内緒話で御用聞き




ガチャリ……カツン、カツン、カツン。


少し離れた場所から聞こえて来たその音に、朝から余計な雑音は立てずに耳を澄ませて仕事をしていた私の耳が反応する。
結局昨日は、スクアーロの部屋へ出直す事は出来なかった。
日を改めて、本日、彼の部屋へ出向く予定ではあったが、また昨日と同じ事になっては敵わないと考え直し、仕事部屋で聞き耳を立てておくと言う、なんとも労力のかかる事を選んだ。聞きようによっては、ストーカー行為か?と問い詰めたくなるような行動だが、私の心中も察して欲しい。

ソーッと仕事部屋の扉を開き、廊下を覗くと、丁度こちらへ向かって来ているスクアーロと目が合った。


「よお゙、鼻血は止まったかぁ?」


一言目から、癪に障る事を言ってくれるもんだ。そもそも原因はスクアーロにある事を分かっているのだろうか。


『用事、聞いてくれるんでしょ?』


「ん゙?そういや、そうだったなぁ。」


『よかった!今更だけど、ヴァリアーの案内をお願いします!』


「はぁ゙?」


不可解な顔をするスクアーロを無視して、私は、満面の笑みを浮かべる。彼のその表情も無理は無い。ヴァリアーへ来て、何カ月もたつのに、案内だなんて今更の事だ。
しかし、ここへ来て、私室と仕事部屋の往復が主だった私は、はっきり言って、ヴァリアーの構造だとか、何があるのかだとか全く知らないのだ。今居るこのフロア。この幹部専用フロアから出た事が無いのだから仕方ない。
下の階や、他の施設の視察をしたいのだが、ヴァリアーへ来た初日の、隊員達の熱烈な歓迎っぷりを思い出す度、腰が引けてしまって、一人では中々勇気も湧かない。


「…まあいい。とっとと済ませるぞぉ。」


何だこいつ?と言う表情はそのままに、スクアーロが来た道を戻る。


『あれ?今から?ちょっ、待って!』


そもそも、スクアーロは何処かへ向かう途中じゃなかったのだろうか?
もしかして、今日はオフで暇なのかな?そんな事を考えながら、素早く仕事部屋の戸締りをして、慌てて銀色の背中を追い掛けた。





「「た、隊長!?お疲れ様ですッ!」」


「お゙ー。」


階段を下りて、適当に廊下を練り歩いているスクアーロの後を追う。
擦れ違う隊員達が、なぜこんな所をスクアーロ隊長が歩いているのかと、驚いた表情を隠せないまま、ピシリと姿勢を正し、こぞって彼に挨拶をしていく。
それを面倒臭そうにあしらいながら、ただ前を向いて歩いていただけのスクアーロが私の方へと振り返った。


「この辺は、カス共のフロアだぁ。」


そう言われて、辺りを見回すと、まあ、それなりに隊員の方々のお姿が確認出来る。
なんだお前はと、若干キツイ眼差しで睨まれているのは、気にしないようにしたい。
とは言え、ビクビクしながらも、スクアーロの背中に隠れつつ、歩を進める彼の後を追う。なんだか、幹部フロアよりも殺伐としていて、雰囲気が少し暗い。
壁なんかもヒビが入っていたり、ちょっと、何と言うか…んー。


『何だか、幹部フロアとは様子が違いますね。』


「まあ、ウチは乱闘騒ぎなんか常だしなぁ。血気盛んな奴が多いし。幹部フロアはオカマが嫌がって、すぐに直しちまうんだぁ。」


『意外と綺麗好きだもんね。ルッス。』


「…の割には、あんな趣味で意味分から無えがなぁ。」


『あんな趣味?』


「………そのうち分かるぜぇ。」


適当に小話を挟みながら、グルグルと階段を下りて行く。
下へ行けば行く程、殺伐度が増して行き、雰囲気もよりいっそう暗くなる。
この環境が、益々、隊員達の心を荒ませているのではないだろうか?


「こっから下はドカスのフロアだな。あとは食堂だぁ。」


『ドカスって…。』


足早にフロアを闊歩して、最後に辿り着いたのは先程話にも出た食堂。
こっそり中の様子を伺うと、何人かがお食事中であった。


「…入りたいならとっとと入れぇ゙。」


『おわっ!』


入口でコソコソしていると、後ろからスクアーロに押されて、食堂へとお邪魔する。
急に押し入って来た私に、何事かと冷たい視線が突き刺さるが、それは直ぐに私の後ろへと注がれた。


「スクアーロ隊長!?」


私の後ろに居たスクアーロに気が付くと次々と隊員達の目が変わる。
お疲れ様ですだとか、何故こんな所に隊長が?だとか、様々な声が食堂で交わった。
見た所、食堂はまだマシなようで、清潔な環境が保たれている。
食事もさすがイタリアとも言うべきか、幹部に振舞われるソレよりは少し見劣りするように思えるが、どれも美味しそうだ。
その様子に少し安堵しながらも、スクアーロの方へと振り返ると、いつの間にやら席の一つに腰を据え、隊員が持って来たのだろうか、カップを片手に寛いでいらっしゃる。
スクアーロの部下だろうか?いそいそと彼の元へやって来て、何やら書類等を手渡しながら話合いを始めてしまった。

