悪戯心




新しい仕事場の心得その壱。
この部屋にある扉に、不用意に手をかけてはならない。
雪崩れ落ちて来た書類達や、よく分からない備品に埋もれながら、そんな事を心の中に書き留めた。脱力仕切って途方に暮れていると、右手を誰かに引っ張られた。


「ゔお゙ぉい…無事かぁ?」


どうやら、私を引っ張り出してくれたのは、何かとお世話になりっぱなしのスクアーロ。何度、彼に引っ張られたら気が済むのか。でも、物凄く助かった。


『あ、ありがとうございます。なんとか…』


立ち上がり、服を叩く。安堵のため息を零した私が目聡く見つけたのは、机の上のパニーノ。そういえば、今日は朝から何も食べていなかった。そう思い出した途端、見事な程に腹の虫がキュウキュウ鳴った。うわ、恥ずかしい…。


「飯くらいちゃんと食え。持たねぇぞぉ?」


そう、笑いながら私にパニーノが手渡された。口の中にジュワッと唾液が広がって、早くそれを寄越せと催促してくる。


『よかったら一緒にどうですか?』


まだ暖かいポッドを上に掲げながらそう言うと、彼が隅の方に重ねられていた椅子に手を掛けたのを確認して、カップを二つ準備する。


『はい、どうぞ。』


そうコーヒーを差し出している間にも、キュルキュルと鳴るお腹を、腰を丸めて抑え付けていると、


「いいから、とっとと食え゙。」


と、含み笑いで言われてしまった。ここまで来るともう恥も何も無くなって来る。
いそいそと私も腰掛けて、パニーノを包んでいる紙を丁寧に剥がすと、待ちきれないとばかりに、いただきます!と頬張った。
ンンッ!美味しい!でも、ちょっと欲張り過ぎてしまったのか、頬がパンパンに膨らんでしまう。モグモグと必死に咀嚼しゴクンと飲み干すも、若干喉に詰まってしまい、慌てて胸をドンドンと叩いた。


「ハッ!落ち着いて食え。誰も取りゃしねぇ。」


片手にカップを携えて、優雅にそれを飲みながらスクアーロが私を窘める。
いい男は何をしても絵になるなぁ。と思いながらも、私も喉に詰まってしまったパニーノをコーヒーで押し流した。







『ごちそうさまでした!』


「お゙〜。飯の時間くらい顔出せよ。そんなんじゃ、頭も働か無えだろぉ?」


『夢中になり過ぎて、いつも食べそびれちゃって…。』


「根を詰めたって身体が持たなきゃ意味無えぞぉ。ま、こんな短期間でよくやったなぁ。」


『ふふ、それなんですけど、多分そろそろ…あ、やっぱり!ちょっと失礼しますね。』


会話を中断して、ポケットの中で震える携帯を取り出す。着信画面は見なくても分かるが、一応確認してみると、やっぱり思った通りの人物からで、笑みを零していると、スクアーロが不思議そうに私を見つめた。
その視線に笑顔で返し、取り敢えず電話へと出ると、耳を付けなくても聞こえるような大きな声が携帯から零れ落ちた。


「なまえさん!?一体どういう事ですか!?」


泣きそうな声に、我慢しきれなくなって、私はついに吹き出した。


『お疲れ様。その様子だと、無事届いたみたいね。』


「無事も何もないですよ!何なんですかこの書類の山は!」


『あら、こっちにはその何倍もの量がまだあるのよ?』


「それにしたって、これ一体どう処理すれ…あ、ちょっ…獄寺さんッ!」


可愛い後輩からの電話が遮られ、今度は不機嫌そうな声の主が現れた。


「なまえか?おい、これは一体どういう事だ…。」


『ふふ、お疲れ様、獄寺君。サプライズ成功かな?』


「お前なぁ…。」


『それ、ぜ〜んぶ本部へ送る書類なの。今、私はヴァリアーだから、そこから先はそちらの仕事よ♪』


そう、私はこの部屋にあった本部へ送るべき書類をそのまま大量に本部へ送り付けた。
数年前の物から、何から丸ごと全部。
今更そんな物を送られても本部は困るだろう。現に、私が本部に在籍したままだったなら、その荷物を受け取り拒否したい気持ちに駆られる事だろう。本当ならば、色々纏め直し、あちらで手間が掛らない配慮をするべきだが、丁度今は、本部は仕事が少ない時期なので、思いきって可愛い後輩たちを谷底へ突き落す獅子の如く送り付けてみたのだ。


