朱を象る女


 黄金色に染まった空の向こうでは燃えるような赤が周りに溶け出しているかのようだ。NGL国境付近に向かう飛行船からそれを眺めていたゴンとキルアは微睡の中のような気持ちになる。境界線のない穏やかさに包まれているかのように美しい景色、朱を彩る夕焼けを見つめるキルアを横目で見ていたゴンは口元を緩めていた。

「キルアの探している人はすぐに見つかるよ」
「なんだよ急に」
「キルアは夕焼けを見ている時、いつも少し寂しそうだ。その人を思い出すんでしょ?」

 ゴンの言葉にキルアは思わず声を挙げて否定しようとしたが何故か途中で体から力が抜けていく気がした。ゴンがジンではなく、カイトに出会ってから。カイトがジンの思い出話をしてゴンが嬉しそうにしている最中も、夕暮れのような髪を持った女の事を余計に思い出しては胸の奥で閉じたはずの傷跡が疼くような痛みを感じた。それはゴンと過ごす中、運よく忘れていた気持ちだったのだと気づけばどこか腹立たしい感情も湧き出す。

「…別にもう探してねーよ。今は自分の意思でここにいる」
「でも、キルアが家を出るキッカケになった人って言ってたよね」

 ゴンが父親を探してる意思ほど強くはない。しかしキルアの中で確実に大きな存在であった。

「従姉弟なんだ。小さい頃は一緒に住んでたけどナマエの親父が迎えにきて出て行ったきり全然会えなくて」

 同じ家で生まれたわけではないから当然だったかもしれないが、ナマエはキルアや他の兄弟とは全く違っていた。良い意味でも、悪い意味でも。

「兄貴はナマエは殺し屋には向いてないって言ってたけど知らなかっただけだ。俺からしたらナマエは逸材だ。本人も気付いてないけど天才だよ。まずやることなす事センスが飛び抜けてる。やろうと思えばなんだってできるのにやらないだけだ。興味が無いことには全く関心がないんだからな。でもそこが好きだった。周りの意見とか概念とか全然気にしないから、普通に殺し屋にはならないって逆らうし、すげえ自由な人だって……」

 裏庭で走り回っている赤毛の少女が羨ましくてならなかった。ナマエはイルミやミルキ達とは歳が近かったせいか喧嘩が絶えなかったが、下の弟達にはとびきり優しかった。しかしあんなに良くしてくれた従姉弟が別れも告げぬまま家を出た。幼かったキルアの心は引き裂かれその傷口は長いこと塞がらなかった。ゾルディックを捨てるように家を出たナマエを追う事で、勇気を得ようとしたのかもしれない。

「キルア、その人のことすごく尊敬してるんだね」
「…まぁ、そうだな、尊敬してるよ」

 ハンターになれば、見つかると思ったのだ。いつの間にか追うことを辞めてしまっていたのは本当は最初から諦めていたからじゃないかとゴンを見ていると思った。ぼんやりとした思考の中で思い出す朱に引き込まれていたが「会ってみたいな」と呟いたゴンの一言で引き戻された。なんで?と顔に出ていたのだろう、ゴンは歯を見せて気持ちの良い笑顔を浮かべた。

「だってキルアが尊敬している人だよ?そんなに凄い人ならオレも会ってみたい!」

 キルアは胸の奥でむず痒さを覚え、緩んだ口元を誤魔化すように唇を噛んだ。もしゴンがナマエに会ったなら何を思うだろうか。記憶にあるナマエの姿はもう何年も前で止まっている。

「そういえばキルアの家で女の人に会ったんだけど、その人じゃないよね?」
「ありえないよ。ナマエは何年も帰ってきてないから多分執事の一人じゃないか」
「うーん、執事服着てなかった気がするけど」

 執事服を着ていない執事はいないので妙な話だ。だからといってナマエの筈がない。その時はキルアも家にいたというのに。念のためキルアはその女と話したのか、風貌はどうだったか尋ねることにした。

「門を開けてあげようかって親切に尋ねてくれたんだけど自分達で開けたかったから断ったんだ。赤髪で、綺麗な人だっ…」

 言葉が終わりきらぬままのゴンの両肩を勢いよく掴んだキルアは雷に打たれた時のように髪を立てていた。あの日、何故あれほどすんなり解放されたのか気になっていた。だがもし、そこにナマエが関わっていたならば自分に挨拶もしなかった理由に結びついてしまう。ゴンは察したのか暫く黙っていたが次第に力が抜けてゆくキルアの手を包んだ。ゴンの記憶では赤毛の女性はそれほど濃い印象を持っていなかった。綺麗な顔立ちで鮮烈な髪の色をしていたがキルアがいう天才には到底見えなかったというのが正直な感想だが、キルアは見透かしたように眉を下げながら小さく笑った。「弱そうに見えただろ」と。それは自分自身がまだまだだということかもしれない。

「…昔、親父の仕事に同行したナマエの後を内緒で付いていったんだ。その時のナマエは本当に、別人みたいだったんだ。今はもっと強くなってる筈だから、その気になれば親父といい勝負、それ以上かもね」

 キルアはあえて詳しく説明しなかった。キルアでさえ彼女の記憶はあの時で止まったままだ。この後二人はカイトの言葉で驚愕することになる。ジンのもう一人の弟子の存在を知ったからだ。

『そう。じゃあ頑張ってね』

 門を開いてやるというナマエの申し出を断ったゴンに向けられたのは美しくも冷ややかな笑顔だった。冬の嵐のように眼球が冷たさを感じ、寒気で五臓まで締め付けられるような。それは何かに似ている。籠の中で捕らえられた動物が、自身を罠にかけた人間を睨みつけるような何かだ。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -