由々しき事態




『う〜ん…、これは流石になぁ。』


今日も今日とて仕事部屋。ヴァリアーへ来てから、一日の大半をこの部屋で過ごすのが私の行動パターン。与えられた自分の部屋は本当に、寝る為だけの物になっている。
引っ越しの片付けもロクに終わってはいない段ボールだらけの私室より、大分片付いた仕事部屋の方が過ごしやすかったりする。
ここ最近は、先日のミニモスカ事件を切っ掛けに、本当にいい加減に付けられていた帳簿を整理する事に追われていた。談話室の修理代はなんとか捻り出したのだが、ハッキリ言ってヴァリアーは結構な赤字だ。
請け負う仕事の報酬は中々の額なのに、なぜこんなにも赤字が続いているのか。
その原因を探るべく、データー化された資料に目を通し続けている。
いくら検索機能等がしっかりとしていて、スムーズに仕事がこなせると言っても、最終的には人の目での確認作業。そろそろ疲れが限界で、目の奥が何だか鈍い。
それでも頑張った結果、様々な事が分かって来た。
頭を悩ませるばかりのその情報に、冒頭の言葉へと戻るのだ。


『何とかしないと…。』


このまま、ヴァリアーの赤字が膨れ上がれば、大元のボンゴレにも多大な迷惑が掛ってしまう。なんとかここで食い止めて改善していかなければならないだろう。
そう思い立って、必要最低限の書類をまとめ、私は仕事部屋を後にした。









数時間後、私は一枚の扉の前に。
この中では、ザンザス様を筆頭に、ヴァリアー幹部の面々が集い、只今作戦会議中だ。
あと数分で会議は終わる予定。その時間に来いと、数時間前、この由々しき事態の相談をしに行ったザンザス様に告げられた。
ザンザス様から直接事を運んで貰おうと思っていたのに、「テメェが何とかしろ。」とのお言葉に、覚悟を決めてやって来た。
腕時計を確認する。言われた時間丁度。秒針が真上に来たのを見計らって扉をノックした。


「入れ。」


すると、中からザンザス様の低い声。
その声に、ふぅーと息を吐き出して、失礼しますと、その扉を開いた。


「ん?なまえじゃん。」


少し薄暗い室内には、幹部の皆様方が勢揃いしていて、退屈な会議からやっと解放されると、席を立ったのだろう金髪ティアラの王子が何故お前が此処に?と不思議そうな顔をしていた。


『すみません、もう少しお時間頂けますか?』


私はそう微笑んで、奥に居るザンザス様にチラリと視線を移す。
私を見たザンザス様は、とっととやれと言うように、目を瞑った。
長方形の長いテーブルの端。ザンザス様とは正反対の場所へと移動する。
突然会議室にやってきた私を、幹部の方々は意味が分からないとその様子を見守っていた。
パサリと資料をテーブルの上へ置いて、私はスゥーと息を吸い込んだ。


『さて、皆様。お疲れの所申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合い下さい。今から皆様には、これを私に提出して頂きます。勿論、有無は言わせません。』


突然そんな事を言ってのけた私に、幹部の面々は皆一様にポカンとした顔をしていた。
私が右手に持って居るのは、ザンザス様が持っておられた、ブラックカード。
このカードは、ザンザス様とヴァリアー幹部全員に渡されて居る代物だ。
このカード一枚あれば、大抵の物はポンッ!と買えてしまう恐ろしいカード。
一般的に広まって居る物とは違い、このカードを発行している所は、表向きでは普通のそれと変わりないが、実は、マフィア専用の会社。
利用者もマフィアだけだ。そんなマフィア間との取引に、信用なんて物はあまり当てにならない。その為か、年会費も通常の比では無い。一般世間の限られた人が持つブラックカードの年会費でも高い所は数十万だ。それと比べ物にならないと言えば、どれだけの予算がこれにつぎ込まれているかは、御察知の通りだ。
そう、この“ヴァリアー”名義のカードに…。
そもそも、私だって、幹部の皆様が個々に持っていらっしゃる物に関しては何も言う義理は無い。が、これだけは見逃せない。ヴァリアー名義と言う事は、支払い先は勿論ヴァリアー。


「なんでコレをお前に渡さないといけないわけ?」


ベルが黒光りするカードを手に、口をへの字口に曲げて言う。
ふふふ、何を言っていらっしゃるのかその口は。
何で?等、有無は言わせないと言った筈なのに、やっぱりとも言うべきか、言われてしまった質問に、私は不気味な笑い声しか上げる事が出来ない。


『ふふふっ…それは、御自身の胸に手を当ててよ〜く考えて見て下さい。』


「はあ?さっぱりわかんねーし。」


「ミーにもさっぱりですねー。」


素直に胸を手に当てて、無表情でそう答えたフラン。
本気で考えているのかと言う突っ込みは置いておいて、私はテーブルの上に置いてあった資料をパラリと捲った。

そもそも、何故このようなカードがザンザス様と幹部の方々に配られているのか。
暗殺部隊ヴァリアーは、その名の通り、主に暗殺を手掛けている部隊。
任務ともなれば、世界各地に飛び、予想を外れた事態だって起こりうる。
そんな時に速やかに対応できるよう、渡されている物だ。
例えば、ジェットが壊れて、チャーターする事も出来ず標的を逃しました等、あってはならないからだ。そんな様々な不測の事態に備えての事である。
それなのに、このカードは一切、本来の目的には使われてはいないのだ。
そこが問題なのである。


『さて、この資料をご覧下さい。身に覚えはありませんか?』


「あん?これの何がいけないわけ?」


『………では、この中世ヨーロッパの古城は任務に必要な物だったのですか?』


「しししっ、そんなん関係ないし。やっぱ俺王子だし?何個か別荘とか持ってるのが普通だろ?」


ふふ、ふふふっ。のっけから頭が痛い。
やっぱ俺王子だし?何を言っているのか、この金髪ティアラは。
と、云うか、なんなんだこのカードは。数十億単位の買い物が何故出来る。
制限は個々に授けられていると聞いたが、母体がマフィアの頂点に立つボンゴレだからか、一般人には信じられないような与信枠でも授けられているのだろうか?

俯きがちに黒い笑みを浮かべながら近寄る私にベルは不気味な物でも見るような目で私を見る。まあ、彼の目は見えないのだから予想だが、その雰囲気から察した。
ゆらゆらと近付き、彼の手からパッとカードを奪い取った。
簡単にカードを手に入れる事が出来たのには自分でも驚いたが、私のこの異様な雰囲気にもしかしたらベルが押されてしまったのかもしれない。
カードを手にした私は、顔を上げ、ニッコリとベルに微笑み掛けた。


「なんだよ?」


その問い掛けを引き金に、一応もしもの時の為に私と一緒に連れて来ていた足元に居るミニモスカにカードを手渡す。
すると、ミニモスカは器用に目から光線を飛び出させて、そのカードを真っ二つにしてくれた。


『個人的な物は、個人の財産で買って下さい!王子なら、それくらいの資産自分で持ってらっしゃいますよね?』


「ししっ、あったり前じゃん。だって、俺王子だし?」


だったら、最初からそうしろよっ!
心の中で毒付いて、取り敢えず、ベルのカードを回収出来た私は、クルリと次の獲物へと視線を移す。丁度忍び足で席を外そうとしていた彼の腕をガチリと掴んだ。


『フ〜ラ〜ン〜、何処行くのかしら?』


「あー、ミーはちょっと散歩にでも…。」


『ちょっと、後にしてくれるかなぁ?』


そう言って、フランを椅子へと押しつける。
彼にもまた、一枚の明細書を突き付けた。


『ほんっとうに、意味が分からないんだけど、コレは何?』


「これはー、ミーのししょーへ、お中元ってやつですよー。」


『お中元?ねえ、フラン。』


「なんですかーなまえさん。」


『3メートル級の超巨大パイナップルオブジェがお中元?』


そう、フランの無駄使いその1。3メートルの超巨大パイナップルオブジェ。
勿論、特別注文。この為だけに職人達が駆り出され、特別に作られた物。
更には、無駄に宝石なんかも散りばめられていたりして、本当に意味の分からない代物。


『まあいいです。送り先が骸様なのは分かっていたので、確認してみた所、届いて暫くたった後、自然と爆破したそうですが?』


「やだなーちょっとした可愛い弟子の茶目っ気ですよー。」


茶目ッ気で、時価数千万の高級へんてこオブジェが爆破なんて可愛いも糞も無い。
まだ残っていようものなら、骸様に返して貰って、売り払おうと思っていたのに、爆破で粉々になったと聞いた時の私の脱力感は半端無かった。
談話室の修理代をここから捻り出せるかも知れないと思っていたので余計にだ。
しかも、これだけでは無い。あくまで、この迷惑オブジェはその1。
他にも、何百とも言う矢が飛び出して来た巨大パイナップルの銅像や、その他諸々。いずれも共通点はパイナップルだが、そこは敢えて触れないでおこう。大迷惑な嫌がらせに一体いくら散財しているのか。

