長い廊下


ここはイタリアのとある場所にある風格のあるお屋敷。と謂うか寧ろ城。
裏社会の人間ならば、名前を聞いただけで誰もが平伏すような大マフィア、ボンゴレ本部。
生まれも育ちも日本の平々凡々たる私にとっては縁も所縁も無さそうな場所。
そんな私が、この屋敷の無駄に長ったらしい廊下をカツカツとヒールの音を響かせて歩くのは、かつてのドン・ボンゴレ、9代目に訳あって拾われたと云う何とも奇妙なご縁があったから。
彼の恩に報いるため、私はここで精力的に仕事を熟して来て早10年。
兎に角、役に立ちたいと惜しみない努力の結果として、この10年間で仕事のスキル、そして哀しきかな年齢だけを積み重ねて来た。
マフィアの仕事と言っても、暗殺や裏取引等すぐに頭に思い浮かぶものばかりでは無い。
それも勿論あるのだが、事細かく見て行けば、暗殺を行うにしても行った者に対して支払う報酬、必要経費諸々。裏取引にしても、書面に表せば契約書や請求書等も発生する。
こう云った一般企業と何ら変わりない事務的処理や経理関係を私は一手に担ってきた。
最近では、表向きはボンゴレ門外顧問のチェデフの様に一般企業を装いながら、裏ではマフィアやってます!なんて輩も多いので、益々、企業的な傾向になって来ているように思う。
元々は、日本の小さな親族経営の会社に経理として働いていた私は、多少の知識もあり、ボンゴレに来た時は大歓迎された。
日本語しか出来ない私は大変不安だったが、本部の人達はほとんどと言っていい程、日本語に通達しており、そんな不安は一瞬にして消し飛ばされた。
最近ではジャンニーニやスパナ君と正一君が共同で、自動で下手な文章ではなく、完璧にイタリア語翻訳をしてくれるシステムなる物を作ってくれて、私の仕事も随分楽になった。
日常会話くらいは、習得したが、文章に表すとなると、そう簡単には行かず、辞書を相棒にしつつも他の人達に頼りっぱなしだったからだ。
既存の翻訳ソフトを使ってみたりもしたが、まあ世間とは外れた言葉が溢れかえるマフィアの世界には物足りなさもあった。どうにも片言のような変な翻訳になってしまうのだと愚痴を零していた所を、丁度通りかかったスパナ君が「じゃぁウチが作ってやる。」と何とも嬉しい言葉をくれたのだ。そこからは、正一君も加わって、ジャンニーニまで負けていられないとメンバーに加わり彼らの力が集結し、大変満足できるものを作って貰えた。

…話が少し、敏腕メカニック達に逸れたが、元に戻そう。

兎にも角にも、初めてボンゴレへ訪れた私は大変驚愕したのを覚えている。
由緒正しきボンゴレにそう言った部門が特に設けられていなかったからだ。
小さなマフィアならまだしも、様々なファミリーを統括する巨大マフィアの本部なのに、だ。系列子会社を何個も持つ大企業に経理部門が無いようなもの。企業としての働き等出来ないだろうに。
しかし、そこはマフィアだからこそ今までなんとかなっていたのかもしれない。
契約なんてしても、気に食わなければ実力行使で何の其のである。
だが、9代目はそこを危惧されていらしたらしく、晴れて私の出番である。
一応、事務的な手続きを踏んでいた方が後から発生する面倒事が少なくなるだろうと言う考えだとは思う。
手の空いた者が気の向いた時に軽くこなす程度だった仕事なのだろう。
今や私の仕事場になったその一室は、膨大な書類に埋もれ何も機能していない状態だった。
必要最低限の事をギリギリまで引き延ばしやっと手を付けると云った風だったので、何とも一昔前の能率の悪さだった。下手すれば算盤でパチパチやっていた時代のままである。
パソコンすらないその部屋で私は毎日のように精神と身を削ったのが今では懐かしい話だ。
努力の甲斐あってか、まともに機能していなかった部門はきっちりとその力を発揮しだし、最近は私も落ち着いた日々を過ごしている。
でも、10年と云う月日は一言で言い表せるのに、実際考えてみると長いようで。
その間に本部も変わった。9代目が遂に引退されたのだ。
10代目を引き継がれたのは、まだ若い20代前半の青年。
その新しい私のボスは、私と同様に日本人で、親しみやすさは抜群だ。
新しいドン・ボンゴレと共に、ボンゴレ自体にも新しい風が吹き抜ける。
昔からお世話になった人達は、引退をしてしまったり、めっきり裏方に回ってしまったり。
変わりに本部運営に身を乗り出したのは、ボスと共にやって来た若い面々。
9代目が引退すると決められた時、私も同時に職を辞する事を考えた。
ここいらで、一般的な職と生活に戻るのもいいかもしれないと思った。
私が此処で精力的に勤めて来たのは、9代目への恩に報いる為だ。
しかし、その考えを言わずとも察した9代目から言われた言葉は、こうだった。


「君もまだまだ若い。これからは、若いボンゴレ達と一緒に新しい未来を作って欲しい。新しい風が吹けばまた君の力が必要になってくる。どうか若い彼等の力になって欲しい。」


なんとも9代目らしいお言葉である。
未来ある彼等のサポートをして欲しいと嘗ての恩人に言われてNOと言える人は居ないのではないだろうか。そんな私の考えをまた見越した上でのお言葉だろう。

画して私は、ノコノコと此処に居座るという選択をしてしまった。
私にやれる事がまだ有るのならば力になりたいとも思う。
だがしかし、流れる年月を仕事にのみ費やして来た私は、歳もそれなりに取っている。
晴れて30代半ばに差し掛かった私は20代前半の彼等からしてみれば、気を遣わなければならないオバサン…コホンッ!…お局的な立ち位置なのは確かだろう。
私だって気を遣う。10以上の年齢差は、もはや共通の話題すら乏しいのだから。

私の話が長いって?それは、この屋敷の無駄に長い廊下に文句を言って欲しい。




[ 2/50 ]

[*prev] [next#]
[back]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -