由々しき事態2






『スクアーロ、今日はありがとう。』


そんな御礼とともに、エスプレッソを差し出すと、


「おゔ。」


と、然も大した事はしていないと云ったように、スクアーロがそれを受け取った。
隊員達の食堂を後にした私達は、鍛練場へと足を向けて、今は私の仕事部屋へと戻って来ている。
結論だけ言うと、鍛練場は、それはもう酷い有様であった。
屋根が付いているだけまだマシなのかもしれないが、もうほぼ廃墟と言ってしまった方が正しいのかもしれない。どうしてこんな有様なのかとスクアーロに尋ねると、


「死ぬ気の炎用に出来て無えんだ。昔のままでなぁ。」


との事だった。己の技を磨く鍛練ともなると、炎を使う事は必須。けれども、悲しきかな、鍛練場自体が炎に対応出来ていないので、みるみる壊れて行くばかりなのだそうだ。
本部ではジャンニーニが張り切って改造していた物だが、ここヴァリアーは本部からの干渉を嫌うからか、どうやら少し遅れを取っているようだ。

鍛練場は隊員達の為にも早急に直したい。けれど、その他にも、色々と問題点はある。
食堂で話をした隊員達の要望も忘れてはいない。報酬の見直しから、リングの確保まで。
この様々な問題を解決するには、中々の額のマネーが必要になりそうだ。
談話室の修理代をどうにか捻出したばかりなのに…。
いや、もう談話室の件は、元を辿れば綱吉様の過度のお心遣いが原因だと無理やりこじつけて、本部に請求書を回してみるのもいいかもしれない…。
それでも、必要な金額には達しそうも無く、そうなると、残された方法は一つしか無い。
実はこの事をスクアーロに尋ねたくて、談話室では無く、仕事部屋へと寄って貰ったのだ。


『ねえ、スクアーロ。』


「なんだぁ?」


私に視線を寄越しながら、エスプレッソを口へと含むスクアーロの姿は相変わらずいい男っぷりを発揮している。


『談話室の修理の時にさ、ここに融資をお願いしたんだけど、相手方にすぐさま断られたの。一体どういう事?』


一枚の資料と共に発した、私のこの質問のせいかは分からないけれども、スクアーロは口に含んだエスプレッソが気管にでも入ってしまったのか、ゴホゴホッと噎せ始めてしまった。私は慌てて彼の元へ近寄り、背中をさすってやる。


『どうしたのよ、らしくない。大丈夫?』


「お゙ぉ。…随分懐かしい事思い出しちまって、ついなぁ゙。」


少し落ち着きを取り戻したのか、スクアーロが一息ついたのを見て、私は、部屋に備え付けてあるミニ冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、彼に手渡した。
すると、それをコクリと一口飲み干して、なんだかいつもより慎重なトーンでスクアーロが続けた。


「なまえ、そこは無理だぁ。諦めろお゙。」


『いや、諦めろって、ここしか無いじゃない。』


そう、私が融資をお願いしようとしたのは無難に銀行。しかし、いつかのブラックカードと同じ、これまた表向きは普通のそれと変わらないが、裏では主な顧客はマフィアと言うそういう銀行。大体、普通の銀行が、マフィアだなんて、反社会勢力に融資だのなんだのは端からするはずは無いのだ。
表には表の。裏には裏の仕組みが上手い事あるものだと思う。
こちら側の世界に足を踏み入れた時、意外と何でもありで、様々な事がまかり通っているものだと、酷く感心した。例を上げてみると、話は少し変わるがマフィアランドとか言うマフィア達の骨休めたる場所もあったりして、本当に驚く事ばかりだ。こんな事、一般人に話をしたって、一つも信じて貰えないだろう。それでも、マフィア達はここぞと言う所では、ファミリーだとかは関係なく力を合わせ、自分達が生きて行く世界の仕組みを作り上げて来たのだ。
まあ、そう言うわけで、融資を受けようとした時に、私達には、この一般から見ると何とも如何わしい雰囲気のこの銀行しか選べないのだ。それなのに、そこが無理だと言われてしまっても、どうしようもない。
しかし、融資を断られてしまったのも事実。この再び湧き上がって来た、由々しき事態をこのまま見過ごすわけにもいかない。


「そうは言ってもなぁ゙。」


『何かあったの?資料によれば、10年前くらいに融資を受けている記録があるけど、返済してない…事はないわよね。ん?あれ?本部が返してるのコレ?』


手にした資料に目を通しながら、今更ながらにその事に気付く。
以前、この銀行から、ヴァリアーは融資を受けている。それなのに今回の融資を断られると言う事は、返済が滞ったからなのかと思えば、それはキチンと終わっていた。
でも、それはボンゴレ本部からの保証人返済であって、ヴァリアーからのものでは無かったのだ。


『大体、なんだって、こんな金額…。』


「それは、モスカの為だなぁ。」


『モスカ…?』


「あ゙ー、そいつじゃなくて、元祖モスカだ。元々のなぁ゙。」


『ふうん?』


「昔、ヴァリアーが色々あったのは知ってんだろぉ。」


『綱吉様とかと…?』


「あ゙ぁ。その時らへんの事なんだが、大体その契約の保証人とかは全て偽造でなぁ゙。結局は9代目が保証人になってくれたんで、事無きを得たが、当初は二度目のクーデターに負け戦で返すあてなんて皆無。そん時ボスさんが、大暴れしたって事だぁ。」


遠い記憶を掘り起こし、何処か懐かしむかのような顔でスクアーロが言ってのける。
が、意味が分からないし、そんな懐かしむような顔で語る事では無い。
要は、契約を偽造して、返すあてもない大金に、銀行と揉めた際、ザンザス様お得意の“コオォォォオオッ!”が炸裂したと、そういう事だろう。なんとも物騒な話だ。


『成程、それで門前払いと言う事か…。』


「だから諦めた方が無難だ。」


身体の力が抜ける。確かに、ここは諦めた方が私の精神的にはとてもいいと思う。
だがしかし、これから先の事もあるし、今現在、資金が準備出来ないと言う事は一大事だ。
本部に縋るのもありかもしれないが、出来れば、ヴァリアーの事はヴァリアーで終わらせるのが理想的だ。諦めるのは簡単だけれど、やってみなくては明るい未来は無い。


『スクアーロ!ザンザス様連れて、謝罪とお願いに行くしかない!』


「はぁ゙!?」


スクアーロのイケメン面が見る見る崩れる。口をあんぐり開けて、何か奇妙な物でも見る目つきだ。そんな表情になってしまうのは痛い程よく分かるが、こればかりは仕方が無いのだ。


『お願い、スクアーロ。ヴァリアーの為よ。私の力だけじゃ、ザンザス様は動かせない!』


「………そこに俺の力が加わった所で、無理だろぉ゙。」


心底うんざりしているスクアーロを説得する事が今回のミッションのスタートのようだ。
思い着く限りの説得の言葉を並べたて、頭を下げ続ける私に、スクアーロが折れるのはそう時間はかからなかった。

いざ、決戦の地!ザンザス様の執務室へ!!

どうにかこうにか、スクアーロを引っ張って来たのはいいが、初っ端から可哀想な事になってしまった。まあ、予想は充分についていた事だ。スクアーロの頭がかち割れたりしない事を今は祈ろうと思う。


『ザンザス様、落ち着いて下さい。取り敢えず、その手に持つ物を置きましょう!』


「っるせぇ。」


ガシャンッ!!


「ゔお゙っ!」


先程から、私とスクアーロが話し出す度に、ザンザス様の執務室を物が飛び交って行く。
こちらに飛んで来ないだけ、ありがたい話だが、スクアーロは本当に大丈夫だろうか?
なんとか、静まって貰おうと四苦八苦するも、無駄な抵抗のようで。
まともに話が出来そうになった時は、ザンザス様の周辺に物が無くなった頃だった。


『………ザンザス様、このままでしたら、綱吉様に頭を下げる事になりますが、それでもよろしいですか?』


ピクリ。そう、ザンザス様が僅かに動いた。
“綱吉様に頭を下げる”私は別にそんな事全然、構わない。けれども、ザンザス様からしてみたら、それほどの屈辱は無いだろうと思う。それは、眉間のしわが増えて行くザンザス様のお顔を見れば、誰もが理解出来る事だろう。
一向に話が進まず、相当の備品を壊されて、私は本当の最終奥義にと取って置いた、魔法の言葉を使ったのだ。ただ、この魔法の言葉には弱点もある。この言葉に怒りを増長させたザンザス様によって、自分の命が危険に晒されると言う点。
それでも、額から血を流し、そこで床に伏しているスクアーロの姿を見れば、私だけが怖気付いている訳にもいかない。


『同じ、頭を下げるなら、銀行との信頼回復に注いだ方が、これからの事もありますし、あの、よろしいかと……。』


………真紅の瞳がキツイ眼差しを私に向ける。
相も変わらず怖すぎる。でも、ここで耐えなきゃ、そこで倒れているスクアーロに申し訳が無い。と、言うか、さっきから動かないけど、生きてんのかな…。


「チッ!………フランを使え。」


『え?フランですか?』


「フランを使えとそこのドカスに伝えろ。」


そう言うと、ザンザス様は席を立ち、部屋の奥へと姿を消された。
取り残された私は、今一、現状が掴めない。フランを使えとは一体どういう事だろう?
そう思っていると、「ゔっ…。」と、スクアーロの声が聞こえたので、私は慌てて彼の元へと駆け寄った。改めてスクアーロを見ると、何とも酷い有様で。
これは、医務室よりも、ルッスーリアに頼んだ方がいいかもしれないと確信する。
ルッスーリアを呼びに部屋を出ようとも思ったが、奥にはまだザンザス様が居る。
これ以上、スクアーロが何かされてしまっては、可哀想過ぎると思い直し、彼の腕を肩に掛け、ズルズルと引っ張りながら、取り敢えず、ザンザス様の執務室を脱出した。





[ 21/50 ]

[*prev] [next#]
[back]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -