夜明けに溺れる月のように




 
 彼女は猫のようだ。何を考えているかよく分からないし、気まぐれでコロコロと表情を変える。それでもたまに見せる無防備な表情にぐっと引き寄せられる。誘われるがまま手を伸ばしてみれば途端に毛を逆立てて指を噛まれる。
 やはり術式なしの近接では彼女に勝てない。向かってくる拳に久々の痛みを覚悟したが、彼女は自らの腕をへし折ったのだ。なんて女だ。呼吸することも忘れて近づいて手を伸ばせば「触るな」と憎悪に似た眼光を向けられて口を閉じた。彼女が纏う負のエネルギーは呪力によく似ているがやはり違うのだ。愛想良く振る舞っていた猫が途端に顔色を変えて猛獣と化した。
 何者も彼女の心中に触れる事は許されない、寄るな、触るな、踏み込むなと頭の中で警報が鳴り響いたが同時に湧き上がったのは倦怠と空腹を交えた奇妙な苛立ちだ。気に入らない。下からこちらを威嚇する彼女を静かに見下ろしているが内心はざわめいて仕方ない。

「ナマエは臆病だね」

 発した言葉に不快げに歪んだ彼女の眉、畳みかけるように自然に口が動く。

「ずっと逃げてるんだろ、自分自身から。僕の前から同じように逃げられると思ったら大間違いだよ」

 勢いのまま彼女の胸ぐらを掴み上げてぐっと顔を寄せれば、真っ黒の瞳の奥が微かに揺れた。その黒い瞳で一体今まで何を見て、恐れてきたんだろう。彼女を苦しめるモノはどこにあるのだろう。

「僕はナマエの真っ黒でドロドロした奥底に触れてみたいんだよ。そこに隠れている感情の塊を掴み上げてグチャグチャに掻き乱してやりたい」
 
 目を丸くした彼女の体から力が抜けていくのが分かった。深く皺を刻んでいた眉間が和らいでふにゃりと溶けていく。呆れているのか、小さく喉を鳴らして彼女は笑う。微笑で震えた唇が動いて「変態野郎」と掠れた声で放たれた。しかしどんなに冷たく拒否されても、見上げるのさえ諦めるほど高い壁で隔てられようが、その奥へ進んでいく覚悟があった。言葉とは裏腹に彼女は哀願するかのように瞳を細める。喉の奥からヒュっと風が通り抜けていくような、胸が押し潰れてしまいそうな気持ちだった。

「その減らず口黙らせてあげる」

 欲望のままに柔らかい唇に噛み付いて、強引に口を塞ぐ。最初は抵抗するように胸板を押されたがそれでもやめてなんてやらない。何度も何度も食らい付いて彼女の奥深くを探り出してやる。やがて彼女が抵抗することをやめたのを良いことに舌を差し入れれば対抗するように熱いものが絡み付いてくる。「ん、ふっ…」と時折漏れる吐息が一層体の熱を向上させ思考を麻痺していくのだ。もっと、もっと深いところまで見せてほしい。僕に曝け出してほしい。それが怒りでも、憎しみでも、歪んだ感情でも何でもよかった。繋がりたい、獣じみた本能に笑いさえも込み上げる。彼女がイカれているように僕もイカれているのだ。



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