埃だらけの仕事部屋




『す、スクアーロ様、お離し下さい。』


いつまでも引っ張られたままの状態に私が声を掛けると、面倒臭そうに振り返ったスクアーロ様が、突然その手を離す物だから、首根っこを引っ張られ、懸命に呼吸しながらも後ろ向きに引っ張られていた私は、見事に尻もちを着いた。
いや、確かに離せと言ったけれども、なんかもっとこう…ね。


「とっとと歩けぇ。」


そう声が聞こえて、鳴り響くブーツの音。
慌てて立ち上がって、彼の後を追う。

連れて来られた扉をソッと開けると、そこは、普通に居住スペースのようだった。不思議に思って部屋を覗きこんでいると、後ろから声を掛けられた。


「ここはお前の部屋で、隣が仕事部屋だぁ。取り敢えず荷物置いて来い。」


そう言われて、部屋へと入る。荷物を下ろし、改めてグルリと部屋を見渡した。
必要な物はある程度揃っているようで、家具もシンプルな物で小綺麗にまとめられていた。中々落ちつけそうな部屋に満足してキョロキョロと辺りを探っていると、備え付けられていたグラスを見つけた。
それに水を汲み、グチャグチャになってしまった花束から、無事な物を選別して、取り敢えずそれに挿した。
水を与えられた花が、ホッと息をついているように見える。
酷い目に合わせてしまってゴメンね。と心の中で話かけ、グイッと身体を起き上がらせた。


『さてと。では、行きますか!』


必要な物だけを手に取って、気合いを入れて部屋を出ると、廊下の壁にもたれ掛かっていたスクアーロ様がその背中を離す。


「向かい斜めにあるあの部屋が俺の部屋だぁ。何かあったら言いに来い。」


向かい斜めと言っても、この広さなので、それなりの距離はあるが、指で示された方を見ると、確かに一枚の扉。
あれかな?と思いながらも、分かりましたと返事をした。
それなのに、私の返事を最後まで待たずして離れて行くスクアーロ様の足音。
目を凝らし、扉を確認していたのに、せっかちだなと思いながらも、慌てて彼の後を追いかけた。

私の部屋を出て左。
真っ直ぐ歩いて、現れたもう一枚の扉。
出勤時間はわずか数十秒。
ここだと言われ、私は、カチャリとそのドアノブを捻った。




『ふわぁ………っっくしゅっ!くしゅんっ!』




部屋を開けた瞬間、扉の開閉によって起こった風の流れのせいか、埃が私に覆い被さって来て、くしゃみが止まらない。
ズビズビと鼻をすすり、若干涙目になりながらも、開け放った扉から数歩引きさがる。
顔を背けるように振り返ると、少し離れた場所に避難していたスクアーロ様がいた。
…確信犯ですか。

当分、人の出入り等無かったのだろう。部屋はジメジメとしていて埃っぽい。


『………これは、仕事とか言う以前の問題ですね。』


「まあなぁ。」


それでも、何となく想像も出来ていた事なので、私は鞄の中からマスクを取り出し、それを装着すると、スクアーロ様が感心したような声を上げた。


「えらく、準備がいいじゃねぇか。」


『本当に必要になるとは思っていませんでしたが。』


意を決して、部屋に入りこむ。そこら中に置いてある段ボール箱に目をやりながら、移動する。
ああ、見たくない。あの箱を開けてしまったら、言葉を無くしてしまいそうだ。
とんだパンドラの箱の隙間をぬって行き、窓の方まで辿り着くと、カーテンを引き、取り敢えず窓を開けた。
振り返れば、埃の粒子がキラキラと反射して舞って行く。
少し明るくなった部屋を改めて見渡す。段ボールもさることながら、棚には溢れんばかりの書類達。ファイルしきれていない紙切れもそこら中に散らばっている。
堪え切れないため息が零れる。そんな私の目に入り込んだのは、クローゼットの扉に挟まっている一枚の紙。
不思議に思い、徐に手を伸ばす。ちょっと引っ張ってみても、中々取れない紙きれに業を煮やしてクローゼットを開けようとその扉を引くと、


