関係の修復





「ゔお゙ぉい、フラン。ボスはそんな不抜けた顔はしてねぇぞぉ。」


そんなスクアーロの言葉が車内に響く。車の走る音にけして掻き消される事は無いような声音で。車内なんだからさ、もう少し小さな声でも大丈夫なのにね。
颯爽と走る車には、私とスクアーロ、そしてザンザス様が乗りこんでいる。
では何故、スクアーロはフランに話掛けているのか。
ザンザス様に、散々物を投げられて、遂に頭がおかしくなってしまった。…訳では無い。


「るっせぇー、カスザメー!俺は強いんだぞー!」


「……お前の中のボスのイメージがわからねぇ゙。」


「だって、ミーは新参者なので、あまりボスと触れ合った事はありませんしー。」


「“触れ合った”事があれば、とっくにお陀仏して、ここには居無え゙。」


「それもそうですねー。」


普段見る事が無いような表情を浮かべたザンザス様と、スクアーロが笑い合ったのち、ボカッ!とスクアーロの鉄拳がザンザス様へとめり込んだ。(凄い光景だ!)
すると、「ゲロッ!」とフランの声が聞こえたかと思うと、さっきまでザンザス様だった者が、みるみるカエル頭へと変化していく。


「ゔお゙ぉい、勝手に幻術解いてんじゃねぇ。」


「もー、ミーは知りませーん。――…めんどくさいしよー。」


『はい、喧嘩しないで。フランも、ヴァリアーの命運は貴方に掛ってるんだから、そんなに拗ねないで。ね、お願い。』


「そんな事言ったってー、このアホのロン毛がですねー。」


「てめぇ゙!」


『スクッ!』


今にも、フランに殴りかかりそうになったスクアーロを言葉と目で制する。
ご立腹のようだが、私の制止に応じてくれたのか、不機嫌そうに舌打ちをしつつも、彼は座席に座り直し、視線を窓の外へと移した。その様子を確認して、再びカエル頭に懇願すると、仕方ないですねーなんて言いながら、少しの煙が立ったと思えば、そこには真紅の瞳をギラつかせるザンザス様が姿を現した。
ザンザス様がフランを使えと言った時、一体何を言っているのだろうかと思った。
後から、スクアーロに、幻覚で化けるのだと説明されても、ここまでリアルに出来るだなんて夢にも思っていなかった。そういえば、談話室爆破事件の時に、ルッスーリアに化けていたけれど、こんなにまじまじと見る事は出来なかったので、これ程の物とは思いもよらなかったのだ。
幻術だの幻覚だの、話には聞いていたけれど、いざ、目の当りにしてみると、本当に本人そのもので、驚きが隠せない。



『それにしても凄いわね。どこからどう見てもザンザス様だわ…。』


「ふん、カスが。」


『………でも、バレたりとかってしないかな?』


「俺を誰だと思っていやがる、カス。」


『………フ〜ラ〜ン〜!』


「るっせぇ!カッ消す。」


「ゔお゙ぉい!調子に乗ってんじゃねぇ!」


「ゲロッ!」


再び繰り出されたスクアーロの鉄拳。うん、今のはもう、かばう余地は無い。
なんだか、目的を果たす前に疲れがたまってきた。
もう好きにしてくれと言わんばかりに、私は深々と腰を下げて、言い合いが止まらない二人を暫く見つめていた。


「ところで、なまえさーん。」


『え?』


「まー、任務と言われれば、この役はやりますけどー、一体ミーはどうしたらいいんですかー?」


『ど、どうしたらって、一緒に銀行に謝って……』


「ボスの謝る所なんて、想像がつかなさ過ぎてー、どうしたらいいのか全く分からないんですけどー。」


『………た、確かに。』


言われてみれば、謝罪するザンザス様なんて、全く想像が出来ない。
慌ててスクアーロの方を見やると、彼もまた複雑な表情を浮かべていて、何やら右手を口元に添え、考え込んでいる風だった。