『ま、そういう事だからよろしくね!』


「あ!おい、なまえッ!」


盛大なため息を耳元で聞きつつ、一方的にそう言って電話を切った。
なんだろう。なんだか楽しい気分になってしまった。ヴァリアーに来て、心の奥底に潜んでいた悪戯心が顔を出したのかもしれない。年下の格好良い男の子を虐めるのもまた一興だ。


「そういう事かぁ。」


『そう言う事です。』


してやったりと笑う私にスクアーロがコーヒーカップを掲げてきたので、大迷惑なサプライズの成功に、小さく乾杯をした。
そうは言っても、この部屋でやらなければいけない事は本部以上にある。
暫くは気合いを入れて臨まなければならない。そんな事を考えながらコーヒーを飲み干して、凝り固まっている肩を解すように身体を伸ばしていると、ふいに目線に銀色が流れた。


「ゔお゙ぃ、なまえ。」


『なんですか?……ッ!?』


呼ばれた方へ顔を向けると、思ったよりも銀色が近くて一瞬ドキリとする。
私の顔にその大きな手が添えられて、頬から彼の体温が伝わってくる。


『ス、スクアーロさん?』


「まだ、慣れ無えみてぇだなぁ、この口は。」


『うぁ……、えっ?』


「嵐のガキとはえらく態度が違うじゃ無えか。」


『あ…や、つい癖で…。』


目がグルグルと回っているのではないだろうか。彼の顔は目の前にあるのにまともに見る事が出来ない。心中穏やかでは無い私とは裏腹に、なんとも落ち着きのある声で彼が続ける。


「ゔお゙ぉい、俺の事呼んでみろぉ゙。」


『………スクアーロ、隊長。』


「俺の隊に女はいねぇぞぉ。」


『スクアーロさん、勘弁して下さい。』


「ん゙?」


小首を傾げて私の顔色を伺うスクアーロ…さん。ああ、少しずつ慣れて行こうと思って心の中では頑張って呼び捨てにしていたのに、そんな事されると、敬称無しには呼べれない。
本当にこの人は、私より年下なのだろうか。日頃の雰囲気や、この余裕綽々の表情を前にしてしまうと、もう…何と言うか…いや、もう…ああ!誰か助けて!

助けてくれる人なんて居ないのに、心の中で必死に助けを請うていると、その願いを打ち破るかのように、彼が戸惑う私の唇を指でなぞる。
駄目だ。これだからイタリア男は…っ!日本男児の草食っぷりしか知らない私にはこれを華麗にあしらう術等、皆無だ。



変わらず目で催促をしてくる彼に、そろそろ私の心臓は持ちそうに無い。
降参、観念しましたとばかりに小さく小さく言葉を紡ぐ。


『スク、アーロ……


「付いてんぞ。」


クツクツと上機嫌そうに笑いながら、私の唇をなぞった指をスクアーロがペロリと舐めた。


「ハッ!サプライズ成功だ。あんま無理すんなよぉ゙。」


未だに反応が取れないでいる私にそんな事を言って、彼は部屋を出て行った。





『〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!』


その数分後、一気に腰が抜けてしまい、声に鳴らない声を上げ、椅子からずり落ちた。

暫く、仕事に手が付かなかったのは、言うまでも無い。









真面目でお固そうなあいつが
悪戯っぽく笑う様子に
こちらの悪戯心が刺激されてしまった。
思った通りの反応で
つい緩んでしまった口元を
誰にも見られない内に部屋へと急いだ。







「お…おぉー。一人でニヤついてて気持ち悪いですねー。」

「うふふ♪こっそり見に来た甲斐があったわね。プレミアショット頂きよん!」



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