変わらずポーカーフェイスのフランの前に、グイッと右手を突き出す。


『さあ。出す物出して下さい。異論は認めません。そうですよね?ザンザス様。』


私の言葉にザンザス様が薄らと瞳を開けて、フランをチラリと見た後、再び目を閉じながら、小さく頷いた。ザンザス様を味方に付けてしまえば、ヴァリアーで怖い物なんて無い。
そんなザンザス様の様子を見たフランは、仕方ないですねーと、カードを私の手に置いた。
それをそのまま、ミニモスカの方へ放ると、それは空中で切断され、パサリと力無く床へと落ちた。


『さて、後は一気に行きましょうか。』


微笑みを崩す事は無いまま、身体の向きを変える。
いや〜ん、落ち着いて!なんて言っているルッスーリアに、ビシッ!と人差し指をその名の通りに指差した。幹部の方を指差す等、失礼極まり無いが、今はそんな物は関係無い。私も必死なのだ。


『ルッス!こんなに毎月どこそこのブランド服なんて大量にいらないでしょう。』


「み、身だしなみは大切なのよ〜。一度着た服なんて着れないじゃなぁ〜い!」


『着れる!めっちゃ着れる!てか、任務に関係なしっ!』


ズバリと言うと、酷いわ!なんて言いながらルッスーリアが項垂れて行く。
そんなルッスの元へと行くと、私は、ポンッと彼の肩を叩いた。


『ねえ、ルッス。この間、私に見事なまでにフリフリの洋服を作ってくれたじゃない。ルッスは手先が器用なんだから、リメイクなんてお手の物でしょう?それを今こそ生かすべきよ!洋服達だって着られたいって貴女を待っているわ!』


「なまえ…。」


サングラスの奥の瞳は見えないが、その雰囲気から手応えを感じる。


「そうね…。私、器用だから。」


『そうよ。すっごく器用なんだから、何でも出来ちゃうのよ。凄い事だわ!』


うふふ、何て笑いながら、ルッスーリアの手にはあの黒いカード。
してやったり。心の中ではしめたと笑いながら、私はそれを丁寧に受け取った。


『……さてと、次にレヴィ。』


「ふんっ!お前が言うからではない。ボスの命令だからだ。驕るな。」


そんな事を言いながら、レビィが私に向かってカードを放る。
カチンと来る態度だが、素直に渡してくれたのはよしとしよう。
でも、このまま終わらすのは何か釈然としない。そう考えて私は、レヴィの元へと行くと、一応の配慮から、彼にしか見えないように、一枚の紙を提示した。


『態度には気を付けて頂けますか?』


ニッコリとそう微笑むと、ぬお゙ぉっ!と焦った表情のレヴィ。
それもそのはず。何を血迷ったのか、それともただ、自分個人のカードと使い間違えたのかは知らないが、明細書には所謂アダルトなお店関連ばかり。
まあいい。お陰で彼の弱みを握る事が出来た。以後、何かに活用させて貰おう。


「ゔお゙ぉい、なまえ。」


呼ばれた方へ振り返ると、スクアーロがカードを私へと差し出していた。
そう、数あるカードの中で、まともな使い方をしていたのは唯一、彼だけだ。
ザンザス様もそうと言えばそうなのだけれど、基本ザンザス様は、人に物を頼むので、自ら動く事はそもそもあまり無い。


『唯一まともに使用されていたので、大変心苦しいですが…。』


「構わ無え゙。こうなってくると、いつクソガキ共に奪われるか分かったもんじゃねぇしなぁ。」


その言葉に変に納得しながらも、それを受け取り、3枚纏めて宙へと投げると、ミニモスカのビームが炸裂した。


『しっかり解約手続きをして、再発行なんて勝手に出来ないようにしますからね!以後、経費の使い道は気を付けて下さい!』


最後にそう締めくくって、由々しき事態の終結を確信する。
他にも問題は山積みだろうが、取り敢えずはこれで大分マシになるだろう。


『さて、皆様、お時間ありがとうございました。それでは失礼致します。』


そう心軽やかに部屋を出て、私は次の課題を解決するべく仕事部屋へと足を進めたのだった。





「なまえさん、意外とおっかないですねー。」

「なあ、レヴィは一体何に使ってたわけ?ししっ。」

「ぬぅ。お、お前には関係ない。」

「ゔお゙ぉい!ゲロっちまいなぁ゙。大体予想は付くがなあ゙。」

「ふんっ!」

「あ、逃げちゃいましたー!」

「しししっ、王子から逃げようとかいい度胸じゃん。」

「ゔお゙ぉい!待ちやがれぇ゙!」

「あらまぁ。みんなー!鬼ごっこするなら、あまり物を壊しちゃダメよー!」




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