………これは、ちょっとしたチャンスかもしれない。
以前より、私は、隊員達と直に話をしてみたかったのだ。けれども、そんな勇気も無く。
今日、話が出来るようならば挑戦してみようとも思っていたのだが、隣にスクアーロが居るだけで、隊員達は委縮してしまう。そんな中で本音を交えた会話等出来ないだろう。
でも、今ならば。同じ空間に居ながらもこの少し離れた感じなら、前みたいに嫌がらせも無く、少しだけでも話を聞けるかもしれない。そう考えて、一度深呼吸をしてから、恐る恐る言葉を発する。


『あ、あの…。』


「……………。」


今ならば、なんて思ったのは、やっぱり甘かったのだろうか。
それでも、スクアーロと言う保険が居るのだから、殺されはしないだろうと、声を掛け続けて見る。


『ちょっと、お話を伺いたいのですが…。』


「あんたと話す事は無い。」


おう…。全く以て可愛気の無い態度だこと。可愛気所か、私みたいな素人にも分かるような殺気を込めた目で睨まれてしまって、ングッ!と言葉が喉に詰まる。


「ゔお゙ぉい!そいつに何かしたらお前等の命は無えぞぉ。本部出と言えども、今はヴァリアーだ。何かあんなら協力してやれぇ゙。」


私でも分かるような殺気をスクアーロが気付かない訳が無い。
神のような言葉が聞こえたかと思えば、私の前に居た隊員達は、バツの悪そうな顔をして、スクアーロに気付かれないようにだろう、小さく溜息を吐いた。


「隊長のご命令だからだ。」


そう言って、さっさと用件を言えと、顎で私を差した隊員を見て、雷親父を思い出す。
レヴィもよく似たような事を言っては、私の頼みを聞いてくれたりする。
やっぱり、似た者同士が自然に集まっちゃうのかなと思いながらも、数人の隊員達が座る前の席を引き、彼等の前に腰を下ろした。


『本音が聞きたいんだけど、ぶっちゃけ、今の現状に、不満は無いですか?』


「………あるわけ無いだろう。」


ふむ。唐突な質問に対して、暫くの沈黙後、不満は無いとのご回答。
しかし、私は本音が聞きたいと言ったのだ。少しの沈黙の間に、チラリと、スクアーロを確認したのを私は見逃さなかった。やっぱり、彼が居ると、難しいかな?と思いながらも、手を口周りに据え置いて、コソコソと隊員達に囁いてみる。


『本音が聞きたいの。本当に無いなら、構わないけれど、改善点があるならば、改善していきたいのよ!』


成るべく、真剣な目で彼等を見つめて言った。
こちらの真剣さが伝わらなければ、彼等も本音等話してくれないだろうから。
またもや少しの沈黙後、右端に居た一人の隊員がポツリと呟いた。残念ながら、小さ過ぎたその声は、私の耳に届く事は無く。さらには、呟いた隊員の隣に居た別の隊員が慌てて、彼を小突く始末。


「バカッ!騙されんじゃねぇ。それを幹部の方々にチクられてみろ!命は無いぞ!」


コソコソと囁かれた言葉は、今度はしっかり私の耳に届いた。
まあ、それはそうだよね。いきなり初対面の相手に、信頼関係も何もないのに、本音なんて言えないのかもしれない。私も少し焦り過ぎたようだ。
それでも、何だか諦めきれなくて、もう一度、必死に懇願してみる。


『チクったりしない。私はただ、ヴァリアーをより良くしたいだけなの。』


きっと、いつになく真剣な表情をしていたと思う。声のトーンも慎重に。
そんな私の様子を見て、思いが通じたのか、一人の隊員が言葉を零した。
あとは、それにつられたように一人、また一人と、言葉を紡ぐ。
勿論、少し離れたスクアーロに聞こえないように、小さな声で。


「手当が…、自分達下っ端は任務のランク関係無く一緒なのが納得出来ない。」


『うんうん、それは私もどうかなって思ってたのよ。』


「リングの数が足りて無い。ランクも低い物ばかりで使い物にならない…。」


『ふむふむ。リングね。少し調べてみるわ。』


「あ、あの、ベル様やフラン様の…その、御指導が稀に命に関わって…。」


『……それは、ごめんなさい。役に立て無いかも。』


「あ、自分は鍛練場を何とかして貰いたいです。」


『鍛練場?そんな所があるのね。あとで見てみる!』


コソコソと囁き合う、数人の隊員達と私。少し聞いただけなのに、結構出るわ出るわで、やはり、常日頃、色々思う事はあるのだろうなと思う。
そんな囁き合いは、スクアーロが立ち上がった動作でピタリと止まる。


「ゔお゙ぉい、そろそろ行くぞぉ。」


『あ、うん!…貴重な意見ありがとう。任せといて!』


慌ててスクアーロに返事をして、再び小さなトーンで、目の前の隊員達に礼を言う。
最初の可愛気の無い態度は何処へ行ったのかと思うくらいに、隊員達の表情は、何処か期待を帯びた物に変わっていた。


「……何をコソコソ話ていやがったんだぁ?」


『ふふふ、スクアーロ隊長は素晴らしい人物ねって話よ。』


「嘘くせぇなぁ。」


『本当だってば!そうだスク、鍛練場に行きたい!』


「あ゙ぁ?何でまたそんな所に……。」


『いいから、いいから!』


スクアーロの背中をグイグイ押しながら、ふと視線を感じて振り返ると、先程の隊員達が少し心配そうな表情でこちらを見つめていた。
彼等を安心させるように、私は笑顔を浮かべて、スクアーロに気付かれないように、小さく手を振った。





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