有の丸みを帯びた柔かそうなその頬を、なまえが眠っているのをいい事に、撫でたり摘まんだりと弄ぶ。


『ンッ……』


すると、なまえが寝返りを打ったので、スクアーロは慌ててその手を引っ込めた。
癖になりそうなその柔らかさに、どうやら度が過ぎてしまったようで。
一体何をやっているのだと、自らを咎め、ベッドの横に置かれている椅子に深く腰を掛けた。

窓の外を見れば、もうすっかり日も暮れていて、なまえの様子を見つつ、自分も少し休もうと、その長い手足を組み、スクアーロも静かに目を閉じた。

















『……ら、い。』


突然ポツリと囁かれた言葉に、スクアーロがゆっくりと瞼を上げる。
完璧に眠りにはついていないが、程良く微睡んでいた意識を一気に浮上させていく。


「起きたのか?」


そうなまえに問いかけてみるも、返事は無い。
うわ言か?と思いながらも、スクアーロは椅子から立ち上がり、なまえの様子を覗き込む。
未だ火照りが見える顔に、眉間には皺が寄せられていた。
閉じられた目からは少しだけ涙が滲み出ていて、スクアーロは思わずそれを指で拭う。


「……どうした?辛いのかぁ?」


『キライ…』


「ん゙?」


『―――なんて、キラ、イ…』


消えてしまいそうな小さな声でそれだけ言うと、なまえは苦しそうに息を吐いた。
熱い吐息を間近に感じ、スクアーロがなまえの額に手を押し当てる。
どうやらまだ熱は全く下がっていないようだ。


「寝呆けてんのかぁ゙?」


なまえから返事は無く、苦しそうな呼吸音だけが部屋に静かに響いた。
本当に大丈夫なのか?と、医者に不信感を覚えながらも、スクアーロは側に置いてあったミネラルウォーターのボトルを手に取った。


「ゔお゙ぉい、水、飲めるか?」


強制的になまえの身体を少し起こせば、薄らと彼女の瞳が開いた。
ハッキリとした意識は無さそうだが、ペットボトルの飲み口をソッと唇に添えてやると、コクリと喉を上下して飲み干して行く。
このまま薬も飲ませてしまおうと、スクアーロは、一旦なまえの頭を、よく沈む眠り心地の良さそうな枕に包ませる。
医者に渡された錠剤を取り出して、再びなまえの身体を少し起こすも、彼女の瞳は開かず、身体もぐったりとしたままだ。


「…チッ。仕方ねぇなぁ゙。」


そう言葉を零し、スクアーロはなまえに飲ませるはずの錠剤を自身の口へと放り込んだ。ガリッと割りと大きめの錠剤を少し小さく砕いて、水を含む。
そして、そのまま、なまえの唇へ。
力無く横たわっているなまえの唇は直ぐに薄く開いた。
水の中で浮いてくる錠剤を、舌で誘導しながら、スクアーロがなまえの口内へと侵入していく。コクリッ…と、なまえの喉が鳴るのを聞きながら、少しずつ、少しずつ水を注ぎ込んでいった。



上体を起こし、口の端に零れた水滴を手の甲で拭い、スクアーロは再び、なまえの汗を拭き取ってやった。

身体の辛さからの涙なのか、『キライ』と、誰かに対して呟いたうわ言からの涙なのか分からないその水滴も一緒に。





[ 27/50 ]

[*prev] [next#]
[back]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -