03
『ザンくーん!』
小さな脚を懸命に動かして、白い息を吐きながら一人の幼い少女が駆けて行く。
その先には、黒髪に紅い目をした少年が少年らしさとは少しかけ離れた表情で立って居た。
『ザンくん!あのね、これね、貰ったの!』
「……るせぇよ。喚くな。」
『はい、はんぶんこっ!』
少年の言葉等聞いていないかのように、少女が一つの小さなパンを半分にちぎり、少年に差し出した。
「いらねぇ。」
『はんぶんこっ!』
少女が、グイグイと少年にパンを押しつける。
この歳の子供であれば、一つの小さなパンを誰かと分け合うという事を考えるのは難しい。
一人占めをして、全部を食べてしまいたい衝動にかられるのが普通だが、少女はいつもこうやって、少年の前にやってきては、半分個とお裾分けをする。
半ば強引な少女に少年が諦めてしまうのはいつもの事で、少年は、差し出された方とは反対のパンをひょいっと受け取り、それを口へ頬張った。
『あー!ザンくんのはこっちだよー!』
「何が半分だ、そっちの方がデカイじゃねぇか。」
『ザンくんの方が大きいんだから、これでいいのー!』
すると少年が五月蝿いと言わんばかりに、少女からパンを奪い、そのまま少女の小さな口へと押しこんだ。少女はびっくりしながらも、その顔はみるみると幸せそうに綻んでいく。
『甘くておいしいねぇ〜。』
「だったら、全部自分で食えばいいじゃねぇか。」
『やー!ザンくんと一緒がいいの!』
少女がニコニコと少年に笑いかける。
鬱陶しいと思う事もあるが、度々自分の元へやってきては、嬉しそうに笑いかけて来るこの少女の事を少年は別に嫌いではなかった。
『早くあたたかくならないかなぁ?』
そう言いながら、少女は手袋を付けていない小さな手に白い息を吹き掛ける。
すると、必ずと言っていい程、少年は少女のその小さな手を取り、自分のポケットへと入れるのだ。少女はそれが嬉しくて、冬になれば、必ず同じ事を呟くのだった。
「テメェが、フラフラしてるからだろうが。」
『ザンくんの手はあったかいね。』
決して裕福とは言えないこの町で、子供達はお互いに身を寄せ合いながら寒い冬を乗り越える。
「おい。」
『ん〜?なあに?』
空腹が少しだけ満たされて、何処から走って来たのかは分からないが、その小さな身体を休ませようと、少しまどろんでいた少女の前髪に少年が触れる。
「…これはどうした?」
『パパーが、コップ壊しちゃったの。』
少女が少し沈んだ表情で小さく呟いた。それだけ聞いて、少年は少女には似つかわしくない痛々しいその傷にそっと指を添えた。
『あ、まだ痛いから触っちゃダメー。』
少女が少年の手から逃れるように身を捩らせたので、少年は再びその傷が見えないように上げていた前髪を下ろしてやった。父親がコップを壊したせいで、何故お前の額に傷が出来るのかなんて野暮な事は聞かない。幼い彼等に出来る事など、些細な事に過ぎないのだ。
『ねえ、ザンくん。いつもの見せて!』
少女がそう言うと、少年は溜息を付く。毎回見せてとせがまれて、少々うんざりもしていたのだ。
だがしかし、今日は何も文句は言わずに、彼は右手を少女の前に差し出した。
ポウッと小さな光が少年の右手から現れる。すると、いつものように少女が感嘆の声を上げる。
『キレーだねぇ。ザンくんは魔法使いなんだよ!』
その光が、少女の瞳を益々輝かせる。少年にとっては、こんなもの当たり前の事で、特に感動など覚えない。よく毎回毎回、飽きもせず、こんなに喜べるものだと少女を見つめていた。
すごいね!すごい!と褒め称える彼女に、少年も、もしかしたら本当に自分は魔法使いで、凄いのかもしれないと思えてくるから不思議だ。
本当に魔法使いならば、この魔法の光で、何でも出来るというならば…そんな事を考えながら、暫くの沈黙後、少年は小さな口をソッと開いた。
「……これで俺がなまえを守ってやってもいい。」
『ほんとう!?』
「あぁ、だからお前は、いつも俺の目に見える所にいろ。」
『いる!約束する!』
少女が今日一番の笑顔を見せてそう言うと、少年も今日初めての笑顔を見せた。
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