「……俺も、想像がつかねぇ゙。」


なんて事だろう。一番付き合いの長いスクアーロでさえ、ザンザス様のそんなお姿を想像出来ないだなんて。そもそもあの御方は生れてからこれまで謝罪等した事があるのだろうか…。いつも堂々と、何もかも見透かしたかのようなあの瞳で傍若無人に振舞っているお姿しか思い浮かばない。
これは、少し厄介だ。単純なようでとても重大な問題かもしれない。
私の頭の中では、普通に、すみませんと頭を下げ、これからも良好な関係を築いていきましょうなんて、そんな場面しか想像していなかった。
これが、私や、本部の面々ならサクッと想像出来るのだが、ザンザス様って…。
考えて見れば、スクアーロですら想像し難い。でも、スクアーロなら、ギリギリ想像出来る範囲かな?「悪かったなぁ゙。」なんて、不貞腐れながらも言っているような場面が想像出来る。少し笑えるけど、今はそんな笑っているような暇は無い。車は着実に目的地との距離を縮めているのだから。
よし!考えろ、私。
ギリギリ想像出来たスクアーロの謝罪バージョンをザンザス様に当て嵌めてみよう。不貞腐れたザンザス様が、ボソリと、「悪かった…。」と呟くような場面…。

……………。

あぁ!全く想像できない。想像してみても、顔はモヤモヤとモザイクがかかったようにまるで想像できない。大体、あの、あの!ザンザス様が頭を下げるだなんて!
フランの幻覚だと言えどもそんな事をしてしまって、変な噂が立ってしまったりなんかしたら…!


「仮にミーが素直に謝ったとしてー、ヴァリアーのボスが遂にどうにかなりやがったなんて噂が立った日には、ミーは勿論の事、隊長やなまえさんだって道連れですからねー。」


今、正に考えていた内容を、フランがズバリと言い当てる。


「どうすんだぁ?なまえ…。」


『どうしよう…。』


目的地到着まであと一時間弱。何処となく沈みこんでしまった車内の空気の中、私は必死に頭を悩ませるのであった。
















「まあ、ウチとしましても、関係を修復させると言う事については、前向きに考えてもよろしいですよ。大元は付き合いも長いボンゴレですし、こちらとしては、決して取りっぱぐれも無いですしね。」


見るからに、インテリな悪者とでも言うのだろうか、そんな身形の男が得意気にそう言って、眼鏡をクイッと上へやる。眼鏡を直したその手は一目見て人工物だと分かる物で、それをそのまま私へ良く見せるように男が前へと突き出しながら話を続けた。


「しかし、ですね。まあ、10年前のあの事件での事、何かしらケジメを付けて頂きたいのが個人的な思いでしてね。」


個人的な話で来ている訳では無いのだから、個人的な思惑はお外し願いたい。…と、人工的な手を見た後では言えない。恐らく、10年前のザンザス様暴走事件の爪痕だろうから。男は、そう話終えると、前へと突き出していた手を引っ込めて、ザンザス様の方へと視線を送る。男の視線には気付いているだろうが、ザンザス様は、この部屋へ入って来た時と変わらず、ドカリと椅子に座りこみ、目を瞑ったまま、何も言葉を発しない。
それもそのはず、私がそうザンザス様、もといフランに指示をしたからだ。








「で、どうするんですかー?」


目的地へと辿り着き、車を下りる前にフランから尋ねられた。考え等、一向に纏まってはいない。どうするかだなんて、私が誰かに尋ねたいものだ。


『取り敢えず、黙って、座って、目瞑ってて…。』


「了解ですー。」


「いざとなったら、脅しでいいんじゃねぇのかぁ?」


そう言って、剣を振るスクアーロ。冗談じゃ無い。余計関係を壊してどうすると言うのだ。


『いい?絶対っっっに、そんな事しちゃダメよ?』








と、強く念を押して、まあ成るようになるだろうとポジティブにこの話合いの場にやってきたのはいいのだが…。

部屋に沈黙が流れる。空気が重苦しい。
フランは、私の言いつけ通りに微動だにしない。もしかしたら、本当に寝てるんじゃ…?と思うくらいに動かない。そんな様子のフランもとい、ザンザス様に冷たい視線を送り続ける男。これが本当のザンザス様だったならば、「何見てやがる。」と、一瞬にしてこの男は灰となって消えているのではないだろうか。

あぁ。ダメダメ。そんな事じゃなくて、もっと、どうすればいいか早く考えないと…。
早くしないと、先程から「もういいじゃねぇか、やっちまえば。」って視線を送って来るサメが動きだしてしまう。
どうしよう、どうしよう。と、もう一度頭を悩ませ始めたその時だった。
早く解決策を練ろうと、必死に働く頭の中身が全てすっ飛んでしまうような爆発音が突然聞こえたかと思えば、その爆音にみ合うような大きな揺れ。
突然の出来事に、すっかり油断していた私は目の前の大理石のテーブルに見事におでこを強打してしまった。


