口外無用




『うわぁ…凄い!すごーい!キレイ!』


「ヨホホホホ!そうでしょう。これでいて、結構な自信作なんですよ。」


以前の面影を全く感じられない新しくなった鍛練場でなまえさんの声が響く。
いつの日かの食堂での出来事。突然やってきたスクアーロ隊長となまえさんに、その場にいた者全員に緊張が走った。普段この場所に幹部の方がやってくる事はほとんどと言っていい程無く、突然の事に全員が驚いた。
スクアーロ隊長が他の隊員と話し込んでいるのを見計らったように、俺の座るテーブルの方へやってきて声を掛けて来たなまえさんには正直戸惑った。
が、スクアーロ隊長の一言で、そこに居た隊員達が渋々となまえさんに口を開いた。ヴァリアーにて改善して欲しい事はないかとの質問に、ポロポロと意見が飛び交う中、思いついた一つをさりげなく口にしてみた。


「あ、自分は鍛練場を何とかして貰いたいです。」


どうせ聞き入れては貰えないだろう。正直そう思っていた。
現に、この鍛練場は悲惨な状態で何年もの間、放置されていたからだ。
それが今、自分の意見はちゃんと聞き入れられ、最新の設備で願いは叶えられた。
それどころか、俺の顔を覚えていて下さったようで、一緒に新しくなった鍛練場を見学しに行こうとお誘いまで頂いたのには、二度びっくりした。
そして、その見学会にスクアーロ隊長まで加わった時、三度目の驚きと、緊張感が生れたのだけれど。


「ゔお゙ぃ、そこのお前。」


「は、はい!」


いきなりスクアーロ隊長に声を掛けられて、ぎこちなく隊長の方へと向き直る。
すると隊長は、顎で何かを指図する。なんとなく、雰囲気から、恐れ多くもスクアーロ隊長と同じく剣を獲物とする自分は、それを鞘から引き抜き、死ぬ気の炎をその剣に纏わせた。隊長に顎で指示された壁に対峙する。それなりに力を込めて壁に一撃をお見舞いした。

結果として言えば、なんだか自分が情けなくなるくらいに、壁は無傷であった。
死ぬ気の炎にも耐えられる特殊素材で出来た壁だと丸っこい本部から来ているジャンニーニと言う奴が得意そうな顔で言ってのけた。若干な苛立ちから、叩き斬ってやろうかと思った時、明るく弾むような声がして、力を入れそうになった俺の手が誰かに取られた。


『よかったね!これで思う存分、鍛練ができるよ!』


目の前には、いつもの真面目で少しクールな印象とは違って、子供っぽく無邪気に喜ぶなまえさんの姿があった。その笑顔に、先程の苛立ちは綺麗さっぱり消えてしまう。


「あ、ありがとうございます!しっかりと励みます!」


『うんうん、本当によかった。これで一つ、また解決したね。』


…………不思議な方だな、と思う。
ヴァリアーに於いて、俺達下っ端の立場は、ほぼ使い捨ても同然である。
それでも、最強暗殺部隊と言うネームバリューや、己の力試し。一時は十代目候補にもなったザンザス様のボスとしての素質に惚れ込んだ者。様々な奴等が、使い捨て上等でここに集まっている。逃げ出す者、殉職した者も少なくない。
そんな使い捨て野郎な俺達の意見を取り入れ、それを解決していって下さるなんて、未だに信じられない事なのだ。
お陰で、俺達下っ端の中でなまえさんの存在は疎ましい本部の人間と言う位置から、ここヴァリアーに現れた救世主だと言われるくらいのものとなった。
なまえさんが初めてヴァリアーへやって来た日には、こんな風にヴァリアーが変わって行くだなんて誰も想像出来なかっただろう。現に、あの日、なまえさんに銃を向けた隊員なんかは、先日、これでもかと言うくらいに頭を下げまくっていた。
それをまた、過ぎた事はもういいじゃない。と、笑い飛ばしてしまうなまえさんの寛容さに、隊員一同、感激してしまった。

ジャンニーニと言う奴から、一つ一つ、説明を受けながら鍛練場を歩くなまえさんと、スクアーロ隊長の後ろを少し離れて付いて回る。
驚いたり、感心したり、終始笑顔で聞いて回るなまえさんを見て、素敵な方だなと思った。元来、歳下好きな自分だが、なまえさんを通して、歳上の良さに気付いてしまったかもしれない。………誰か心に決めた人でもいるのだろうか。