「ゔお゙い!其処は、ちょっと待てぇ!」


待てと言うなら、もう少し早く言って欲しい。
スクアーロ様の言葉と同時にクローゼットの扉は開け放たれた。


『え?…ギャァーーーーーッ!』


その途端、大量の物が雪崩のように降って来て、私は見事に埋もれてしまった。
紙が大量に綴じられたファイルは意外と重い。それならまだしも、仕事に全然関係ないようなガラクタまでもが一緒になって、上から降って来たのだ。
身体のあちこちが衝撃からジーンッと痛む。


「ゔお゙ぉい!大丈夫かぁ?」


スクアーロ様に引っ張り出されて、私は何とか埋もれた身体を這いずり出した。
もう本当に、今日だけで、私は何度彼に引っ張られたのだろうか。


『痛ッ…こ、これは一体!?』


ハラハラと目の前に落ちて来た紙切れを一枚拾い取る。
それに目を通せば、思わず目を瞑りたくなった。
うん、これは本来ならば、本部へ送らなければならない書類だ。日付は…5年前。


『スクアーロ様…これはいくらなんでも…。』


「…悪りぃなぁ。」


『今まで、どうされていたのですか?』


「成るべく、努力はしたんだが、どうしても任務を優先しちまうし、まあ、見ての通り手付かずのままだぁ。」


そう言い、視線を逸らしながら、頭を掻くスクアーロ様。


『もしかして、今まで任務の合間にお一人で…?』


「他の幹部は言ってもやらねぇ。こんだけ目茶苦茶にしておいて何だが、ここには重要書類もあるし、下っ端にも任せられねぇ物も多いしなぁ。」


驚いた。誰かがそれぞれ、片手暇にとは思ったが、彼一人でやっていたとは。
本部にて指令書を手配する際に、よく思ってはいた事だが、ヴァリアーへの任務は決して少なくは無い。
その中でも、スクアーロ様は作戦隊長という役職柄か、引っ張りだこ状態だ。任務で飛び回り、こういった全ての事務作業等する事は、もはや困難であろう。
だから、こういった状態になっているのだけれど、それに対しての呆れも少々の憤りも何処かへ行ってしまった。

服に付いてしまった埃を叩きながら、私はもう一度、グルリと部屋を見渡す。
成程、これは大変やり甲斐がありそうだ。
本部へ初めて来た頃よりも、途方もない絶望感を感じる。
しかし、9代目に拾われて、伊達に仕事一本でやってきた訳ではない。
上等じゃないか!


『スクアーロ様!お任せ下さい。俄然やる気が出て参りました!』


そう伝えると、彼はなんとも驚いた顔をして、次に誰もが見惚れてしまうような笑顔を一瞬見せてくれた。
不覚ながらもドキッと心臓が跳ねる。

…そんな顔も出来るんだ。勿体無い、いつもそんな顔してればいいのに。


「ハッ。随分頼もしいじゃねぇかぁ。これで俺も肩の荷が降りるぜぇ。」


『はい。ですから、どうぞスクアーロ様は任務に集中なさって下さい。』


「…なまえ。」


『はい、何ですか?』


「俺も、そんな堅苦しいのは好きじゃねぇ。下っ端でもねえんだ、様も敬語もいらねぇ。」


『あ、えっと…。』


突然の言葉にどもってしまう。
私にとって、敬称と敬語はもはや癖のような物だ。
いらないと、色々な人に言われても中々慣れる物では無い。
しかし、初めて訪れたこの場所で、折角相手から打ち解けようとして下さっているのに、いつまでも私が一線を置いているのも、申し訳ないとは思う。


『…努力致し、します…する?』


なんともおかしな返答をしてしまった私を見て、スクアーロ様(あっ)がまた笑った。




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