『っったぁ…。』


若干涙目になりながらも、必死に身体を起こす。
揺れはまだ続いて居て、フラフラになっている私の身体を、隣にいたスクアーロが支えてくれた。


『一体、何なの!?』


「……強盗のようですね。」


まるで他人事のように落ち着いた様子で、人工的な手でまた眼鏡を上げながら男が言う。
言われて見れば、爆発音に混じり、警報も聞こえる。だが、そんな事よりも、何故この男は自分の銀行に強盗が入ったと言うのに、こんなにも落ち着いているのだろうか。


『た、大変!どどど、どうするの!?』


「ゔお゙ぃ、落ち着け。」


『って、なんでみんなそんなに落ち着いてるのよ!?』


「ウチのセキュリティを舐めて貰っては困ります。そう簡単に強奪等出来ませんよ。」


男が得意気にそう言ってのけ、フフンと笑う。
とはいえ、本当に大丈夫なのだろうかとスクアーロに目で訴えると、微笑を浮かべ大丈夫だと言うように、私の頭にポンッと手を乗せた。


「全世界のマフィアを敵に回してもいいと言う奇特な奴の顔は拝んでみてぇもんだがなぁ゙。」


何がそんなに楽しいのかは分からないけれども、クックッと愉快そうにスクアーロが笑い、あわよくば便乗して大暴れしてやろうとでも言うのか、ちゃっかり剣を装着する始末。
そんなスクアーロに、溜息を吐きながらも、ザンザス様の様子を伺うと、


『…あれ?いない?』


いつのまにか、ザンザス様の姿をしたフランが消えていた。
もしかして…このどさくさに紛れて逃げ出した!?そう思って、慌ててスクアーロの方へ振り返ると、スクアーロはやっぱり愉快そうにしていて、言葉を発しようとしていた私の唇を、人差し指で軽く小突いた。
何をするんだと、その指を払って、私が再度口を開こうとすると、今度はけたたましい電話のコール音が鳴り響く。
なんだか、先程からタイミングが掴めなくて、そのもどかしさにイライラしながら、その音のした方向を睨みつけると、電話を取ったあの男の顔がみるみると青冷めて行く所であった。


「なに!?地下の貸金庫への侵入を許しただと!?」


状況が今一掴めなくて、茫然と青冷める男を見つめていると、スクアーロが立ち上がる。
先程から展開が慌ただしくて、もう本当に意味が分からない。
こういうゴタゴタは不慣れな上に、普段は全く縁が無いのだ。もういい加減にして欲しい。


「ゔお゙ぉい、そういう事なら、ヴァリアーも助太刀に入ってやるぜぇ。なまえ、お前は此処で待ってろぉ゙。」


『え?はぁ!?ちょ、待ってろって、スク!』


私の言葉も虚しく、みるみると部屋を飛び出して、行ってしまった銀色。
部屋には男と私だけが取り残されてしまった。
一体、何でこんな事になってしまったのだろうか。
今日はただ、関係の修復の為にやって来ただけだと言うのに。
いつの間にかフランは消えて、スクアーロも飛びだして行っちゃうし。
……というか、私はここに居て本当に大丈夫なのだろうか。
相変わらず、色々な所から爆発音は聞こえるし、揺れも止まる事を知らない。
どうしよう、どうしよう。と、一人オロオロとしていると、さっきまで、爆発音に負けないくらいの怒鳴り声で電話をしていた男が物凄い剣幕で電話を床へと投げ付けた。


「全く!なんたる事だ!!」


そう、もう一声怒鳴り声を上げると、男は勢いよく部屋の扉を開け放った。


『え!?待って……。』


またもや私の言葉は届く事はなく、ポツンと一人取り残されてしまった。
冗談では無い。こんな物騒な事態に一人だなんて、怖いにも程がある。
咄嗟に駆け出し、今しがた出て行ったばかりの男の後を追った。
よかった。スクアーロやフランのように、一瞬で姿を消す事無く、男の背中はまだ目で追える位置に居た。男の姿を見失わないように、時折、揺れにふら付きながらも、私は必死に男の後を追い駆けた。





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