重い扉の向こう側



目の前に細かい装飾が施された重厚な扉を確認し其処に取り付けられているボンゴレの紋章を象ったドアノッカーの音を鳴らす。
あの無駄に長い廊下を目的も無くただ歩いていた訳ではない。
私はこの分厚い扉の向こうに居るその部屋の主、若きドン・ボンゴレに呼び出されたからだ。
程なくして、どうぞと声が掛ったので、私は廊下同様、”無駄”に重い扉を開く。


『失礼致します。なまえです。』


「やあ、待ってたよ。」


そう出迎えてくれたのは、その風貌からはボンゴレの頂点に立つ男とは到底思えない、優しい笑顔を浮かべる現ボンゴレのボス、沢田綱吉様。


『綱吉様、今日はどう言った御用件でございましょう?』


「嫌だななまえさん、様は止めて下さい。」


『そう言う訳にも行きません。貴方はドン・ボンゴレにして、私の上司ですから。それに、それを言うなら、只の部下をさん付けで呼ぶのも御止め下さい。』


他の者に示しが付きませんから。と、言葉を付け加える前に、なまえさんは年上だし先輩だからと、困ったような笑みを浮かべられた。
私は何となく、綱吉様の事をボスとは呼んでいない。
ボスと言うと、私の頭には優しい笑顔を浮かべる9代目の御顔が浮かぶからだ。
別に綱吉様をボスと認めていない訳では無い。ただ、私のボスは永遠に9代目なのだ。
そんな私の考えを分かってか、この9代目の雰囲気を何処となく御持ちになっている綱吉様も、それを窘める事はしない。
それに、私の事をさん付けで呼ぶ以上、私は綱吉様を様付けで呼ぶ事を変えないだろう。
いや、例え彼がさん付けを止めたとしても、ドン・ボンゴレを呼び捨てや君呼ばわりなんて死んでも出来ないか…。
その通例になったやり取りを終え、ふと部屋の奥に視線をやると、どうして今まで気付かなかったのかと思う程の存在感を放つ人物がいた。
彼は、深く沈むソファーに腰を掛けて腕を組み、私なんかが一生かかっても買う事は出来ないであろうアンティーク調の大きなテーブルに足を投げ出している。
何度かお目にかかった事がある。9代目の御子息、ザンザス様だ。


『ご無沙汰しております、ザンザス様。』


私は彼に頭を下げる。そんな事気にもしないのか彼は目を瞑ったまま返事もしない。
どうせ言っても聞いてはおられないので、“相変わらず”お元気そうで何よりです。と心の中で呟いた。
頭を上げて、綱吉様をチラリと伺う。
ザンザス様が本部に来られる事は大変珍しい事ではあるが、この場に何故自分が呼ばれたのか全く理解が出来ない。
そんな様子の私に気付いたのか、綱吉様は微笑を浮かべ私を席へと促した。
下座の端に申し訳程度に腰を下ろす。
何だろうか。胸騒ぎがして来た。この面子でどんな話が飛び交うのかと少し緊張する。


「なまえさん、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。」


また、困ったように綱吉様が笑顔を浮かべる。
息が詰まりそうなこの雰囲気に、早くも音を上げそうになって、私が用件を早く聞こうと口を開けたと同時に、ザンザス様がポツリと言葉を紡いだ。


「この女か。」


“女”と言うとこの部屋には私しか居ないわけで。
反射的にザンザス様の方へ向き直ると、彼の真紅の瞳が私を捕える。
職場が大マフィアボンゴレと言うだけで、私個人は、しがない一般庶民である。
その鋭い視線に捕えられると、今、正に言おうとしていた言葉達は喉元でピタリと止まり、身動き一つすら取れない程に身が固まる。
ああ、嫌な汗が背中を伝う。蛇に逢うた蛙、鷹の前の雀とは正にこの事だ。


「そうだよ。もう彼女しか居ない。」


そんな膠着状態の雰囲気に相変わらずのんびりとされた口調で綱吉様がおっしゃった。
私しか居ない?言葉の真意が汲み取れず私の頭に謎が謎を呼ぶ。


『あの、綱吉様?』


どうにも会話の内容が分からない私がやっとの思いで喉から言葉を引っ張り出すと、綱吉様が、ああ、ごめんと早速本題に取り掛って下さった。


「なまえさん、急なんだけど、ヴァリアーへ異動してくれないかな?」


綱吉様のその一言が、私の頭に金槌で思いっきり殴りつけたかのような衝撃を御与えになった。






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