なんて、こんな事を考えていると、ファンクラブでも作ってしまいそうな勢いの同僚達に、叩きのめされてしまいそうだなと思いながら、その余計な詮索を打ち消そうと、頭を少し左右に振った時、『キャァッ!』と言う、なまえさんの悲鳴が聞こえて慌てて、閉じていた目を開く。
すると、目の前には、もう誰の姿も無く、鍛練場に新しく備え付けられたシャワールームの方でガヤガヤと人の気配がした。


「なまえさんどうかしました…、か……ッ!!!!」


慌てて、シャワールームへ駆け寄った俺の目に入って来たのは、何故かびしょ濡れになったなまえさんの姿。よく見れば、近くにあるシャワーヘッドが何故か外れていて、そこから水が噴水のように吹き出していた。
いつも履いているタイトなスカートは、よりなまえさんの脚に絡みつき、そのまま、視線を上に上げてしまえば、いつもパリッと着ている白いワイシャツが…す、透けて…


「ゔお゙ぉいっ!見んじゃねぇ゙ッ!!」


「ガッ!!」


男所帯が多いこのヴァリアーで、なまえさんの存在は別の意味でも大きい。
そんな中、訪れた目に美味しい時間は、スクアーロ隊長が投げたシャワーヘッドで虚しくも終わった。
勢い余って、シャワールームの外へと飛び出し、自分の顔面を直撃したシャワーヘッドが床へ転がる音が響く。

………隊長、酷いっす。その眼福、一人占めっすか。

星が飛ぶとは正にこの事で。目がチカチカとする状態を必死に元に戻そうとしていると、小さな可愛らしいくしゃみと共に、シャワールームから、スクアーロ隊長と、隊長に支えられたなまえさんが出て来た。濡れてしまった身体は、スクアーロ隊長の隊服でキッチリと隠されており、心の中で、つい舌打ちをしてしまったのは、悲しきかな男の性だ。


「だ、大丈夫ですか!?なまえさん。」


『大丈夫じゃ、無いよジャンニーニ…。寒い…。なんでこんなに冷水なわけ!?』


「いやあ、身体を動かした後は、そのくらいの方が気持ちがいいかと思いまして。」


『いや、絶対身体に悪いよ。』


慌てて出て来たジャンニーニに、ガチガチと震えながらなまえさんが突っ込む。
それを見かねたのか隊長が、言葉を挟む。


「取り敢えず、とっとと部屋に戻るぞぉ!お前はしっかり直しとけよぉ゙!」


ジャンニーニに凄んで見せて、スクアーロ隊長が、凍えて脚が覚束ないなまえさんを、ひょいっと簡単に持ち上げた。なまえさんは恥ずかしそうに、隊長に何かを訴えたが、それはすぐさま却下されたようで、スクアーロ隊長はその長い脚で、鍛練場を移動する。
鍛練場の入口付近まで来ると、スクアーロ隊長が振り返り、羨望の眼差しで隊長を見ていた俺を睨みつけた。

 口 外 無 用 !

無言の睨みにその言葉が頭を過る。殺気が籠ったその鋭い視線を早く外して貰いたくて、俺は必死に、首を上下に振った。


『………くしゅん!』


再び響いたなまえさんのくしゃみに、隊長の視線がそれ、二人はそのまま鍛練場を出て行った。


「………隊長、やっぱりズルイです。」


俺達とも随分と打ち解けたなまえさんだが、スクアーロ隊長とはそれ以上に打ち解けているようで。立場の違いもあるが、何となく感じる疎外感から、二人の後ろを必要以上に離れて歩いた。なまえさんに手を取られた時も、少しスクアーロ隊長の視線が普段より鋭く痛々しい気がした。
そして何より、あんなにも簡単になまえさんを助け出せるスクアーロ隊長が、羨ましくもあり、少しだけ嫉妬してしまって、そんな言葉が漏れた。

それでも、もし、なまえさんに誰か想う人がいるならば、それがスクアーロ隊長だったらいいな。と、思うくらいに二人のツーショットは、中々様になっていた。

そんな事をぼんやりと考えながらも、スクアーロ隊長にぶつけられて止まらない鼻血を何とかしようと、新しくなった鍛練場にゴロリと寝っ転がり、真っ白な天井を仰ぎ見た。真新しい床をいきなり自分の血で汚してしまった事は別に気にしない。
どうせすぐに、真新しさなんて無くなってしまうだろうから。




「なまえさん、エロかったなー…。」


どうやら当分、この鼻血は止まりそうも無い。




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