軽い靴音





突然だが、俺が今いるこの幹部フロアは、ヴァリアー邸の上階にある。
丁度、階段のある部分は吹き抜けになっていて、下のフロアが覗けるようになっている。
いつだったか、なまえがヴァリアーへ来た時に、ベルとフランがなまえを面白そうに見下ろしていた場所だ。
何故、唐突にこんな話をするのかと言えば、今正に、俺が下のフロアを覗き見ているから。
いや、別にいつもこうやって見下ろしている訳じゃねぇぞ。カス共が何をしてようが、どうでもいいからなぁ゙。
では、何故だと言われれば、最近、わりかし聞き慣れてきた、女物のヒールの、軽く高い靴音がしたからだ。その音がどうしたんだ?と聞かれれば、別にどうもしやしねぇが。


『わっ、わっ!みんな駄目!落ち着いて!!』


まず、お前が落ち着け。と、言いたくなるような焦った声がしたかと思えば、次に聞こえて来たのは、下のフロアのカス共の声と、ヴァリアーでは聞き慣れない声。


「なまえさん、ちゃんと約束した時間に来て下さらないと、困りますよ〜。」


『ゴメン、ジャンニーニ!すっかり忘れてて!』


聞き慣れない声の主は、普段は本部にいるジャンニーニだったようで。
相変わらず、丸っこい身体つきをしていやがる。何かと本部の人間を毛嫌いしているウチのカス共が、あのダルマを取り囲んでいたのを、どうやらなまえが仲裁に入ったようだ。数ヶ月前には想像も出来なかった光景だ。
最初は、なまえ一人で下の階へ行く事すら出来なかった。
なまえも下っ端どもによく思われていない事を充分に理解していたし、いくら俺が何もするなと言った所で、殺されないにしても、小さな嫌がらせくらいはあるだろう。それを警戒しての事だと思う。
まあ、何かされた所で、報告を受ければ、命令を聞かないカス等、即効叩き斬ってやるが、それをよく思わないなまえなので、それならば、最初から火の粉を巻くべきでは無いと言った配慮もあったのかもしれない。
それが、最近では、よく下の階でウロチョロとしているようだし、挙げ句の果てには、食堂で下っ端と茶なんてしていやがる始末だ。
どうやら、なまえはカス共の様々な意見を聞き入れ、その改善に奔走しているようで。最近では、報酬の見直しから、鍛練場の修繕、リング不足の解消に至るまで、本来のなまえの行う業務内容以上の事に手を広げている。
ぶっちゃけ大助かりなのは言うまでも無いので、それはいいのだが。そんななまえにすっかりカス共は懐いてしまったようで。
今まで本部から送り込まれてきた人材は、いじめにいじめ抜かれて、さっさと逃げ出してしまったのに、この特殊な環境でテキパキと仕事をこなし、それ以上の事まで成し遂げ、隊員達まで手懐けてしまったなまえは、大したものだと正直思う。

下の様子をぼんやりと覗き込みながらそんな事を思っていた時、なまえとふと目が合った。一瞬、ヤベェッと思ってしまったが、なまえは覗かれてるだとか、そんな事は微塵にも思わなかったのか、満面の笑みで俺に手を振って声を張り上げた。


『スクアーロッ!鍛練場出来たみたいなの!ちょっと付き合ってよー!』


そう言って、屈託のない笑顔を振りまくなまえとは反対に、周りに居た隊員達は、俺の姿を確認して、急に姿勢がよくなりやがった。
それもそのはず、俺を含めボスや幹部の連中はその力や恐怖で隊員達を従えている。それはここヴァリアーでは当たり前の、ごく普通の事だ。
しかし、力や恐怖等無くして、隊員達を従えるなまえを見ていると、つくづく変な奴だと思う。
そんな特殊さから、つい、女物のヒールの軽い靴音を気にしてしまうのかもしれない。
次は、何をやってのけるのか、そう言った期待や興味が自然と沸き上がってくるのだ。


『ねえ、早くってばぁー!』


「ゔお゙ぉい、分かったから、んな叫ぶんじゃねぇ゙。」


別に、色仕掛けをされる訳でも無い。任務で背中を預けられる同僚でも無い。
正体を知れば、ギャアギャアと喚き怯える一般人とも違う。
今までに無かった、不思議なカテゴリーの女に、こんなに、早く、早く!と、急かされる日が来るなんて、今まで思いもしなかった。
でもまあ、別に悪い気はしない。
この不思議な女はある意味普通に見えてきっと特殊なのだ。
なんたって、そんなに強くも無えくせに、一丁前にマフィア界の頂点に君臨するボンゴレの中の最強暗殺部隊に在籍しているくらいだからなぁ゙。

なまえを見ているとついつい出てくる興味本位から、俺は、グルグル回る螺旋状の階段を軽快に下っていくのだった。




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